児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

はじめてこのブログをご覧になる方へ

このブログでは、児童虐待関係の仕事をしているブログ主が、心理学とか心理学研究における統計解析の話などをします。

 

児童虐待領域記事(リンク無しは未発表)

A.虐待の影響

 1.虐待の影響(全般)
 2.内的作業モデル
 3.被虐待児の攻撃性
 4.敵意帰属バイアス
 5.感情調節障害

B.脳

 1.虐待の脳への影響
 2.脳容積と虐待
 3.脳と攻撃性

C.精神医学的診断

 1.ASD(自閉スペクトラム症)1-2.ASDの感情調節障害
 2.ADHD(注意欠陥多動症)
 3.RAD(反応性アタッチメント障害)
 4.DSED(脱抑制型対人交流障害)
 5.C-PTSD(複雑性PTSD)
 6.社会的(語用論的)コミュニケーション症

D.不適応行動・状態

 1.窃盗
 2.過剰適応
 3.性加害
 4.攻撃性全般
 5.自傷行為

E.ケア

 1.実親との面会交流
 2.感情のラベリング
 3.トラウマケア・プレイセラピー

F.虐待関連

 1.児童虐待による死亡(CMF)
 2.子どもの虐待証言(性的虐待順応症候群と絡めて)
 3.虐待加害リスク

G.基礎心理概念

 1.抽象化思考

 

以下カテゴリ

心理ー基礎心理学系⇒心理学の基礎的な話など

   アセスメント⇒架空事例などを用いたアセスメント例など

   児童虐待関係児童虐待にかかわる話など

統計ー基礎心理統計⇒心理統計の基礎的な話など

   時系列解析系⇒時系列データを用いた分析例など

   ベイズ統計系ベイズ統計やそれを用いた分析例など

 

ブログの内容は個人の意見等の表明であり、所属組織の意見・見解を示すものではありません。またブログ内容の正確性については保証しかねます(誤記載等はコメント欄等でお知らせいただけると嬉しいです)。

 

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児童相談所職員(主に児童福祉司)のメンタルヘルスによる休養を統計的に予測する――職員の離職・病気休養を考慮した打ち切りデータを使用したCOX比例ハザードモデルによるベイズ推定

1.なぜ児童福祉司メンタルヘルスが注目されるのか
 児童相談所児童福祉司メンタルヘルス問題が深刻化しているという話題は、昨今当たり前のようになってきていると感じます。児童虐待の増加、複雑化するケースワーク、そして組織的な課題など、児童福祉司を取り巻く環境は厳しさを増しており、その結果、メンタルヘルス不調を訴え、職場で休養せざるを得ないケースが後を絶ちません。
 児童福祉司は、子どもたちの最善の利益のために働き、社会の安全網を支える重要な役割を担っています。しかし、その仕事は非常に責任が重く、精神的な負担が大きいことも事実です。児童虐待の現場に直面し、子どもたちの苦しみや家族の複雑な問題に深く関わることで、強い精神的な消耗を経験するケースは少なくありません(cf. 二次的外傷性ストレス)。
 また、児童福祉司を取り巻く環境も、メンタルヘルスに大きな影響を与えています。人員不足による過度の業務量、組織内のサポート体制の不足、そして社会からの誤解や偏見など、様々な要因が複合的に働き、児童福祉司メンタルヘルスを悪化させています。
メンタルヘルスによる休養が組織にもたらす影響
 児童福祉司メンタルヘルス不調は、本人だけでなく、組織にも大きな影響を与えます。人員不足により、残りの職員の負担が増大し、組織全体の業務効率が低下する可能性があります。また、児童福祉サービスの質の低下にもつながりかねません。児童福祉サービスの低下はすなわち、子どもの安全の質の低下につながるものです。
なぜ予測が重要なのか
 児童福祉司メンタルヘルス不調を未然に防ぎ、組織全体の機能を維持するためには、メンタルヘルス不調を予測し、早期に対応できる体制をあらかじめ構築していくことが大切だと思います。もし予測モデルを構築できれば、リスクの高い職員を特定し、必要な支援を提供することができるのではないでしょうか。

2.現在の研究の状況と課題
 メンタルヘルスによる休養予測に関する研究は、近年注目を集めていますが、まだ十分な研究が蓄積されているとは言えません。
これまでの研究では、児童福祉司メンタルヘルスに影響を与える要因として、仕事内容、組織文化、個人的属性などが挙げられています。また、これらの要因とメンタルヘルス不調との関連性についても、いくつかの研究で示されています。
 しかし、これらの研究は、特定の要因に焦点を当てたものが多く、多様な要因が複雑に絡み合うメンタルヘルス問題の全容を解明するには至っていません。また、縦断的な研究や大規模な研究は少ないです。
予測モデル
 メンタルヘルスは複雑な現象であり、正確な予測モデルを構築することは容易ではありません。児童福祉司のストレッサーについての研究はありますが、実際にどのように休職・退職に至ってしまうかの統計モデルはまだない(多分)です。
メンタルヘルスと退職の関係について
 多くの研究は、メンタルヘルスに関係する概念との相関を検討するものという印象があります。
もちろんそれは極めて重要で、予測変数の解明にもつながりますので、今後もそういった研究が増えることが望ましいのは言うまでもありません。
 一方で、それだけだと離職を予測するモデルの完成には至りません。離職を予測するモデル構築の研究は、アウトカムを2値(離職or残留)か離職関連の尺度(バーンアウト得点など)として、関連する変数を独立変数とした回帰分析なものっていうイメージです。

3.離職の予測におけるCOX比例ハザードモデルの利点
 離職を予測するために使われる統計モデルにはいくつかの種類がありますが、COX比例ハザードモデル(Cox proportional hazards model)が特に有効と感じています。以下にその理由について説明します。
3-1. 「時間」の考慮ができる
 COX比例ハザードモデルの最大の特徴は、「時間」を考慮できる点です。離職の予測には、いつ離職するかというタイミングも重要です。例えば、ある職員が仕事を始めてから半年で離職するのか、2年後に離職するのかは、予測において大きな違いです。
 このモデルは、時間に基づくリスク(ハザード)を分析できるため、職員が仕事を始めてからどのくらいの期間で離職するかを予測するのに適しています。重回帰分析は時間の要素を直接的に扱うことができないため、時間的なリスクを考慮する点でCOXモデルに劣ります。
3-2. 打ち切りデータに対応できる
 離職の予測では、すべてのデータが完結しているわけではありません。例えば、ある職員がまだ離職していない場合、そのデータは「打ち切りデータ」と呼ばれます。COX比例ハザードモデルは、このような打ち切りデータ(観察期間が終了してもイベントが発生していないデータ)を扱うのに適しています。
 重回帰分析では、打ち切りデータを扱うのが難しく、結果が偏る可能性がありますが、COXモデルはそのようなデータを自然に組み込むことができるため、より正確な予測が可能です。
3-3. リスクの変化を追跡できる
 COX比例ハザードモデルは、時間が経過する中でリスクがどのように変化するかを追跡することができます。これは、例えば職場でのストレスが時間とともにどのように影響するかを分析する際に非常に有用です。
 「3-3. リスクの変化を追跡できる」についてはやや難しい(っていうか分析の仕方がよくわからん)のですが、これを除いても非常に離職予測には有用な分析法な気がしてなりません。

4.事例
 で、以下に実例を載せてみます。分析はR4.4.0.を使用しています。
4-1. 使用データ
使用データは以下のようになります。

 仮想データなので変数は適当ですが、実際は先行研究から予測変数を引っ張ってくる感じになります。
 離職した人には「生存期間」が設けられ、離職していない人は生存期間は12(ヵ月)となっています。最大12となっていますが、これが追跡期間(12か月)ということになります。
 それより右側は離職に関連する(と思われる)予測変数になります。

4-2. 分析
 分析はベイズで行います。今回想定する児童相談所の職員は、頻度論的な分析などではサンプルサイズ不足に直面する可能性がありますので、極力サンプルサイズの影響を少なくできるよう事前分布を設定したベイズ推定を検討していく予定です。
 データの構築については省き、分析のコアになるRStanのコードと一緒に説明していきます。
 まずデータブロックです。

data {
int N; // サンプル数
int K; // 独立変数の数
matrix[N, K] X; // 独立変数行列
vector[N] survival; // 再発までの期間
int retire[N]; // 打ち切りフラグ
}

このdataブロックではデータ構造を表します。このStanモデルでは、survival変数が生存時間を、retire変数が打ち切りフラグを表しており、これらのデータを用いて、児童福祉司の退職までの時間を予測するモデルを構築しようとしていることが分かります。(注:打ち切りデータ: 全てのサンプルで事象が起こるわけではなく、途中で観測が打ち切られる場合があります(例えば、研究期間中に退職しなかった場合)。このようなデータを打ち切りデータと呼びます。)
 次はパラメーターブロックです。

parameters {
vector[K] beta; // 回帰係数
real baseline_hazard; // ベースラインハザード
}

transformed parameters {
vector[N] linpred; // 線形予測子
linpred = X * beta; // 線形予測子の計算
}

ベースラインハザードは、他の要因の影響を考慮しない場合の、ある時点における事象発生率の基準となります。生存時間分析において、特に重要なパラメータの一つです。ハザードは本質的に非負の値をとるため、ベースラインハザードも0以上の値しか取りません( real )。
線形予測子は、モデルによって予測される、各サンプルにおける事象発生率の対数の線形結合です。つまり複数の変数を使って、予測したい値を計算するための式です。具体的には、各変数(独立変数)に対して、その変数の重み(回帰係数)を掛けて、それらを足し合わせたものです。
線形予測子の計算はX * beta: 行列Xとベクトルbetaの掛け算で表現しています。これは、線形回帰の式でよく見られる部分で、各サンプルの独立変数の値に、それぞれの回帰係数を掛けて合計することで、線形予測子を計算しています。
 次はモデルブロックです。

model {
// プライオル(事前分布)
beta ~ normal(0, 1);
baseline_hazard ~ gamma(2, 0.075);

ここでは、パラメータの事前分布と、データに基づく尤度関数を定義することで、事後分布を指定します。休職率が15%としてガンマ分布の事前分布を設定する場合を仮定しています。この数値の根拠はある程度先行研究から引っ張れますので、きちんとした設定をしたければエビデンスに基づいた数値を投入してください(今回は肌感覚)

ガンマ分布のパラメータ設定例
ガンマ分布は形状パラメータ(shape)と尺度パラメータ(scale)をもち、Stanでは ~ gamma( shape , scale)で表現されます。
形状パラメータ(shape): 形状パラメータが小さいと分布がより右に偏り、形状パラメータが大きいと分布が正規分布に近づきます。低発生率のデータでは、形状パラメータが小さいと分布が広がりすぎる可能性があります。通常、ガンマ分布の形状パラメータは事前知識やデータから設定します。低発生率のデータでは、ガンマ分布の形状パラメータを比較的小さめに設定することで、データの変動を反映しやすくなります。例えば、形状パラメータを1または2に設定するのが一般的みたいで、これによって分布が右に偏ることを防ぎ、発生率の低さに対応することができるようです。形状パラメータの探索方法は色々あるっぽいですが、今回はそこまでこだわるとしんどいので割愛します。
尺度パラメータ(scale): ガンマ分布の平均を設定するためには、尺度パラメータを以下のように設定します。尺度パラメータは平均ベースラインハザード(15%)を形状パラメータ(2)で割った値として設定します。
今回は形状パラメータを2、尺度パラメータを0.075(= 0.15 / 2)に設定します。
以下、モデルブロックはまだ続きます

// コックス比例ハザードモデル
for (i in 1:N) {
if (retire[i] == 1) { //もし、i番目のサンプルが打ち切られた場合(retire[i] == 1)のみ、以下の計算を行います。
real cumulative_hazard = 0; //i番目のサンプルまでの累積ハザードを計算するための変数を初期化します。
for (j in 1:N) {
if (survival[j] >= survival[i]) { //もし、j番目のサンプルの生存時間がi番目のサンプルの生存時間以上の場合、以下の計算を行います。これは、リスクセットと呼ばれる、ある時点におけるまだ事象が発生していない個体全体の集合を計算していることに相当します。
cumulative_hazard += exp(linpred[j]); //累積ハザードに、j番目のサンプルのハザード(exp(linpred[j]))を加算します。ハザードは、線形予測子linpredの指数関数で表されます。
  }
 }
target += linpred[i] - log(cumulative_hazard); //target変数は、対数尤度(または対数事後確率)を蓄積するための変数です。この行では、対数尤度に、i番目のサンプルの貢献度を加算しています。
  }
 }
}

モデルの数式
 COX比例ハザードモデルは、ある時点tにおける個体iのハザードh_i(t)を以下のように表します。
h_i(t) = h_0(t) * exp(x_i ^T * beta) 
ここで、

  • h_0(t): ベースラインハザード(時間tにおける基準となるハザード)
  • x_i: 個体iの説明変数ベクトル
  • beta: 回帰係数ベクトル

Stanコードでは、baseline_hazardがh_0(t)に、linpred[i]がx_i^T * betaに対応します。

  • linpred[i]:「線形予測子」と呼ばれるもので、ある特定のデータ(i番目のデータ)に対して、モデルが予測する値のことです。
  • x_i^T * beta:x_i^T:i番目のデータの持つ予測変数を並べたベクトルです。
  • beta:モデルのパラメータ(回帰係数)を表すベクトルです。各予測変数の影響力の大きさを数値で表します。

 次は追加の変数定義ブロックです。

generated quantities {
vector[N] log_lik; //log_likという名前の、要素数Nのベクトルを定義します。このベクトルに、各データ点の対数尤度を格納していきます。
for (i in 1:N) {
real cumulative_hazard = 0;
for (j in 1:N) {
if (survival[j] >= survival[i]) {
cumulative_hazard += exp(linpred[j]); //累積ハザードに、j番目の個体のハザード(exp(linpred[j]))を加算.
  }
 }
log_lik[i] = retire[i] * (linpred[i] - log(cumulative_hazard)); //i番目の個体の対数尤度を計算し、log_likベクトルのi番目の要素に格納します。retire[i]は、i番目の個体が事象(例えば、死亡)を起こしたかどうかを示す変数です。事象が起こった場合(retire[i] = 1)のみ、対数尤度が計算されます。
 }
}

 複数のモデルを比較できるように、対数尤度を計算するブロック:generated quantitiesブロックを追加しておきます。generated quantitiesブロックでは、対数尤度を計算し、log_likというベクトルに格納しています。対数尤度は、モデルがデータとどれだけ適合しているかを示す指標であり、モデル評価や予測に利用されます。
 以下に、↑のモデルによる分析結果を示します。

 COX比例ハザードモデルによる分析結果は、各変数が離職リスク(ハザード)に与える影響を示しています。結果の解釈については、特に「hazard_ratio(ハザード比)」に注目します。ハザード比が1より大きい場合、その変数が離職リスクを増加させることを示し、1より小さい場合はリスクを減少させることを示します。また、「mean」は回帰係数の平均推定値、「2.5%」と「97.5%」はその95%信頼区間を示しています。
 この結果からは、「上司との関係不調」、「過去の休職」の予測変数は、離職リスクを増加させる有意な因子であると考えられます。
 この後の分析の流れは、いくつかモデルを作成して分析にかけ、複数のモデルをWAICやLOOなどで比較していく流れになります。

 職場の離職に焦点を当てた介入やコンサルティングを行う際に、過去の研究エビデンスに基づいた職場改善はもちろんのこと、このような離職者モデルを構築して改善案を提言していくことも、非常に有意義なのではないかと思います。統計解析に長けた方でしたら、今回のようなあっさりしたモデルでなく、より複雑な、データに即したモデル構築を行い、妥当性の高い提案を進めていけるのではないかと思います。

自傷行為と自省的回顧録

不適応行動カテゴリに入れるのは抵抗のある概念ですが
行動として取り扱うということで、虐待の影響ではなくこちらのカテゴリにしました。

自傷行為のような内に向く行動化全般、実は自分は非常に苦手な分野です。
この分野が得意な同僚がいて、その方にアドバイスをいただいたり資料をいただいたりしながら、このテーマは作成しました。
後述しますが、この自傷行為は一見軽んじられる傾向にありますが、実は自殺リスクを高める重篤な行為である可能性が決して低くはありません。その都度緊張を保ちながら対応をしなければいけないと感じています。

なぜ軽んじてしまうのか、それは過去の自分を振り返ってみると「つらさを評価している」からだと思いました。その程度で・誰にでもあること・もっと違う方法で対処しないと・建設的に・・・など、今思い返すと、全く相手に対するリスペクトなく、相手の立場に立つ努力もしない、自己中心的な見立てを行っていたからだと思いました。想像力を働かせることなく、人には人の地獄があるということを考えもしない…そういった傲慢さが隠れている限り、自傷行為の対応は不可能と思います。
逆を言うと、自傷行為の対応が上手な方は、そういった苦しんでいる方々の立場に立ち、人としてのリスペクトを持ち、常に緊張を保ちながら対応できる、そして相手のつらさを評価することをせずありのまま受け止める器がある、そういった方なんじゃないかなと思っています。

0.定義
 自傷行為の定義は「自殺以外の意図から、非致死性の予測をもって、故意に、そして直接的に、自分自身の身体に対して非致死的な損傷を与えること」です。つまり、自殺以外の目的で、これくらいでは死なないだろうという予測のもと、直接自分の身体を(死なない程度に)傷つける行為のことです。例えば、リストカット、尖った物で体を傷つける、皮膚をむしる、自分を殴る、頭を壁に打つ等があります。
 「直接自分の身体を傷つける」ことが狭義の意味の自傷行為ですが、広い意味では過量服薬(オーバードーズ)、過食嘔吐、不特定と避妊をしない性行為、大量飲酒・喫煙、危険行為(バイクで暴走等)も自傷行為として捉えることがあります。

●必ず注意していただきたいこと
 自傷行為が悪化すると、「ささいなこと」「ちょっとしたこと」で自傷行為を行うようになります。そのため、本人に自傷行為のきっかけを聞いても「なんとなく」「○○にうざいこと言われた」程度のことと言うことも少なくありません。
 禁句:「アピール目的でしょ」「そんなんじゃ死ねないよ」という突き放すワードに加え、「私に全部任せて」という無責任な発言は避けてください。
 自傷行為を「なくす」というより「減らしていく」という考え方をしていただいた方が本人も支援者も気持ちが楽ですし、現実的です。
 自傷行為は自殺リスクを上げる。10代での自傷行為経験者は、その後10年以内の自殺率が数百倍に。という訳で、自傷行為は命に直結するという意識で対応をしていきたいです。

1.自傷行為の概要
全体の生涯有病率は16.9%(95%CI 15.1-18.9)であり、その割合は2015年まで増加しました。女子の方が自傷行為をする可能性が高いです(リスク比1.72、95%CI 1.57-1.88)。自傷行為を開始した平均年齢は13歳で、47%が1~2回のみのエピソードを報告し、切ることが最も多いタイプ(45%)でした(Gillies et al., 2018)。

2.自傷・自殺行為のリスク変数
いじめ(Fisher et al., 2012)、虐待、衝動性、不安やうつ、仲間内の自傷行為(Hawton et al., 2012; Madge et al., 2011)、精神疾患、暴力、自傷を経験した親(Pitkanen et al., 2019)、無力感、効果的に自己表現できないこと、および適切な対処スキルの欠如(Garcia, 2010; McKenzie & Gross, 2014; Skegg, 2005) 、社会的孤立(King et al., 2012)、親子の繋がりの欠如(Fergusson et al., 2000)、閉塞感、敗北感、居場所のなさ、自分を重荷と感じること (O’Connor, 2011; Van Orden et al., 2010)、摂食障害(Favaro & Santonastaso, 2000; Lacey & Evans, 1986; 山口&松本, 2005)、危険行動を繰り返す子ども(walsh, 2005)、過量服薬経験(松本他,2005)などが示されています。
他者(家族や友人)の自傷や自殺にさらされることは、思春期の自傷行為と関連しているようです(De Leo & Heller, 2004; O'Connor et al., 2009)。他者の自傷行為は、おそらく脆弱な個人にとって行動モデルとなり、それによって自傷の考えが実行される可能性が高くなるため、臨床医は、特に若者が自己破壊的な考えを報告した場合、自傷行為への曝露について若者に尋ねるべきとの意見もあります(O'Connor et al., 2012)。
自傷行為の連鎖的な勃発は、まずは一人の自傷に対して別の誰かが共感して反応し、自傷するところから始まるという。なかでも被虐待経験をもつ者の場合、友人間の自傷行為に共感しやすく、自傷行為を介して結ばれた仲間意識は異様な高揚感をもたらして、友人同士内における自傷行為に対する心理的抵抗をいっそう低下させるという見立てが示されています(ウォルシュ&ローゼン,2005)。

3-1.自傷行為の理由
最も多い理由は「感情や思考から解放されたい」(12study)、「自分を罰したい」(8study)、「自分がどれほど悪いか誰かに知らせたい、反応を得たい」(4study)、「死にたい・死ぬため」 (3study)、「たとえ痛みであっても何かを感じたい」(2study) 、その他の理由がいくつかあり(Gillies et al., 2018)、不快感情の軽減を目的とした自傷行為が全体の6割近く。意思伝達や周囲の操作目的の自傷行為がなかったわけではないが、援助者が考えているよりはるかに少ない。純粋な「かまってちゃん自傷」の割合は極めて小さい。つまり、自傷行為を把握したときに「アピール」と考えるのは統計的科学的にも誤りで、多くの自傷行為は一種の自己治療のために行われています。
海外における自傷研究の多くは、自傷行為が怒りや不安・緊張、抑うつ気分、孤立感といった不快な感情を軽減する効果があることを指摘しています(松本,2009)。

3-2.自傷行為に至る最初のきっかけ
 現場対応していて感じるのは、「知人友人がやってたから」「ネットやメディアから知る」「漫画や小説から知る」というのが多いということです。つまりは自傷行為という行為をどこから知ってもおかしくないということは知っておいてほしいです。

3-3.自傷行為嗜癖化プロセス
 アディクションの本質は、エスカレートする中で当初の目的を見失い、いつしか行為の主体性を失う点にあるが、自傷行為にも同様の特徴がみられる。当初は、自ら主体的に自傷行為をすることによって自分の感情をコントロールしていたつもりが、気が付くと自傷行為にコントロールされ、振り回されている自分がいる。

3-4.自分をコントロールするための自傷行為
 最初の経緯として、人生最初の自傷にかぎって言えば、実は自殺の意図があることが少なくないという印象がある。「誰も信じられない」「もう誰にも助けを求めない」「消えてしまいたい」「いなくなってしまいたい」→消極的で漠然とした自殺念慮といえる。「ここから飛び降りたらどうなるか」という空想をくり返し、忍耐の限界に達して自殺の意図から刃物で自分を切る(客観的には馬鹿げたかすり傷にしか見えない軽傷)。最初の自殺企図は誰にも知られずに失敗に終わるが、それまで自分の胸を圧迫している「心の痛み」が霧散することを発見し、「死にたいほどのつらさ」をうまくコントロールできる。生きるために・死なないために自傷をくりかえすようになる。

3-5.自傷行為の目的まとめ
 アピール目的でないとしたら、どのような目的で自傷行為を行っているのでしょうか。自傷行為の目的は、「不快感情を低減させるため(イライラを抑えるため、つらい気分をすっきりさせるため)」という理由で行われていることが多いです。この理由で自傷行為をする若者は半分以上を占めていると言われています。また、他の理由は「自分のつらさをわかってほしい」「死にたくなって」という理由で行う子どももいます。
 「死にたくなるくらいつらい気持ち(不快感情)をどうにか抑えるために、自傷行為をしてその場をしのぐ」という感覚です。(仕事で嫌なことがあったから酒を飲みに行って気分転換!…の例えの方が大人はしっくりくるかもしれません)
 「死にたくなるくらいつらい気持ち」が変わる(消える)ためには、何らかの刺激が必要になってきます。自傷行為という行為自体もですが、行為で感じられる「気分が変わる刺激」が重要になってきます。直接自分の身体を傷つける自傷行為リストカット等)では、痛み(痛覚)や流れる血(視覚)が刺激になる場合もあれば、過量服薬をした時に感じる気持ち悪さ(オエッとなる感覚)やボーっとしてくる感覚を刺激として求めることもあります。
 本人にとって、その行為が何に対してどんな変化を促すかを確認する必要はあるかと思います(できたら専門家がやった方が扱いやすいです)。

4.自傷行為の結果
 自傷行為を行った子どもは、行わなかった子どもより約5倍の自殺念慮(RR4.97,95%CI 3.72-6.65, n=45,594)、自傷行為を行った子どもは、行わなかった子どもより約9倍の自殺企図(RR9.14, 95%CI 6.21-13.47, n=7,784)があり、これは自傷行為の頻度が高いほど高い⇒自傷行為は後の重大な結果のリスクが高く、特に自傷行為の頻度は、長期的な予後悪化の予測因子である可能性(Gillies et al., 2018)などが指摘されています。

5.その他の影響
 精神疾患、酒・薬物、自傷行為の目撃、暴力の被害者や目撃は、16歳の自傷行為や暴力から22歳までに二重被害(自傷行為と他人に向けられた身体的危害が同時に発生すること)に移行するリスクの高さと関連が示されています(Steeg et al., 2023)。
幼少期の自傷行為リスク因子の多くは、思春期に他者に暴力を振るうリスクも高めることも分かっています(Henry et al., 2012; World Health Organization & WHO Collaborating Centre for Violence Prevention, 2010)。

6.自傷行為の反復性
 「本来一人でいる時間はリラックスしたり素でいられる時間であるはずなのに、それが苦痛時間になる」というのがトラウマ抱えている人や自傷行為が頻回している人の特徴です。
自傷行為は,行為者の慢性的な心理状態の問題性を表しているように,1回で終了することは少ない。一度,自傷行為をすると習慣化することが多く(Favazza & Conterio,1989),自傷行為者の約半数に10回以上の反復10)、7割~8割が複数回実施し,1回で済んでいるのは,自傷行為者の約10%程度で(濱田他, 2009),自傷行為の常習化を示しています。
習慣的自傷患者の調査から,自傷行為者の71%が自傷行為を「嗜癖である」と回答し(Favazza & Conterio,1989)、自傷行為を「やめようと思ったことがある」が79.0%,「つい自傷」が76.5%,「癖になる」が84.0%(松本&山口, 2005)と、自傷行為嗜癖化している可能性も想定すべきです。

7.自傷行為への対応
 半数近くが助けを求め(38-58%)、対象は友人(38-60%)、家族(20–31%)、医療機関(6-12%)でした(Gillies et al., 2018)。
青年が否定的な感情に対処するのを助ける予防的介入は、思春期が始まった時点で実施すべきといえます(Gillies et al., 2018)。
 困難な感情に対処する別の方法を提供し、自己に対する否定的な感情に対処する予防戦略は、自傷行為を減少させるのに有効な可能性が示唆されています (Gillies et al., 2018)。
自傷行為は自分の意思で容易にコントロールできるものではなく,自傷行為をしたいと考えたら実行に移すまでの時間が短いので,自傷行為の支援を考える場合,自傷行為者に対し,認知的な側面への支援には限界があると考えられる,むしろ情動興奮を静めていくような,脳科学的には,扁桃体の興奮を静めて前頭前野の活動を回復をまってから認知を修正していく支援が求められます(山口他2013)。
 自傷行為や過量服薬をして医療機関を受診した者と受診しなかった者で変わるのは、医学的障害の重症度だけではなく、受診しなかった者は人間不信が強く、「どうなってもかまわない」という自暴自棄的な気持ちや「死んでしまいたい」といったような様々な程度の自殺念慮を持っていることが高率に認められた。→傷の手当を求めて受診した者の方が、まだ援助希求能力が高く、自殺のリスクが比較的低いです(松本,2009)

 具体的に考えられる自傷行為への対応としては、以下のようなものが考えられます。
・心理教育(自傷行為ってこういうもの、置換スキル等)
・援助希求を上げる(援助希求能力が高いと、自殺リスクも下がります)
・傷の手当て(突き放す言動でなければOK。「やっちゃったねー」くらいで大丈夫です)
・悪化するようなら医療受診や心理カウンセリングも検討した方が良い場合もあります。
・具体的な対応として:単純に大人との時間や関心を求めている場合は、①施設内でできる範囲で対応していただく、②自傷行為以上に大人が児童に関心を向けられるものを見つける(勉強?運動?優しい性格?…その子がもっているもの)があります。
・単純な大人からの関心を求めているのではなく、例えば男性に限定される場合は上記に加えて性教育・心理教育(適切な対人距離)をしていく必要があるかもしれません。
 まれにいらっしゃるのですが、自分が相手の自傷や自殺企図のスイッチに触れておいて突き放す態度を向けてしまったり、自傷行為を自分への侵入的な行為・加害性として感じてしまう人、心理的に巻き込まれる人は、自傷者の支援は向いてない…と個人的に感じています。

 見つけた大人が非専門職である場合、まず手当だけをして、聞くとしても「なんかあった?」くらいにとどめておくのが良いと思います。しかし、出てくる理由は一見くだらなく感じることも多いですし、解離していて「覚えていない」と言うことも多いので、相手の「つらい」を絶対に評価しないこと。「そんなこと誰でもあるよ」「気にしない方がいいよ」は言わない。
 「相手のつらさを評価しない」これは自分もやらかしてしまった過去があります。つらさの基準や質は人によって違うという、当たり前のことを理解していなかった当時の自分。そのつらさを過小評価も過大評価もせず、そのまま受け止めてあげる器の大きさを持ちたいものです。

8.Q & A
Q.アピール目的の自傷行為は存在するのか?
A.存在はしますが、少ないです。

以下、順を追って説明します。
 自傷行為は本来、自分自身(の不快感情)をコントロールするための孤独な対処方法です。しかし、繰り返す中でエスカレートし、痛みへの耐性がつくことで違う場所を傷つけるようになり、体全身に傷が広がっていきます。
 自傷行為の傷は本人が見せないよう努力していても、いずれ不審な傷は他者(大体は親か友だち)にバレます。不審な傷を見つけた他者は、最初は自傷行為をした子をとても心配します。この「心配」や「関心」がくり返し本人に向けられることで「こうすれば自分に関心が向く」と誤学習することがあります。自分自身をコントロールする孤独な対処方法であった自傷行為が、他者を操作・コントロールする方法に変わっていきます。この段階で初めて「アピールかも」と疑ってよいかと思います。
 最初は心配して関心を向けてくれていた他者も、何度も傷を見せられたり自傷行為をにおわせてきた場合、精神的に疲弊したり、「死ぬというくせに死なない」と振り回された気分になります。それでも続ける自傷行為をする子どもに冷たい言動を向けることで、自傷行為が悪化する…という悪循環に陥ります。
 「アピールかも」と疑ってよいが、それを本人に言うのは控えてください。本人が「相手の気を引きたくて」等とアピール目的のような話をしてきても、それは二次的なものなので、「そもそも自傷ってこういうものだよね」に立ち返って対応してください。アピールへの対処法はないと思っていいです。

ありきたりな表現ですが、自傷行為をなぜ行っているのかをアセスメントしたうえで、つらさや苦しみを評価する傲慢さを捨て、自傷行為に巻き込まれない対応を継続していく必要があります。自傷行為はSOSと受け止めて、必ず「かまってちゃん」みたいな解釈をしないようにしましょう。



引用文献

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ASDの感情調節障害

1.ASDと感情調節の概要
ASD児童は感情コントロールができず、かんしゃくを起こすことが珍しくないように感じます。ASDは感情調節が難しい性質をもっているのでしょうか。
感情調節の困難さは、自閉症スペクトラム障害ASD)を持つ子どもや成人にとって一般的な特徴の1つです。まずは感情調節の困難さとそのASDへの影響について簡単に説明します。

自他の感情認識と理解の困難:ASDの人々は、他人の感情を適切に認識し理解することが難しい場合があります。非言語的なサインや表情の読み取りが難しいため、他者の感情状態を正確に理解するのが難しいことがあります。その結果、適切な感情の反応や対処が難しくなり、感情の調節が困難になることがあります。また自己認識の困難も、ASDの感情調節の問題に関連しています。自己や他者の感情やニーズを理解することが難しく、自分自身の感情を認識し、適切に処理することが難しい場合があります。そのため、自分の感情を正しく識別することが難しく、感情の調節が困難になることがあります。
柔軟な思考や行動の困難:ASDの人々は、変化や予期せぬ出来事に対する適応が難しく、これによって感情が高ぶることがあります。また、一貫性やルーチンにこだわる傾向があり、その変更に対して強いストレスを感じることがあります。これらの柔軟性の欠如は、感情の調節にも影響を与える可能性があります。

以上のように、ASDの感情調節の困難さは、感情の認識や理解の困難さ、柔軟な思考や行動の困難など、さまざまな要因に起因しています。これらの特徴は、ASDの個々の症状や重症度によって異なる場合がありますが、感情調節の困難さがASDの中核的な特徴の1つであることは間違いありません。

2.ASD児の感情調節困難に関わるリスク因子
感情調節困難に陥ったASDはどのようなリスク因子を抱えているのでしょうか。どういったASD児童が感情調節困難に陥りやすいのか、という視点で見ていくと良いのかなと思います。
以下、乳原・石川(2016)より引用多数で恐縮ですが、リスク因子を並べていきます。

アレキシサイミア:アレキシサイミアとは,感情を特定,区別,記述することに困難を感じている状態のことであり,ASD を抱える人は発達段階に関わらず,アレキシサイミアの傾向が強いことが知られている(Berthoz & Hill,2005;Rieffe et al., 2007)。感情を特定する能力の高さは,適切な感情調節の使用と正の相関があることからも(Barrett et al., 2001),アレキシサイミアの傾向が強いASD の子どもは,感情調節が妨げられている可能性がある。
心の理論:ASD の子どもは心の理論の障害を持つことが知られている(Loukusa et al., 2014)。ASD の子どもは他者の発する社会的・感情的てがかりを正確に読み取れないために,感情調節方略を実施できなかったり,適切なタイミングで使用することができなかったりするとされている(Mazefsky & White, 2014)。 
認知的柔軟性:ASD の子どもの持つ認知的な特徴としては,認知的柔軟性の欠如,問題解決能力の低さが挙げられる。適切な感情調節方略は,文脈内の重要な側面を適切に見分ける能力を必要としていることから(Mazefsky etal., 2013),ASD の中核的な症状である認知的な頑固さ,あるいは柔軟性の欠如によって適切な感情調節が妨げられている(Mazefsky &White, 2014)。
衝動性:衝動性の高さは適切な感情調節を妨げるが,ASD の子どもの約50%が高い衝動性を持つことが示されている(Murray, 2010)。衝動性の高さによって,即効的で自動的な反応(例えば,叩く,叫ぶなど)を阻止することができなくなり,その結果として不適切な感情調節方略を使用すると考えられている(Mazefsky & White, 2014)。
変化や刺激への過敏さ:変化や刺激に対する敏感さは,変化に対する不安や感覚の過敏さにつながり,問題行動の増加のリスク要因になると言われている(Mazefsky,2012)。環境の変化や刺激に対する混乱によって,即効的で自動的な反応が出現していることが推察される。
葛藤場面の対処戦略:ASD 児は葛藤場面に対して(b)あきらめ行動を有意に多く表していることが報告されている。また,(d)感情調節のための方法に関して,ASD 児は表出や回避を頻繁に使用し,建設的な方法をより使用しにくいことが報告されている(Jahromi, Meek, & Ober-Reynolds,2012)。また、行動観察による未就学のASD 児における感情調節の検討の結果,ASD 児は感情を調節するために保護者を求める行動が見られず,1人で感情を調節しようとすることが示されている。また,自己調節においても適切な感情調節の方法を使用できておらず,回避や表出行動などの不適切な感情調節方略に頼っていることが明らかになっている(乳原・石川,2016)。

さらに新しい知見では
ASDの受容言語能力の向上が、親が報告する感情調節能力の向上と有意に関連(Cibralic et al., 2023)
ASD特性の重症度と感情調節不全との間に正の関連性があること、さらに、実行機能は、ASD 特性と感情制御の間の関係を仲介する(Costescu et al., 2023)
ASDは、社会的互恵性、社会的参加/回避、共感性および体系化スコアが低く、有害な社会的行動、受容感覚スコアが高かった。感覚の探求、低い感覚受容、および共感と体系化は、ソーシャルスキルの合計スコアを有意に予測した。(Kose et al., 2023)
といった社会的・機能的なリスク因子も多く示されています。

3.ASDの感情調節障害に対する介入
感情の調節不全はASDの人にとって共通の課題であり、行動上の問題、社会的困難、精神的健康問題の増加に関連しています。この問題に対処するために、研究者たちは、ASD 人口の感情調節スキルを対象としたさまざまな介入を開発し、評価してきました。
しかし、ASDにおけるERプロセスを明確に標的とする介入はほとんど開発されていない。ER は、ASD で使用されているいくつかの既存の心理社会的治療法で扱われる可能性があります。これには、ポジティブな行動サポートの提供、感情的な言語の強化、および修正された認知行動療法が含まれます。将来必要とされる分野には、治療計画と評価を目的とした ASD の ER を評価する手段の開発と検証、および ASD の独特の特性を組み込んだ ER を促進する介入の開発が含まれます(Mazefsky & White, 2014)。
ストレス・怒り管理計画([STAMP] Factor et al., 2019; Scarpa & Reyes, 2011)、Emotional Awareness and Skills Enhancement (EASE)プログラム(Conner et al., 2019)などは一定の有効性が示されているようですが、それでもまだ多いと言えない現状かなと思いました。

4.感情調節におけるASDの特異性
ASD者とそうでない人では、感情を制御するための認知行動テクニックはどのように異なるのでしょうか。ASDだからといって認知方略に違いがあったりするのでしょうか。最近お気に入りのAIに聞いてみました(https://www.perplexity.ai/)。↓
1.認知の柔軟性と剛性:ASD を持つ人は、多くの場合、より認知的な硬直性があり、認知的な柔軟性に困難を示します。これにより、別の視点を考慮する能力が必要となるため、認知の再構成や再評価の手法がより困難になる可能性があります。ASD を持つ個人への介入では、感情調整スキルと並行して認知的柔軟性を構築することに重点を置く必要があるかもしれません。
2.社会的認知と視点の獲得:社会的認知と心の理論の欠陥はASDによく見られます。これは、自分自身や他人の感情状態を正確に特定して対応する能力に影響を与える可能性があります。ASDを持つ個人への介入には、感情の制御戦略と並行して、社会感情の理解と視点の取得に関するより明確なトレーニングを組み込む必要があるかもしれません。
3.行動的アプローチと認知的アプローチ:ASDおよび行動上の問題を抱える個人にとって、行動的感情制御戦略(例:対処スキルトレーニング)が、純粋に認知的アプローチ(例:認知再構築)よりも効果的である可能性があるという証拠がいくつかある。ASD を持つ個人への介入では、より抽象的な認知技術と比較して、具体的な行動的感情制御スキルを教えることに重点を置く必要があるかもしれません。
4.カスタマイズされた心理教育:ASDを持つ個人は、自分の状態の性質、感情調節の役割、そしてその独特の認知的および社会的プロフィールを考慮して認知行動戦略をどのように適用できるかについて、よりカスタマイズされた心理教育を必要とする場合があります。
5.介護者の関与:ASD を持つ個人が直面する社会的および認知的課題を考慮すると、介護者を巻き込み、人間関係における感情の制御に焦点を当てた介入が特に重要である可能性があります。
要約すると、検索結果は、ASDにおける感情制御のための認知行動介入は、非ASDに対するアプローチと比較して、行動戦略、社会的認知、介護者の関与に重点を置き、障害に関連する中核的欠陥に対処するために適応させる必要がある可能性があることを示唆している。

以上、ASDの感情調節障害に関するリスク因子や介入方法についてレビューしました。
比較的具体的なリスク因子が特定されている一方で、有力な治療法などはまだ限定的なようです。
自己感情の分化(感覚と言語の一致が難しい感じ?)が進んでいない児童が多い中で、どこまで感情言語の強化が有効なのか、メタ認知がそもそもきちんと働いてくれるのかなど、疑問は多々あります。
いずれにせよ、ASDの特性の1つに感情調節の困難さがあり、それが不適切な行動化につながる可能性があるものの、介入の開発はあまり進んでいないということなので、今後の科学の進歩に期待したいですね。

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乳原彩香 & 石川信一. (2016). 自閉スペクトラム症を抱える子どもの感情調節機能についての研究展望 (Doctoral dissertation, Doshisha University).

Emotion Regulation deficits / Emotional dysregulation :感情調節障害

0.感情調節障害の事例(ChatGPTで生成/プロンプト:以下の特徴を持つ10歳の少年について、800字程度で事例を生成してください。どのような子どもで、どのような場面で、どのような問題行動が生じており、それに対する専門知識のない教員の対応でどのようなトラブルに発展しているか、を含めてください。「(ここに”2.ER障害の症状”を羅列)」)
10歳の少年、たかひろは、状況に対して激しい感情を示すことが多い。彼は動揺したり落ち着かなかったりすることがよくあり、否定的な感情を抑えるのが難しい。自分を落ち着かせる方法を見つけるのが難しく、感情的な経験を理解することも困難だ。特に否定的な感情に対処する際、たかひろは回避的になったり攻撃的になったりすることがある。さらに、彼は否定的な感情をより多く経験し、極端な感情を示す傾向がある。感情的な手がかりを識別することも難しく、自分の感情を認識するのが困難だ。彼は否定的なことに集中しやすく、注意をコントロールすることも難しい。また、衝動的な行動をとり、ネガティブな感情を抑えるのが難しい。たかひろは動揺したときに落ち着くのが難しいと感じている。
学校では、たかひろはしばしば授業中に感情のコントロールを失い、怒りを爆発させたり、他の生徒に攻撃的な言動を示したりします。先生が彼を叱りつけると、彼はますます感情的になり、暴力的な行動をとることがあります。また、彼はしばしば他の生徒との関係に問題を抱え、他の子供たちと衝突しやすい傾向があります。
教員はたかひろの行動に困惑し、彼の感情的な安定性を改善する方法がわかりません。彼らは単に彼を叱責したり、クラスから排除したりすることによって、問題行動を管理しようとしますが、これらのアプローチはしばしばたかひろの抵抗心を引き起こし、彼の行動問題を悪化させる可能性があります。彼の行動問題に対する適切な支援や介入が必要ですが、教員がそれを提供するためのリソースや知識が不足しているため、トラブルが続いています。

1.感情調節(ER)障害の概要
感情調節(ER)障害とは、自分の感情を調節しコントロールすることが困難な状態です。幼少期の児童虐待やネグレクト、その他のトラウマ的な体験の結果として見られることが多いとされています。ER障害は、気分の落ち込み、怒りの爆発、衝動性、自傷行為、ストレス管理の困難さとして現れます。
いわゆる感情コントロールが難しいと、激しい行動化につながることが多いために、この概念を上手に扱ってケアに向けていくことが極めて重要なんじゃないかと思っています。
以下からは、ER障害のリスク、機序、ケアなどの知見をざっと見ていき、まとめに向かいたいと思います。

2.ER障害の症状
子どものER障害は、具体的に以下のような内面化・外在化行動と関連することがあるとされています(Macklem, 2007)。
・内面的な状態
状況に対して激しすぎる感情を示す。
動揺してもなかなか落ち着かない。
否定的な感情を減らすのが難しい。
自分自身を落ち着かせることができない。
感情的な経験を理解するのが難しい。
否定的な感情に対処するとき、回避的になったり攻撃的になったりする。
より多くの否定的な感情を経験する。
・外在化行動
極端な感情を示す。
感情的な手がかりを識別するのが難しい。
自分の感情を認識することが困難
否定的なことに集中する。
注意をコントロールするのが難しい。
衝動的
ネガティブな感情を抑えるのが難しい。
動揺したときに落ち着くのが難しい。
他にもER障害の症状として考えられるのは、極度の涙もろくなる、怒りが爆発する、あるいは物を破壊したり投げつけたりするなどの行動の爆発、自己または他者に対する攻撃性、自殺すると脅すなどです。ER障害は行動上の問題を引き起こし、家庭、学校、職場などでの社会的交流や人間関係に支障をきたすことがある(Dialetical Living)などが言われています。
ER障害、非常に重症度の高い行動化のリスクにもなる障害で、その背景には虐待が絡むことが多い、ということです。

3.ER障害のリスク因子
ER障害の原因・リスク因子って何なのでしょうか。児童虐待によるER障害の心理学的・神経学的原因は複雑で多因子的と言われています。
虐待やネグレクトに長期間さらされることで、脳の構造や機能、特に扁桃体前頭前野などの感情調節に関連する部位に変化が生じる可能性があります。さらに、小児期のトラウマは、回避や解離などの不適応な対処戦略を引き起こし、感情調節を妨げることがあります。
児童虐待によるER障害に関連する症状は、しばしば複雑性心的外傷後ストレス障害(C-PTSD)と呼ばれます。C-PTSDは、幼少期の長期にわたる虐待やネグレクトなどの 慢性的なトラウマに反応して発症する可能性のある心理疾患でして、ADHDと誤診されたりRADとして扱われたりしている児童の中に、実はC-PTSDじゃね?って子は案外いたりします。

4.ER障害の機序
ERの獲得について:ERは、PTSD(Cloitre, Miranda, Stovall-McClough, & Han, 2005)を含む様々な精神障害の発症と維持に重要な役割を担っている(Berking & Wupperman, 2012)。自分の情動反応を調節する能力は、幼少期から成人期にかけて形成され(Thompson & Goodman, 2010)、内発的・外発的要因に影響されるといわれています(Fox & Calkins, 2003)。養育者はER能力の発達に重要な役割を果たし(Thompson, 2011)、養育者から虐待を受けた子どもは、日常生活で感情を管理するサポートを受けられないだけでなく、虐待に典型的に関連する負の感情に対処しなければなりません。
複雑性PTSDの子どもでは、ER障害は癇癪に表れ、人間関係の困難は他者への抵抗として観察され、解離は白昼夢や注意力欠如として現れる可能性があります。癇癪や対話的な遊びが少ないといった症状は年齢相応のものかもしれないので、外傷性ストレス要因の前にこうした症状があった場合は、それを考慮に入れて悪化していると認識する必要があります。
ER障害の影響:子どもの虐待は機能的なER戦略の獲得を阻害し(Dvir et al.,2014),その結果,強烈な否定的感情を伴うPTSDの症状と関連する(Kaczkurkin et al.,2017)。児童虐待のような早期発症の対人トラウマは、他のタイプのトラウマよりもERの機能不全的側面と強く関連する。心理的虐待は、感情的な状況に対する不適切な反応や衝動的な反応を特徴とするERの側面とより関連し、感情的ネグレクトは、感情に対するより貧しい理解に関連するERの側面とより関連することがわかっています(Berzenski, 2018)。ネグレクトされた子どもは、虐待された子どもよりも感情を識別することが難しく、ストレスの多い状況で絶望的な反応をする傾向があるようで、虐待された子どもはより怒りっぽくなる傾向があるそうです(Hildyard & Wolfe, 2002)。
不適応な対処戦略の視点:不適応な対処戦略(自己逸脱、否認、物質使用、行動的離脱、自己非難)は、小児期のトラウマとうつ病との関係の有意な媒介因子であった。一方で小児期のトラウマを経験した妊婦のPTSDに対処するためには、不適応対処に介入するだけでは不十分である可能性も示唆されています(Choi et al., 2015)。表面化しているのがうつかPTSDで、介入戦略は変わってくるようです。
感情的葛藤に対する適応の視点:ER障害とは若干違う概念ですが、感情的葛藤に内的に適応できるか、という視点からの示唆もありました。児童虐待の重症度は、感情的葛藤への適応度の低さと関連していたが、認知的コントロールとは無関係であった。特に、性的虐待ではなく、感情的・身体的虐待の重症度が、感情的葛藤適応の低下と関連していた。感情的葛藤適応は、前向きに内面化精神病理と関連しなかったようです(Kim et al., 2021)。心理的・身体的虐待が、自動的な感情調節に影響を及ぼす可能性があるようでした。
メディエーターとしての情動調節(Knefel et al.,2019):児童虐待からPTSDおよびDSOへの媒介因子としての感情調節(ER)の役割を検証したところ、ERの側面は児童虐待とネグレクトによって異なる形で予測されました。負の感情を経験したときに自分の行動をコントロールし続けることが難しい(衝動)、いったん動揺すると感情を効果的に調節するためにできることはほとんどないという信念(戦略)は、児童虐待によってのみ予測されました。どちらの尺度も、激しい感情の存在に対する個人の反応を反映しています。ネグレクトでは、感情反応への不注意や気づきの欠如(aware)、経験している感情が明確でない(clarity)、ネガティブな感情を経験すると集中できず課題を達成できない(goals)など、ERのミュートと言える側面が予測されました。全体の結論として、児童虐待からICD-11 PTSDへの経路は直接的であり、DSOへの経路はERによって媒介され、したがって間接的であることを示唆。ERが児童虐待とCPTSD症状の苦痛との関連を媒介するという基本的な考えを支持した結果であったと言えます(Choi et al.,2014;Stevens et al.,2013)。

5.ER障害の治療
児童虐待によるER障害の治療法としては、認知行動療法(CBT)、弁証法的行動療法(DBT)、眼球運動脱感作・再処理(EMDR)などの精神療法が用いられることが多いです。これらの療法は、個人が感情を調整し、ストレスを管理し、より適応的な対処法を開発するためのスキルを学ぶのを助けることを目的としています。
ADHD の一部であると診断された場合、メチルフェニデート(リタリン) (Suzer & Tahiroglu, 2018)やアトモキセチン(Vacher et al., 2020)などのノルエピネフリンおよびドーパミン再取り込み阻害剤がよく使用されます。

以上、研究知見の概説を行ってきました。
全般的に、幼少期のトラウマを経験した人は、感情刺激に反応する前頭前野の活動が低下し、より衝動的な行動を示すことがわかっています。さらには幼少期のトラウマが、記憶や感情の調節に関わる脳領域である海馬の体積減少と関連していることも分かっています。虐待のような幼少期のトラウマのせいで、子どもの感情の調節がさらに損なわれている可能性があります。
幼少期のトラウマは個人の感情調節能力だけでなく、学習理論的にストレス対処能力に大きな影響を与える可能性があることも考えられますよね。回避や防衛などの不適応な対処法は、対人関係の構築を困難にし、感情の調節を妨げ、不安、うつ、心的外傷後ストレス障害など、さまざまなメンタルヘルス上の問題につながる可能性があります。
 「感情コントロールできない難しい子」ではなくて、それに至る機序は何で、子どもの何が阻害された結果のER障害で、何を回収・リカバリーしたらER向上に寄与しそうなのか…。そういった視点での関与が求められます。


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15. Pencea, I., Munoz, A. P., Maples-Keller, J. L., Fiorillo, D., Schultebraucks, K., Galatzer-Levy, I., ... & Powers, A. (2020). Emotion dysregulation is associated with increased prospective risk for chronic PTSD development. Journal of psychiatric research, 121, 222-228.
16. Séguin-Lemire, A., Hébert, M., Cossette, L., & Langevin, R. (2017). A longitudinal study of emotion regulation among sexually abused preschoolers. Child Abuse & Neglect, 63, 307-316.
17. Squires, L. R., Hollett, K. B., Hesson, J., & Harris, N. (2021). Psychological distress, emotion dysregulation, and coping behaviour: a theoretical perspective of problematic smartphone use. International Journal of Mental Health and Addiction, 19, 1284-1299.
18. Suzer Gamli, I., & Tahiroglu, A. Y. (2018). Six months methylphenidate treatment improves emotion dysregulation in adolescents with attention deficit/hyperactivity disorder: a prospective study. Neuropsychiatric Disease and Treatment, 1329-1337.
19. Wooten, W., Laubaucher, C., George, G. C., Heyn, S., & Herringa, R. J. (2022). The impact of childhood maltreatment on adaptive emotion regulation strategies. Child Abuse & Neglect, 125, 105494.
20. Vacher, C., Goujon, A., Romo, L., & Purper-Ouakil, D. (2020). Efficacy of psychosocial interventions for children with ADHD and emotion dysregulation: a systematic review. Psychiatry research, 291, 113151.
21. Zhong, H., Li, H., Zhang, X., Zhang, X., Zhang, Y., & Zhao, J. (2022). Childhood maltreatment and impulsivity in offenders Examining the mediating roles of self-compassion and cognitive reappraisal. Child Abuse & Neglect, 133, 105847.

敵意帰属バイアス(Hostile Attribution Bias:HAB/Hostile Intent Attribution:HIA)

1.敵意帰属バイアスの概要
敵意帰属バイアスとは、あいまいで中立的な社会的手がかりを、意図的に敵意や攻撃性があると解釈する認知バイアスのことです。言い換えれば、他者の行動には別の説明が可能であるにもかかわらず、その行動や言葉に敵意があるとする傾向といえます。たとえば“声をかけただけで覚醒して蹴ってくる被虐待児”や“失敗を指摘した他児を反射的に攻撃する児童”などがこのバイアス強めな可能性が考えられます。このバイアスは、実際には存在しないかもしれない敵意を知覚させ、過剰反応、防衛的、攻撃的な反応を引き起こす可能性があります。以下、概要について先行研究とともに説明していきます。
幼少期や青年期に否定的な経験に遭遇した人は、他者の曖昧な行動を敵対的、脅威的、自分自身に向けられたものとして経験する可能性が高く、脅威に対する過敏性と敵対的な意図帰属の持続的なパターンに影響される(Dodge et al., 2015)。人の行動が意図的に有害であると認識されることで、こうした人はより攻撃的に反応しやすくなる。このメカニズムが「敵対的帰属バイアス」(HAB)と呼ばれる。
HABとは、特に社会的文脈の手がかりがあいまいであったり、予測不可能であったり、解釈が困難であったりする場合に、他者の行動を敵対的意図があると解釈してしまう傾向のことで(Milich & Dodge, 1984)、環境の手がかりの不正確な解釈が敵意と関連が示されている (Hoaken et al., 2007)。社会的情報処理理論によれば、HABは、現在の否定的な出来事によって、他者や出来事を表す否定的な認知スキーマや経験が活性化され、過去の出来事と意識的または無意識的に関連づけられることで出現する(Guerra & Huesmann, 2004)。
挑発や脅威に対する誰かの反応は、客観的な社会的手がかりのみに依存するのではなく、社会的情報の処理方法に強く影響されるとしている(Setchell, Fritz, & Glasgow, 2017)。社会的情報の処理は、(i)手がかりを符号化することから始まり、次のように循環的に行われる: (ii)それらの手がかりの解釈、(iii)目標の明確化、(iv)反応の生成、(v)反応の選択と効果評価、そして最後に(vi)行動である(Crick & Dodge, 1994)。最初の2つの段階は初期社会情報処理と呼ばれ、不明瞭であいまいな状況を誤って解釈し、脅威の思考や感情を呼び起こすため、反応性の攻撃行動を引き起こすと提唱されている。HABはこの段階の重要な構成要素である。

2.敵対的帰属バイアスのリスク因子
 敵意帰属バイアス(HAB/HIA)になってしまうリスク因子はどのようなものがあるのでしょうか。
・関連あり
仲間に対するHIAと攻撃性の関係は、攻撃的で拒絶される子どもほど強い(Verhoef et al., 2019)
反応的攻撃性が、小児および青少年におけるHABと攻撃性との正の関連性の原動力である。関係性攻撃性が高い子供は、関係性攻撃性が低い子供よりもより多くの関係性 HAB を示し、物理的な HAB は示さなかった。対照的に、身体的攻撃性が高い子供は、身体的 HAB が高く、関係的 HAB は示されなかった(Martinelli et al., 2018)。
HAB と攻撃性の間に小から中程度の正の関連を示し、攻撃性の高い個人はあいまいな刺激や敵対的な状況で一層相手が敵対的な意図を持っているとも考えることが示唆された(Tuente, Bogaerts & Veling, 2019)。
反応的攻撃性におけるHABは脅威に関連する刺激に向けられるという注意処理の偏りに関連(Manning, 2020)。

・関連なし
HIAと攻撃性の関係の強さは仲間の親密さに依存しない(Verhoef et al., 2019)
HIAは反応性攻撃性の方が攻撃性一般よりも強い訳ではなく、ADHDにより強まることもない(Verhoef et al., 2019)

3.敵意帰属バイアスの治療
 敵意帰属バイアスの治療についての研究は限定的です。僕が知っている中ではシナリオ完了トレーニングというものがあり、比較的実施しやすいのではないかなと感じました。
シナリオ完了トレーニング(Van Bockstaele et al., 2020):他人の動機や行動が肯定的にも否定的にも解釈できる曖昧なシナリオを、一度に 1 文ずつコンピューター画面上に提示しました。シナリオの内容は、Novaco Anger Scale and Provocation Inventory ( Novaco, 2003 ) およびHawkins and Cougle (2013)によって使用されたシナリオに触発されていますが、青少年向けに適応されています (つまり、より短い文、より簡単な言葉遣い)。最後の文では、曖昧さをなくすための重要な単語が単語の断片として提示され、参加者はこの断片を完成することが求められました。
例:私が先生とダンスをしているところ、先生が私の足を踏んだ。先生は________
ちなみにこのトレーニング、文章を作っていかなきゃなのですが、ChatGPTに生成させると楽に作れます。プロンプト(和訳)は
「あいまいなシナリオ完了トレーニング(ambiguous scenario completion training)(Van Bockstaele et al., 2020)という名前のトレーニングがあります。このトレーニングでは短いシナリオを使用します。このトレーニングに使用するシナリオを作成してください。シナリオの要件は、以下の6つです。
1.他人の動機や行動が肯定的にも否定的にも解釈できる曖昧なシナリオ
2.より短い文
3.より簡単な言葉遣い
4.曖昧さをなくすための重要な単語をシナリオ中の断片として提示する
5.参加者の課題はこの空白を完成させること
6.シナリオの例は“私が先生とダンスをしているところ、先生が私の足を踏んだ。先生は________”」
でした。これで提示されたシナリオを、トレーニングで使用しやすいように改変し、心理教育として使用しています。

4.まとめ
敵意帰属バイアスはかなり子どもの適応を悪化させるので、個人のニーズに基づいて介入を調整し、まずは敵対的帰属バイアスの原因となりうる根本的な心理状態に対処することが重要だと思います。その後、心理教育などでバイアスを改善するといった流れでしょうか。
被虐待児はこのバイアスに苦しめられている子が多い印象なので、ぜひアセスメントでターゲットを特定して、ケアをしてあげてほしいです。

引用文献
Dodge, K. A., Malone, P. S., Lansford, J. E., Sorbring, E., Skinner, A. T., Tapanya, S., ... & Pastorelli, C. (2015). Hostile attributional bias and aggressive behavior in global context. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112(30), 9310-9315.
Hawkins, K. A., & Cougle, J. R. (2013). Effects of interpretation training on hostile attribution bias and reactivity to interpersonal insult. Behavior Therapy, 44(3), 479-488.
Manning, K. E. (2020). Seeing red? A systematic review of the evidence for attentional biases to threat-relevant stimuli in propensity to reactive aggression. Aggression and violent behavior, 50, 101359.
Martinelli, A., Ackermann, K., Bernhard, A., Freitag, C. M., & Schwenck, C. (2018). Hostile attribution bias and aggression in children and adolescents: A systematic literature review on the influence of aggression subtype and gender. Aggression and violent behavior, 39, 25-32.
Novaco, R. W. (2003). The Novaco anger scale and provocation inventory: NAS-PI. Los Angeles, CA: Western Psychological Services.
Setchell, S., Fritz, P. T., & Glasgow, J. (2017). Relation between social information processing and intimate partner violence in dating couples. Aggressive behavior, 43(4), 329-341.
Tuente, S. K., Bogaerts, S., & Veling, W. (2019). Hostile attribution bias and aggression in adults-a systematic review. Aggression and violent behavior, 46, 66-81.
Verhoef, R. E., Alsem, S. C., Verhulp, E. E., & De Castro, B. O. (2019). Hostile intent attribution and aggressive behavior in children revisited: A meta‐analysis. Child development, 90(5), e525-e547.
Van Bockstaele, B., van der Molen, M. J., van Nieuwenhuijzen, M., & Salemink, E. (2020). Modification of hostile attribution bias reduces self-reported reactive aggressive behavior in adolescents. Journal of experimental child psychology, 194, 104811.

身体的虐待加害者のリスク因子

身体的虐待を働く加害者の特徴を知れたら、その対応策やケア方法も浮かんでくると思いませんか?
また、虐待リスクの高い方が相手だと分かっていたら、その後のケースワーク方略や支援構築検討の材料にもなりそうです。
以下、メタアナリシスであるMilner et al.(2022)を中心に整理していきたいと思います。

イントロ(翻訳)紹介 以下引用(Milner et al., 2022)
“子どもの身体的虐待(child physical abuse :以下CPA)は、被害者の精神的・身体的健康に悪影響を及ぼすだけでなく、経済的にも莫大な損失をもたらす。
米国で報告されている児童虐待(CM)の結果の年間推定コストは、800億ドル(Gelles & Perlman, 2012)から1030億ドル(Wang & Holton, 2007)である。生涯コストの推定は、1億2,400万ドル(Fang et al., 2012年)から4,280億ドル(Peterson et al., 2018年)である。推定費用に関しては、児童性的虐待に次いで、CPAが1件当たりで最も費用がかかるタイプのCMのようである(Miller et al., 1996;Wang & Holton、2007)。米国におけるCMに関連する費用見積もりは多様であり、批判がないわけではないが(Corso & Fertig, 2010)、最も保守的な見積もりを用いても、CMとCPAの経済的費用が相当なものであることは明らかである。”

CPAの生存者はまた、短期的・長期的に数多くの教育的・心理的・心理社会的問題を抱えるリスクがある。たとえば
言語や運動技能の発達の遅れ(Prasad et al., 2005)
学業成績の低下(Lansford et al., 2002)
注意欠陥多動性障害(Sugaya et al.、2012)
反抗性障害、行動障害(Flisher et al.,1997)
ディスチミア、大うつ病双極性障害(Dunn et al., 2013; Goodwin & Wamboldt, 2011)
不安障害(Flisher et al., 1997)
心的外傷後ストレス障害(Sugaya et al., 2012)など。

CPAは以下のような健康問題の危険因子でもある。
メタボリックシンドローム(Midei et al., 2013)
身体的不定愁訴(Silverman et al., 1996)
心臓病(Dong et al., 2004)
片頭痛、胃腸障害(Goodwin et al., 2003)
呼吸器障害(Goodwin & Wamboldt, 2011)
がん(Fuller-Thomson & Brennenstuhl, 2009)など。

身体的虐待を受けた子どもの、その後の予測できるリスクとしては
喫煙、過食、薬物乱用、危険な性行動など、高リスクで自傷的な行動 (Chartier et al., 2009; Duke et al., 2010)
自殺念慮や自殺未遂を起こしやすい(Dunn et al., 2013;Silverman et al., 1996)
仲間の攻撃性、デート暴力(Duke et al., 2010;Yexley et al., 2002)
重大な少年犯罪(Smith et al.,)
成人の親密なパートナーからの暴力(Bensley et al., 2003)
CPAを含む子育ての問題(Capaldi et al., 2019)など。


以下は本研究(Milner et al., 2022)の結果を紹介します。
「子どもの身体的虐待の危険因子: 系統的レビューとメタ分析」

結果:リスク因子
①中程度(r> 0.30 からr<0.50)の効果量
・個人(世話人)レベルのCPAリスクは、ES(effect size)の高い順に、
「育児ストレス」、「共感の欠如」、「自尊心の低さ」、「衝動制御の欠如」、「孤独」、「苦痛」、 「否定的な属性」、「うつ病」、「認知的制限」、「不安」、「子供の発達に関する知識の欠如」、および「敵意」
でした。
・関係 (対人) レベルのCPA リスクは、ESの高い順に、
「ネガティブな親子関係」、「家族の結束の欠如」、「ポジティブな子育て行動の少なさ」
でした。

②小さい (r < 0.30)効果量
・個人 (世話人) レベルの CPA リスクは、ESの高い順に、
「認知された子供の問題」、「精神病理学」、「問題解決」スキルの乏しさ、「子供時代のサポートの欠如」、「社会的孤立」、「加害者の出身家族における虐待の子供時代の歴史」、「個人的なストレス」、および強い「懲戒的態度と罰の信念」
でした。
・人間関係 (対人関係) レベルのCPA リスクは、ESの高い順に、
「家族の対立」と「コントロールの必要性」
でした。

まとめ
これほどにまでリスク因子が多岐にわたっている時点で、同一の対応方法を選択することは誤りだと言えます。リスク因子に沿った対処戦略をテーラーメイドしつつ実践していく以外ないかなと。
なので、予防方法も同様に、家族や地域のニーズに応じて柔軟に適用されるべきです。また、専門家や地域の支援組織と協力して、子供や家族に適切なサポートを提供することが重要です。

Milner, J. S., Crouch, J. L., McCarthy, R. J., Ammar, J., Dominguez-Martinez, R., Thomas, C. L., & Jensen, A. P. (2022). Child physical abuse risk factors: A systematic review and a meta-analysis. Aggression and violent behavior, 101778.

抽象的思考の神経基盤とASDにおける不安:前頭前野の役割

抽象化思考 Abstract thinking

1. 抽象的思考の概要
抽象的思考とは、具体的で目に見える物や考えを超えて考え、概念的な思考や問題解決に取り組む能力のことです。アイデア、概念、シンボルを生成し操作する能力、および比喩や類推などの抽象的な概念を理解する能力が含まれます。抽象的思考は、高次の認知能力と考えられており、創造性、革新性、問題解決など、人間の認知の多くの分野で重要な役割を担っています。たとえばWISCなどでは、「りんごとパイナップルの共通点」として「くだもの」を答えさせるなど、低次元(具体)情報から高次元(抽象)情報を抽出させるなどにより、この抽象的思考力を測定しています。
抽象的思考は、刺激志向の知覚(見えたもの、聞こえたもの)に由来する情報とは対照的に、自己生成的で刺激に依存しない思考として広義に定義することができます。この定義を超えて、抽象化には2つの特殊な形態が考えられます。
1.抽象化は時間的に定義することができる。抽象的思考とは、長期的な目標や過去または未来の出来事に関連する思考である。抽象的思考とは、単純な刺激の特徴ではなく、表象間の関係に焦点を当てた思考である。
2.抽象的思考は、単純な刺激特徴ではなく、表象間の関係に焦点を当てた思考である。認知過程のサブセットには、単一の時間的または関係的領域内、あるいはその両方にまたがる抽象的思考操作に対する要求が特に高いものがある。これには、①過去の思考や記憶の検索(例:エピソード記憶やソース記憶の検索)、②現在のタスクに関連する、またはタスクに関連しない自己生成情報の操作(例:それぞれ関係推論や問題解決、マインドワンダリング)、③未来に関連する思考の処理(例:計画、マルチタスク、プロスペクティブ記憶)などが含まれる。
 以上、抽象的思考と言うと“具体的じゃない情報を使用した思考力かなぁ”程度に安直な考えをもっていましたが、結構奥が深い感じがしてきます。

2. 抽象的思考に関与する脳部位:前頭前野―細胞構造と下位区分
抽象的思考はブロードマン野10(BA10)にほぼ対応する吻側前頭前野 (rostral prefrontal cortex: RPFC)が関連しているとされ、全く異なる2種類の認知能力が関連しています。
RPFCの外側(RLPFC):推論、問題解決、より一般的な抽象的思考に関与するように、環境から自己を切り離し、抽象的な規則や情報を精緻化し、評価し、維持する能力(Amati and Shallice, 2007, Christoff and Gabrieli, 2000).
RPFCの内側、すなわち内側前頭前皮質(MPFC):社会的認知、他者の心の理解に関与(Amodio and Frith, 2006, Blakemore, 2008, Van Overwalle, 2009)。
過去10年間、大規模な磁気共鳴(MRI)研究により、RPFCはヒトにおいて成熟期に達する最後の脳領域の一つであることが示されてきました。RPFCは前頭前野、前側頭葉皮質、帯状皮質と相互に接続しており、関与が深いとされています。
3. 抽象的思考の発達
抽象的思考はどのように発達するのでしょうか。この章では、1. 自己生成思考の柔軟な選択の発達、2. 論理的推論の発達、3.関係推論の発達の3点について検討します。

3.1. 自己生成思考の柔軟な選択の発達
抽象的思考の操作の重要な側面は、知覚的経験によって引き起こされる認知 (刺激指向型、SO)と、感覚的入力がないときに生じる認知(自己生成型、または刺激非依存型、SI)のバランスを調整する能力にある(Burgess et al., 2007)。
子どもにおいて、SI思考の操作は流動性知能や関係推論(Crone, 2009, Wright et al., 2008) と関連していた。視覚的注意散漫に対する耐性は、年齢とともに正確さと反応速度の両方でわずかな改善を示したが、SI思考の操作とSI思考とSO思考の切り替えは、青年期後期まで急峻な反応速度の改善を示した。
自己生成思考の操作速度の発達や、知覚に由来する思考と自己生成思考との切り替え速度の発達は、計画、推論、抽象的思考等の“思考の操作に依存する能力”の発達に関連している可能性がある(Anderson et al., 2001、De Luca et al., 2003、Huizinga et al., 2006、Rosso et al., 2004)。
つまり、抽象的思考に重要なのは具体的な刺激の認知と刺激非依存型の認知のスムーズな切り替えで、どっちかがダメだと抽象的推論も苦手なままなんですね。

3.2. 論理的推論の発達
類推による問題解決には、ある文脈や状況から別の状況へ、以前に獲得した解決策や戦略を移すことが必要である。未就学児や幼児でさえも、類推する能力を示し、ある問題から学んだ解決策を別の問題の解決に利用する。しかし、年長の子どもほど、元の問題と新しい問題状況との間の根本的な類似性を検出する能力が高い.例えば、「パン: パンの切れ端::: オレンジ:?"」というシークエンスを、「オレンジの切れ端」、「ケーキの切れ端」、「絞ったオレンジ」、「オレンジの風船」、「オレンジのバスケットボール」という選択肢のうちの1つと一致させることが求められる。
関係シフト仮説は、幼児は類推や比喩を、「まず対象の類似性から解釈し、次に関係の類似性から解釈する」というものである。この仮説は、例えば、関係類似性が物体類似性と競合する場合、幼児は物体類似性の反応を示すが、年齢や経験が増すにつれて、反応は関係類似性に沿ったものになるという観察から支持されている(Rattermann & Gentner, 1998)。この関係性の変化は、単に年齢によって決まるのではなく、知識に関連していると考えられている。
つまり、類推性を把握して解決策・戦略を別の文脈にも応用することやが推論能力の中核なんでしょうか。小学生でも、同じ問題なら解けるけど、ちょっと出題の仕方を変えると一気に解けなくなるのは、この推論能力の低さ故になのでしょうか。使用する知識量の増加が推論力の向上に寄与する可能性もあるということなのでしょうか。確かに、知識がないと推論の材料も乏しくて関係シフトできなそうですもんね。

3.3. 青年期における関係推論の発達の行動学的測定
問題の関係性推論の要求は、正しい解答に到達するために同時に考慮する必要がある次元の数、または変動要因の数で定義することができる。5歳未満の子供は、0と1の関係性の問題は解けるが、2の関係性の問題は解けない(Halford et al., 1998)。関係性推論の早期改善は、物体の類似性から関係性の類似性への移行を反映している可能性がある(Rattermann & Gentner, 1998)。小児期から青年期にかけてのさらなる改善は、関係性の知識の増加やワーキングメモリ容量の増加に関連している可能性がある(Crone et al., 2009, Sternberg and Rifkin, 1979; Richland et al., 2006を参照)。実際、Carpenter et al.(1990)は、関係推論課題の個人差につながるプロセスは、主に抽象的な関係を抽出し、ワーキングメモリ内の大きな問題解決目標を動的に管理する能力であると主張した。
つまり、論理的推論と同様に、関係推論においても、ワーキングメモリは、複数の抽象的思考を維持し、それらの比較と統合を可能にする上で重要な役割を果たしているんだなと分かります。ワーキングメモリって大事ですね。

4. ASD児の不安と抽象的思考(定義:低IQ:IQ70未満、高IQ:IQ70以上)
 ASD児童は不安が高くて防衛行動が強く柔軟性に欠けるとか、抽象的思考が困難とか、現場レベルではそういったASDの印象があったりします。実際どうなんでしょうか。

4.1. 自閉症における不安
自閉症児の約40%が不安診断の基準を満たし(Mattila et al., 2010; Simonoff et al., 2008)、一般集団の2%~24%(Merikangas et al., 2009)に対して、11%~84%(White et al., 2009)と推定されている。自閉症児が不安障害の診断を受ける確率は、神経発達障害児の2倍である(van Steensel et al., 2011)。自閉症児の不安障害の軌跡は、不安障害のみの児と類似しており、多くの場合、低年齢児では外向的行動として現れ、青年期には引きこもりや回避へと変化する(American Psychiatric Association, 2013; Kerns & Kendall, 2012; White et al., 2009)。しかし、自閉症児はより多くの強迫、より高い社会的回避、感覚過敏に関連した不安を経験する(Acker et al., 2018)

4.2. 自閉症において不安とIQがどのように・どのような理由で関連しているのか?(Mingins et al., 2021)
・IQの範囲全体を含む研究では、わずかながらも明確な正の相関があった。的障害のある自閉症の子供たちのグループは、そうでない子供たちよりも低い不安を示した。IQが正常範囲以上の子供だけを含む研究では、IQと不安の間に一貫した相関の証拠はなかった。
⇒1つの可能性は、IQと不安の関係がIQの全範囲を線形に存在する=「高いIQを持つ自閉症の子供たちは、低いIQを持つ自閉症の子供たちよりも不安レベルが高い」。
正常範囲のIQを持つ子供だけを対象にし、自閉症の子供たちとその仲間との不安の最大の差が、最も高いIQを持つ子供たちにある(van Steensel & Heeman, 2017)。
高いIQは、より高度な抽象的思考や計画を可能にし、これがより予防的な心配やそれに関連する不安を引き起こす可能性があります(Kerns&Kendall, 2012)。さらに、高いIQを持つ子供たちは、高次の機能をより遂行する能力があり、これが過去、未来、自己効力感に関する懸念を助長する可能性があり、これが不安を持続させる可能性があります(Salazar et al., 2015)。高いIQを持つ自閉症の子供たちは、自分の社会的スキルと同僚との間の乖離をよりよく認識する能力があり、これが不安を引き起こす可能性があります(Acker et al., 2018)。しかし、このパターンは、自閉症のない子供でははっきりしていません(Karpinski et al., 2018;Martin et al., 2010;Penney et al., 2015)。
ASD児の多くの場合、不安の高さが外向的行動→引きこもりや回避へと変遷していく可能性が指摘されていますが、興味深いですね。小学生くらいでは(極端な表現ですが)暴力的な行為がみられる子もいて、中学生以降は回避的になるというのは、現場の方々的には少し納得感があるのではないでしょうか。家庭内では大きくなっても暴力的な行為が無くならない子もいるのはまた別の考察が必要なのでしょうか。

以上、抽象的思考と関連する状態についてまとめてみました。分かっていたようで意外と難しい概念も含まれていて、やっぱ調べてみるもんだなと思いました。

今回は主に↓2本の論文からの引用です。
Dumontheil, I. (2014). Development of abstract thinking during childhood and adolescence: The role of rostrolateral prefrontal cortex. Developmental cognitive neuroscience, 10, 57-76.
Mingins, J. E., Tarver, J., Waite, J., Jones, C., & Surtees, A. D. (2021). Anxiety and intellectual functioning in autistic children: A systematic review and meta-analysis. Autism, 25(1), 18-32.