児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

窃盗を行った児童に対する、エビデンスに基づくアセスメントとその治療

0.窃盗の事例
主訴:繰り返し窃盗により逮捕された本児(以下:A)(高1)について、その再発防止と心理的援助を目的として心理担当職員が関りを開始
家族構成:A、母、兄、内縁男性
不適応行動について:小学校時代には自室で暴れて壁に穴をあけるといった行為があったが、他害はなし。中学校1年生の秋ごろに母の財布から数千円程度を持ち出すようになり、以後は兄、学校、アルバイト先と盗む対象を変遷させている。これまでに盗んだ金額についてAは詳細に覚えてはいないが大体40万円程度と語る。盗んだ金銭の使途は、漫画やゲームの購入に充てていた。その他の飲酒、喫煙などの逸脱行動は行っていないといい、万引きについても「ばれる可能性が高いと思うから」という理由で行っていないとのこと。犯行についてはは単独犯であり、仲間に誘われて実行に至った等の構図はない。
検査:WISC-Ⅳ 全検査:110 下位尺度もほぼ同様の値
被虐待経験について:日常的な虐待状況を窺わせるようなものはない。
家族について:自身を愛しているのか不安に思う一方で、自分を気遣ってくれて優しい母と話す等、同居中の家族の中では実母に対して一番の思慕感を示している。同居中の男性は突如事実上の内縁男性となったことで、戸惑いがあった。被虐待経験のある母はAへの愛情の示し方に戸惑うことが多く、「冷たい接し方が多くなった」と語っていた。母からは「何を考えているのか分からない子」など、Aの主張性の低さがうかがえるエピソードが出ていた。
家庭での様子:些細な失敗で懲罰的に制限が強化され、自由が徐々に奪われる間隔を持っておりストレスが蓄積していった。加えて母からA自身への愛情に対する不安があった時期に、Aから見て好印象な男性が急に同居し、事実上母の内縁男性となったことへの困惑があり、母と同居人とのことで複雑な思いを消化できずにいた。
友人関係:「A県は東北と違って遊ぶのにお金がいる(からお金を盗んだ)」「目立ちたくないのに、転校生ってことで嫌でも目立った」と話していた。東北との友人関係の差異に戸惑っていたことに加え、集団から浮くことへの強い不安感を覚え、集団から浮かないように同調しようとした結果、お金が必要な場面で窃盗を働いてしまうという構図があった様子。また自宅の近所に親友と呼べる特別仲の良い友人がおり、その友人が様々なものを持っており、ゲームなどの物を介した関りが中心だったとのこと。その友人との関係を切らしたくない思いが強かったようで、それも金銭窃盗の動機の1つであった可能性は否定できない。
学校関係:学業は問題なし。部活動は参加していたが窃盗発覚により退部。休日はやることが無くて盗んだゲームで遊んでいたと話す。


1.窃盗とは何か

◆窃盗の定義と法定刑
窃盗とは、他人の財物を故意に持ち去ることをいいます。
刑法における窃盗罪では10年以下の懲役又は50万円以下の罰金の法定刑が科されます。

◆病的窃盗(DSM-5)の診断基準
A.個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される
B.窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C.窃盗に及ぶときの快感、満足、又は開放感
D.その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない
E.その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない
となっています。窃盗行為自体が目的となっており、窃盗実行前実行中に快の感覚があるなどが特徴となっています。

◆盗みの人口統計学
男子の50%と女子の32%が、小学校以来少なくとも1度か2度他人のものを盗んだことを認め、数回の盗みを認めた回答者は少なく(男子=11%、女子=4%)、さらに数回以上の盗みを認めた回答者も少なかった(男子=2%、女子=1%)ことを報告しています(Slocum & Stone ,1963)。全体の盗みの有病率は15.2% (Grant, Potenza, Krishnan-Sarin, Cavallo, & Desai ,2011)、であるという報告や、万引きの母集団レベルの推定値は、成人で11.3%、青年で15%という報告があり(Blanco et al., 2008)、全国万引き防止協会(2019)によると、消費者の11人に1人は万引きをしていると考えられています。窃盗行為自体は、極端に珍しいものではなさそうです。


2.窃盗に至る背景にはどのようなリスク因子があるのか
窃盗行為(盗みと表現する箇所が多々あってすいません)に関連するリスクなどを示す先行研究が多くありますので、以下にまとめていきたいと思います。

◆盗みの定着
少なくとも3~4か月に1回捕まる割合で5歳から10歳にかけてこの行動を継続することは問題であると特徴づけられている(Patterson, 1982)。Baruah(1989)は、7〜8歳を問題窃盗のカットオフとすることを提唱している。しつこく盗みをする人は、保護者や学校が行う罰、店からの追放、逮捕など、加害者にとって様々なリスクがあるにもかかわらず、その行動を維持する。おそらく、捕まる確率が低いことが一因で(例, Baumer & Rosenbaum, 1984; Belson, 1975/1976; Griffin, 1984; Hood & Sparks, 1970; Ingamells & Epston, 2013; Shapl&, 1978)、ましてや逮捕されて有罪になる可能性も低い(Akers, 1973; Farrington, 1973; National Association for Shoplifting Prevention, 2019; West & Farrington, 1977)。窃盗が個人のレパートリーの一部として根強く定着するメカニズムを説明する上で、Akers(1973、p.197)は、"プロの犯罪者は時に捕まり処罰されるが、犯罪の継続に対する強化の頻度と確率、量は、この散発的で不確実な処罰よりもはるかに大きい "と述べており、B&ura & Walters (1959, p. 365)は、"多くの場合、継続的な犯罪者は、受ける各罰の間にかなりの報酬を蓄積していることが明らかである "と見解を示している。

◆盗みの他因子との関連
子どもや青年における盗みは、他の様々な逸脱的トポグラフィー(例えば、破壊行為、身体的攻撃、未成年者の飲酒、逃亡、不登校など)と組み合わされた場合、成人の反社会的行動(Farrington, 2005; Robins, 1978; Robins, 1986; Robins & Ratcliff, 1978)と健康・職業上の困難(Robins, 1986)を予測する。また、幼少期の窃盗と非行、学業成績、精神病理学の問題との関連性を指摘する者もいる (Farrington, 1973; Krohn & Thornberry, 2003; Loeber, 1982; Loeber & Dishion, 1983; Mitchell & Rosa, 1981; Moffitt, Caspi, Harrington, & Milne, 2002; Moncher & Miller, 1999; Robins, 1978)。喫煙、薬物の使用、攻撃的行動、認知的困難、衝動性も窃盗と関連している (Baylé, Caci, Millet, Richa, & Olié, 2003; Grant et al., 2012a; Grant et al., 2011; Greening, 1997; Patterson, 1982)。
Austin et al.(2018)では盗癖者の窃盗行動と衝動性の関連について、万引きで逮捕された病的窃盗患者では、衝動性については有意ではないものの関連が示唆されており、その効果量は大きいか非常に大きいことが示された。仮説に反して、万引きで逮捕された者は、万引きで逮捕されなかった者に比べて、窃盗行為の頻度や病的窃盗の重症度が有意に高くなることはなかった。
Grant et al(2015)では大学生における窃盗の特徴について、盗み後の精神的落ち着きは得られていないものの、不十分な衝動制御の問題(強迫的な性行動、抜毛等)と関連しており、また双極性障害抑うつ症状の悪化、認知されたストレスレベルの上昇などとも関連していることが示唆されている。

◆親の監護との関連
Ho(2007)は親の監護と、盗みを含む反社会的行動(AAB:盗み、嘘をつく、いじめなどの行為から構成)との関連について報告している。親の監視不足と思春期の疎外感は、人口統計学や他の子育て指標を制御した後、AABと関連することが観察された。子どもの居場所や行動をよく知っている親は、AABの子どもを持つ確率が低い。親から疎外されていると感じている青年は、親から受け入れられていると感じている青年に比べ、AABが高い。貧しい家族の力学は親の監視とAABとの関連を媒介するようであり、反抗期は親の監視とAABによる思春期の疎外感との関連を媒介するようである。

◆犯罪行動の心理学的側面
犯罪行動の心理学の側面から、犯罪行動のリスク因子の側面から考えます。代表的なものにセントラルエイト リスク・ニーズ要因(Bonta & Andrews,2017)があり、犯罪歴、犯罪指向的態度、犯罪指向的交友、反社会的パーソナリティ・パターン、家族・夫婦、学校・仕事、物質乱用、レジャー・レクリエーションの8つが犯罪行動のリスク因子になるというものです。


3.窃盗行為自体にはどのような意味・機能があるのか
窃盗行為は、盗みを働く人にとって何かしらの意味があるから行うし、何かしらの意味があるからそれを続けるわけです。窃盗をする人も、その行為が犯罪であり、自分にとってリスクがあることは重々理解しています。それでもなお、どうして窃盗を行い、一部の人は続けてしまうのでしょうか。

◆盗みの機能
 盗みを調査した研究者が提示した経験的根拠のある行動指向の仮説と、他の問題行動に対する既知の機能(Beaversら, 2013; Hanleyら, 2003; Iwataら, 1994c)を考慮すると、盗みの機能として一般的に3つが考えられるようである。
1.最も経験的な裏付けがあり(まだ限定的)、ほとんどのケースに適用できそうな盗みの機能は、盗まれた品物への直接的で非介入的なアクセスによる維持(非社会的機能)である。このような場合、不正に入手した(そして表向きは操作または消費された)品物は、社会的変数による寄与なしに、盗みの構成反応を強化する役割を果たす。
2.2つ目の盗みの機能として考えられるのは、広義の社会的機能であり、様々な手段で様々な種類の正の強化(例えば、注目、物品、金銭)を媒介として獲得することである。重要なことは、注意の機能が疑われる場合でも、取られた品物の潜在的な強化価値を考慮することである(すなわち、多重支配が可能である)。これには、仲間に良い印象を与えようとしたり(例えば、友好的な挑戦、他人に盗んだものを自慢したり見せびらかしたり、愛情や地位を得るために他人に贈ったり)、盗んだ金品を他の人と交換して追加の品物や金銭を得たり、あるいは大切なセラピスト、教師、養育者などによるカウンセリングや戒めを通じて注意を受けたりすることが含まれるかもしれません。
3.おそらく最も可能性の低い窃盗の機能として、社会的な負の強化が挙げられる。仲間からのプレッシャーや暴行・盗難・その他の不快な出来事の被害者といった回避的な社会現象によって引き起こされる盗み(すなわち、報復的盗み)の実証実験は不足しているが、そのような例は一般文献に頻繁に記載されており、直感的に理解することが可能である。

盗みは、一般に報告されている多くの行動問題(例えば、攻撃性、破壊的行動など)とは異なり、有形物への直接的、非介入的なアクセスをもたらすという点で特異である。以下では、行動分析学的な視点に最も適合し、社会的強化と非社会的・自動的強化の源の既存の分類法と一致する、現存する文献で示唆されている機能を中心に、考えられる盗み機能の概要を説明する(Hanleyら、2003;Iwata et al.,1982/1994を参照)。
窃盗に関しては、Akers (1973, pp. 196-197)は、“職業的窃盗は金銭的見返りという正の強化だけでなく、認知、名声、他の窃盗犯との同一性や警察や他の人からの尊敬という社会的強化によって維持されている”と記述している。また、Leung et al. (1992)では、認知や名声は、友人や潜在的な友人からの承認を得るために盗難後に「贈与」することを含む可能性のある、子どもの頃の盗みの要因として挙げられている。
仲間からの認識、承認、受容、名声の獲得は、おそらく盗みとの関係では遅れるものの、注目へのアクセスによって強化される行動という概念と概ね適合すると思われる。Renshaw(1977)が盗みの原因を解明するために行った広範な取り組みには、盗品を贈ることで仲間の愛情を得ようとする試み、仲間や反社会的家族から承認や注目を得ようとする試み、社会的挑戦や挑戦によって引き起こされる盗み(その他の経験的根拠の乏しい原因)などが含まれている。あえての挑戦や社会的挑戦は、ピアプレッシャーの概念と一致し、正の強化(例:挑戦完了後に仲間から賞賛を受ける)と負の強化(例:指定された反応を完了したら挑戦を打ち切る)の両方の側面を含む場合があることに注意することが重要である。窃盗の維持変数としての社会的強化は、青少年が時に仲間の共犯者と一緒に窃盗をしたり、仲間に不正行為を報告したり、仲間に盗品を配ったりするという報告からも示唆されている(Brooks & Snow, 1972; Buckle & Farrington, 1984; Miller & Klungness, 1989を参照)。
 Wetzel(1966)では、10歳の少年の盗みは、注目(ケースワーカーに自分の行動を説明する試みを含む)へのアクセスによって強化されることが記述的情報から示唆された。Luiselli & Pine(1999)は、10歳の女児が盗みを行った際、その行動に関して大人と長時間話し合うことで強化されると仮定している。機能ベースの治療パッケージ(盗みに関する議論の差し控えを含む)は、盗みの減少に関連していた(ただし、行動は、大人との議論によって強化された)。
 社会的圧力や仲間からの圧力といった回避的な社会的刺激に反応して個人が盗みを行う場合(例えば、Farrington, 1973/1999; Moore, 1984; Nadeau et al, 2019; Schwartz, & Wood, 1991)、おそらく悪戯の終了や脅威の撤回につながる負の強化機能が働いている可能性がありる。報復や復讐として機能する盗みのような反コントロールも示唆されている(Arboleda-Florez, Durie, & Costello, 1977; Bauer, 1973; Bettleheim, 1985; Gerlinghoff & Backmund, 1987; Leung et al, 1992; Miller & Klungness, 1989; Moler, 1977; Renshaw, 1977; Schlueter et al, 1989)。つまり、表向きには、攻撃や盗みなどの不快な社会現象の犠牲となったときに盗みが誘発される可能性がある。このような場合、報復的盗みの強化因子は先行する不快な社会的刺激の除去であると考えられるが、被害者になってから復讐するまでの時間的不連続性は他の可能性(例えば、ルール・ガバナンス)を示唆している。

 窃盗は強化子を直接生み出すため、「自己強化性」(Henderson, 1981; Stumphauzer, 1976)と特徴づけられてきた。自動強化(Vaughan & Michael, 1982; Vollmer, 1994)という用語は、社会的仲介なしに行動が持続し、明らかな社会的結果を伴わない盗みがこのように維持される行動と一致するように思われる場合に適用される。社会的随伴性がない状態で維持されていると思われる盗みの最も明確な例は、個体が一人になったときに(例えば、別の観察室から)埋め込まれた食物を取ることが観察された研究から得られる(例えば、Simmonset al.,2019)。これらの一見バラバラな反応に共通するのは、他の個体による強化子の配給がないことである。 盗まれたもの(およびその消費または操作)への直接アクセスを暗示するのとは対照的に、一般的な文献では、挑戦、スリル、興奮を経由して盗みが強化されることがあるという理論が一般的である。
社会的媒介を受けないスリル追求としての盗みは、自動強化の概念と一致する。人口の0.3~0.6%に診断される、明らかにまれなタイプの衝動制御障害である病的窃盗は、(単独行動で)不要なものを盗みたいという衝動に一貫して抵抗できない個人につけられるラベルです(DSM-5、アメリカ精神医学会、2013年)。報告によると、病的窃盗と診断された人は、精神医学的問題を併発していることが多く、盗みに際して一種の心理的救済やその他の付随する感情を経験し(例えば、Grantら, 2012b; Goldman, 1991; Krasnovsky & Lane, 1998; Marzagão, 1972; McNeilly & Burke, 1998; Olbrich, Jahn, & Stengler, 2019)、精神分析系の「内的メカニズム」が関与している(Goldman, 1991)。病的窃盗における緊張や不安は、盗む直前に喚起的に起こると考えられていることは興味深い(例えば、Goldman, 1991; Grant et al., 2012b; Mouaffak, Hamzaoui, Kebir, & Laqueille, 2020; Olbrich et al., 2019)。しかし、そのような緊張が盗用機会とは無関係に生じるのか、それとも盗用機会にのみ反応するのかは不明である。


4.窃盗行為はどのように始まり、変化していくのか
窃盗行為の具体的な意味づけは、窃盗の開始時から変わっていくことは珍しくありません。どのように変化していくのでしょうか。以下、浅見他(2021)を中心に見ていきたいと思います。

◆病的窃盗の発症過程における認知と行動の変化(浅見他,2021)から引用
病的窃盗の移行過程全体の動き 病的窃盗の移行過程については,まず,万引きの生起段階として,初めて窃盗行動を行う行動の開始の段階,そして,窃盗行動の頻度が拡大する行動頻度拡大の段階を経て,病的窃盗の依存段階へと移る。
病的窃盗の依存段階においては,窃盗行動への従事そのものから得られるメリットが物品獲得のメリットを上回る病的窃盗の段階,習慣化していつもの店で自動的に窃盗行動が引き起こされる窃盗の自動化の段階という4 つの質的に異なる段階を内包したモデルが作成された。
行動の開始 病的窃盗患者,万引き経験者,ともに行動の開始の段階においては,「物品獲得が主目的」という点で同様の機能が確認された。小学校入学前の幼児期に窃盗行動を開始した者は,盗むことが悪いことという学習が十分になされていない状態で,,物品獲得そのものをメリットに感じたという随伴性が確認された。小学生から19 歳までの児童期から青年期に窃盗行動を開始した者は,「友人の誘い,身近な成功例」をきっかけにして物品獲得そのものをメリットと感じたという随伴性が確認された。20 歳以上の成年期以降に初めて窃盗行動をした者は,「窃盗衝動が規範意識との葛藤に勝ってとる」ことが語られ,衝動的にとってしまい,物品獲得そのものをメリットと感じたという随伴性が確認された。
行動頻度拡大 「罪悪感が薄れ,ばれない工夫をする」ようになっていく。さらに,促進要因として,精神疾患などの影響から物をため込むことで安心感を得たり,家庭や学校における孤立を避けるため過度に周囲に合わせて自己抑制したりする「ためこみ癖,過剰な適応」などの影響もあって,窃盗行動によって得られるメリットとして,物品獲得のほか,スリルやストレス発散など種類が増えて,「窃盗の意味が拡大する」こととなる。
病的窃盗 万引きの生起段階として窃盗行動を繰り返しているうちに,病的窃盗の診断基準に相当する状態へと移行がみられた。第一段階として,窃盗行動によって得られる物品よりも,窃盗行動への従事そのものによって得られるメリットが大きくなる病的窃盗の段階がある。この段階においては,精神疾患などの影響から「慢性的な不快情動,快情動の消失」がある際に,「ストレス発散,不安低減,現実逃避」や,「スリル,達成感,高揚感」,「あてつけ,他者の関心」といった行動自体から得られるメリットが主目的となる。窃盗行動をやめることはできずに,自分を責めたり,人との交流を避けたりすることがさらに慢性的な不快情動の出現や快情動の消失につながっていく悪循環に陥っていた。
窃盗の自動化 窃盗行動をそのまま繰り返して続けているうちに,窃盗の自動化段階に進んでいる者もいた。「とらないことがストレス」となり,いつもの店に入り,「とれる条件がそろうといつでもとる」というように,明確に意識しないまま窃盗行動を繰り返す状態になっていることが明らかにされた。病的窃盗段階と窃盗の自動化段階においては病的窃盗の診断基準に該当し,病的窃盗の依存段階にあたると考えられる。
<年代に応じた再犯防止対策>
幼児期においては,窃盗はしてはいけないことであるという知識としての規範意識がそもそも十分に形成されておらず,この段階の窃盗行動は早期発見と窃盗はしてはいけないことだという規範意識の形成による効果が見出しやすいと考えられる。児童期から青年期においては,窃盗はしてはいけないことであるという規範意識は知識として保持されていたため,発覚しないように周囲を気にするものの,成功例や友人の誘いをきっかけに遊び半分で安易に行っていることが明らにされた。そのため,大久保他(2013)が指摘するように,万引きのきっかけを作らせない家族との良い関係性や万引きされにくい店づくり,さらに,万引きの結果としてどのような事態を招きうるかという点の学習などの有効性が期待できる。成年期以降においては,病的窃盗以外の精神疾患の症状や経済状況の悪化といったマクロ的状況と規範意識との間の葛藤が語られており,道徳教育や刑罰のみでは窃盗行動をやめることは相当に難しいと考えられる。そのため,精神疾患の治療や経済困窮に対する支援などが万引きの再発防止に寄与すると考えられる。


5.窃盗児童Aのアセスメントと対応
改めて窃盗児童Aの事例を掲載します。
 
主訴:繰り返し窃盗により逮捕された本児(以下:A)(高1)について、その再発防止と心理的援助を目的として心理担当職員が関りを開始
家族構成:A、母、兄、内縁男性
不適応行動について:小学校時代には自室で暴れて壁に穴をあけるといった行為があったが、他害はなし。中学校1年生の秋ごろに母の財布から数千円程度を持ち出すようになり、以後は兄、学校、アルバイト先と盗む対象を変遷させている。これまでに盗んだ金額についてAは詳細に覚えてはいないが大体40万円程度と語る。盗んだ金銭の使途は、漫画やゲームの購入に充てていた。その他の飲酒、喫煙などの逸脱行動は行っていないといい、万引きについても「ばれる可能性が高いと思うから」という理由で行っていないとのこと。犯行についてはは単独犯であり、仲間に誘われて実行に至った等の構図はない。
検査:WISC-Ⅳ 全検査:110 下位尺度もほぼ同様の値
被虐待経験について:日常的な虐待状況を窺わせるようなものはない。
家族について:自身を愛しているのか不安に思う一方で、自分を気遣ってくれて優しい母と話す等、同居中の家族の中では実母に対して一番の思慕感を示している。同居中の男性は突如事実上の内縁男性となったことで、戸惑いがあった。被虐待経験のある母はAへの愛情の示し方に戸惑うことが多く、「冷たい接し方が多くなった」と語っていた。母からは「何を考えているのか分からない子」など、Aの主張性の低さがうかがえるエピソードが出ていた。
家庭での様子:些細な失敗で懲罰的に制限が強化され、自由が徐々に奪われる間隔を持っておりストレスが蓄積していった。加えて母からA自身への愛情に対する不安があった時期に、Aから見て好印象な男性が急に同居し、事実上母の内縁男性となったことへの困惑があり、母と同居人とのことで複雑な思いを消化できずにいた。
友人関係:「A県は東北と違って遊ぶのにお金がいる(からお金を盗んだ)」「目立ちたくないのに、転校生ってことで嫌でも目立った」と話していた。東北との友人関係の差異に戸惑っていたことに加え、集団から浮くことへの強い不安感を覚え、集団から浮かないように同調しようとした結果、お金が必要な場面で窃盗を働いてしまうという構図があった様子。また自宅の近所に親友と呼べる特別仲の良い友人がおり、その友人が様々なものを持っており、ゲームなどの物を介した関りが中心だったとのこと。その友人との関係を切らしたくない思いが強かったようで、それも金銭窃盗の動機の1つであった可能性は否定できない。
学校関係:学業は問題なし。部活動は参加していたが窃盗発覚により退部。休日はやることが無くて盗んだゲームで遊んでいたと話す。

前述までは、いわゆる窃盗ケースについての一般論です。
ここからは、本ケースという個別事例に焦点化して、窃盗行為の開始やその維持要因について、機能分析の観点から見立てていきたいと思います。

1.窃盗の開始と盗みの機能
金銭窃盗のきっかけとしては友人関係の維持を目的として行為に及んだというものである。その根っこにはAのもつ当時のストレス構造があり、理由として①友人関係の維持以外にも、②父母の離婚、③家庭での制限の強さと母からの愛情に対する不安、④母と同居人の関係性への思いの4点があった。しかしそのストレスについて、母の共感的受容力の低さと母に受け止めてもらえるかの不安、友人関係の希薄さにAの自己主張性の低さが相まって、他者に言語化できずにストレスを蓄積させていったという状況があった。以上により、本ケースにおける盗みの機能としては「広義の社会的機能」であったと考えられる。
①友人関係の維持について、窃盗の維持変数としての社会的強化は、仲間に盗品を配ったりする(Brooks & Snow, 1972; Buckle & Farrington, 1984; Miller & Klungness, 1989を参照)、窃盗品を贈与することで友人からの認知や名声を得る(Leung et al. ,1992)という報告から示唆されている。
②~④に共通する家庭内での孤立感について、反抗期は親の監視と反社会的行動(AAB:盗み、嘘をつく、いじめなどの行為から構成)による思春期の疎外感との関連を媒介する(Ho,2007)という先行研究があり、本ケースにも当てはまる。いわゆる「寂しくて物を盗む」と(正直根拠に乏しいと感じる)心理の先輩から脈々と言われてきたオカルトは、本先行研究なんかが近い知見を示しているのかもしれない。
つまり窃盗の開始については、父母の離婚や母の制限等のストレスがあったが、母の共感的受容力の低さと母に受け止めてもらえるかの不安、友人関係の希薄さにAの自己主張性の低さが相まって、他者に言語化できずにストレスを蓄積させていったという状況があり、希薄な友人関係を維持するために窃盗を用い始めた、と考えられた。

2.窃盗の維持メカニズム
当初は転校先の友人関係を保つ目的の金銭窃盗だったが、次第に盗みそのものがストレス発散の目的と移行していったものと思われる。当初、ストレスの発散方法としては家庭内で暴れるといったことがあったが、家庭内の制限の強さから逃れる意味もあり次第に家の外に向くようになり、金銭窃盗へ移行していったという構図もあると思われた。窃盗の段階としては病的窃盗に至っているとはいえず、浅見ら(2021)の先行研究における「行動頻度拡大」の段階といえる。
つまり窃盗が維持されていたメカニズムとしては、友人関係維持のために開始した窃盗行為自体にストレスの発散の意味を見出し、家庭内におけるストレス構造が解決されない中で行動頻度が拡大していったと考えられた。

3.窃盗の終結に向けて
前述まで、Aのもつ窃盗の機能や維持メカニズムについてエビデンスベースに整理していきました。これを元に、Aが窃盗行為を終結させるために、Aが有するリスクを1つ1つフォローしていく流れになると思われます。このリスクについては個別的なアセスメントにより、Aが有しているリスクや窃盗の機能や段階などを具体的に把握し、フォロー方法を詰めていくことが求められます。
Aのリスクと書きましたが、これは当然Aだけでなく、そのAを取り巻く環境のリスクも含まれます。Aだけでなく、Aに関わる人のサポートへの動機付けを行い支援していく、そのような関りが求められて生きます。
具体的なリスクとしては以下のようなもの等が考えられました。
・セントラルエイト リスク・ニーズ要因:レジャー→学校以外の活動への参加
・窃盗の維持変数としての社会的強化:盗みを介した友人関係構築→対人関係構築に課題がある場合は必要に応じたSSTも検討するが、基本的には学校生活の中で自然に友人が作れるよう心理的支援を行い、家庭内外に居場所感を作っていく
・AABリスク:疎外感と親の監護力→親に心理教育+エンパワーメント
・不適応行動のリスク抑制:窃盗に至る機序の言語化とその家族内共有
これらを軸に、AやAの家族に働きかけていきます。例えばAに対しては、窃盗に至る機序の言語化、学校以外の活動への参加の動機付け、などです。家族に対しても上記の関りを軸に働きかけを行っていきます。

エビデンスを元にこのようにアセスメントし、不適応行動等の終結に向けていくことの何が良い点かというと、①勝手な主観・色眼鏡で人の行為を見ない、②効果のない関りを無駄に続けるリスクを下げられる、③すべてを子どものせいにする・子どもに責任を負わせることを避けられる、などがあるんじゃないかなと思っています。特に③ですが、“〇〇だと問題行動のリスクが上がるという研究がある、〇〇の環境を作ったのは君じゃないよね、だから君だけが悪いんじゃないということが科学的にも言えるんだ”と、子どもに伝えることを可能にしてくれるのが、これらの先行研究の存在なのかなと思います。必死に勉強してそれを言える心理司になれるのであれば、膨大な時間を費やしエビデンスを学ぶ価値は大いにある、と思います。
※引用文献は準備中です。すいません…。

児童虐待による死亡事例は防げたのか?—乳児虐待死亡事例をエビデンスベースドな側面から検証を行ってみた―

*一部研究知見を追記(2023/6/19)

児童相談所が関わった児童が死亡すると、大きくメディアで取り上げられます。
例えば最近ではありませんが、過去には2014年、生後8カ月の長男が頭などに暴行を受け死亡した事件があります(参考:千葉日報,2017)。
死亡事例が発生した際は、死亡事例についての検証委員会が立ち上げられ、課題と改善点が検討されて報告書にまとめ上げられるのが通例となっています。目的はもちろん、死亡事例の再発防止です。

さて、この検証委員会の報告(千葉県社会福祉審議会,2018)、読んだことある方はいらっしゃいますか?
私は一応読んでいますが、色々と思うところはあります。
まず何より思うのが、全体的に有識者の主観や経験に基づいた提言がメインであることです。死亡事例に至るリスクと予測可能性についての根拠などが(私の知る範囲では)示されていないのです。
もちろん、有識者の主観や経験も不要とは言いません。提言内容について、(もっと具体的に示せよと思う部分はありますが)これは正しいなと思う点も普通にあります。
でもこれでいいのか、もっと意味のある提言ってできるものなのか、そういった疑問を抱えていることも事実ではあります。

なのでせっかくですから、その死亡事例の検証委員会の報告書をここで少し見てみたいと思います。
そしてその内容から(ケースの詳細はもっと他にあるけど置いといて)、エビデンスに基づくリスク検討と予測は可能だったのか、ちょっと考えてみたいと思います。

児童虐待死亡事例検証報告書(第4次答申):千葉県社会福祉協議会(2018)」より引用
3.事例の概要
○ 平成 26 年 11 月 6 日、0 歳 8 ヶ月の男児(以下、本児)がK病院に救急搬送され、その後死亡が確認された。死因は急性硬膜下血腫による呼吸不全であった。
○ 本児は児童相談所による一時保護歴があった。平成 26 年 5 月、右上腕骨折によりJ病院から児童相談所に虐待通告があり、父(追記:当時24)からの身体的虐待が疑われる状況であったが、父は「長姉が踏みつけた」と説明した。児童相談所は本児を一時保護し、家庭環境の調査や医学的所見の精査を行った。両親は虐待を否定し、児童相談所は骨折に関して法医学専門家へのセカンドオピニオンの聴取等を行ったが、虐待とは断定できなかった。
児童相談所は家庭で本児が安全に暮らすための方策を両親と協議し、平成 26 年 10 月に下記 3 点を条件に一時保護を解除し、本児は家庭引き取りとなった。
① 実母の実家において、祖父母の監視の下、本児を養育する
児童相談所及び市職員がそれぞれ月 1 回家庭訪問による安全確認を行う
③ 本児を寝かせる場合は、必ずベビーベッドを使用する
○ 父は平成 27 年 9 月に本児に対する傷害容疑で逮捕、同年 11 月には傷害致死容疑で再逮捕された。父は公判においても虐待を否定したが、平成 29 年 2 月の公判では、父が本児の頭部や顔面に複数回の暴行を加えたことは明らかであるとして、懲役7年の判決が下った。その後、父は控訴するも棄却されている。
○ 父は本児だけでなく長姉に対しても暴力を振るっていたこと、本家庭の生活実態が、児童相談所が求めた母方実家にはなかったことが、事後に判明した。
○ なお、長姉や次姉について、両親が若年で出産したこと、父から母への DV が疑われる家庭状況であったこと、転居が繰り返された上、居所と住民票所在地が異なることも多かったことなどから、居住する市町村で要保護児童として取り扱いがあったものの、上述のような生活の変転から、市は本家庭の生活実態を十分に把握できないまま支援が終結していた。
○ なお、長姉、次姉については本児の死亡後、児童相談所が一時保護した。

【養育者の生育歴・生活歴等】
・両親共に若年で長姉を出産。父から母へのDV、母が精神的に不安定である等、養育面に不安のある世帯。
・長姉自身も「心室中隔欠損」で通院中であり、育児リスクが高いケース。
・父方祖母は離婚して家を出ている。
・母は中学生の頃、リストカットしていたこともある。
・父には強盗致傷による逮捕歴があることに加え、(以下は保護中には情報がなかった様子)父は詐欺、覚せい剤取締法違反などによる犯罪歴もあった。
・平成 26 年 10 月、A市 C 町の母方実家で母方祖父母・叔父・叔母の支援を受けて養育していくという条件で家庭引取としたが、実際にはA市d町のアパートで父母と子ども達のみで生活しており、家庭訪問時のみ母方実家へ移動し、児童相談所や市の職員を受け入れていた(死亡後判明)。
平成 25 年 2 月(長姉 2 歳 4 ヶ月の頃)、長姉が、1.6 健診が未受診で、母は次姉を妊娠していたが、保健師が「実家で安全に暮らしている」ことを母方祖母から聴取したことを理由に、支援を終了した。しかし、本家族が同居している母方実家は、この時すでに転居しており、市として把握している住居には住んでいなかった。直接目視せず終結したことで、養育状況や生活が安定しているのか否かも把握できないままの終結となり、転居にも気付けなかった。

さて、以下に児童虐待による死亡事例研究知見から得られているエビデンスをまとめます。
・リスク因子
加害者要因:CMF(児童虐待による死亡者)の加害者は,若年層(Douglas & Mohn,2014; Herman-Giddens et al.2003; Kunz & Bahr, 1996), 家族の低SES(貧困、失業、最底辺の教育)や加害親の精神疾患や依存症、過去のDV加害(Olecká, 2022), 無職か低レベルの仕事、経済的な問題や居住の不安定さ (Douglas,2015; Douglas & Mohn,2014; Johnson & Dawson, 2021), 頻発した虐待歴、社会的孤立(Katz,2013;Miyamoto et al.,2017),経済困窮、要支援家庭、虐待加害歴、加害者の過去のDV被害、犯罪・非行歴(Batra, Palusci, & Berg.,2022),傷の治療をしない(Olecká, 2022), 精神疾患(24.4%)、対人暴力(28.6%)、慢性虐待歴(22.1%)親が投獄された経験(21.8%)等のリスク (Garcia et al., 2022)が背後にある可能性が示唆された。
加害者は、親(65.2%)親の配偶者(18.8%)であった(Garcia et al., 2022)。CMF加害者は一般的には母親だが、子どもの加齢とともに加害者が男性(父親、継父、または母親のパートナー)である可能性が高くなる(Olecká, 2022)。
死亡事例のリスク:経済困窮、親の依存症、親の能力の低さ、親の育児関心の低さ、不適切なヘルスケア(Olecká, 2022)。特に家族の低SES(貧困、失業、最低教育)重要な危険因子(Olecká, 2022; Blaser1983)
※参考:死亡に限定しない身体的虐待に係る危険因子としては、母子の深い感情的絆の欠落、両親が中毒者、DV、支配的関係、親の精神障害認知障害(Olecká, 2022)
※参考:低SESを危険因子とみなす仮説は、国家の社会構造において、その集団の社会的経済的地位が悪化すると、社会階層内の死亡率が上昇し、教育レベルが低く、所得レベルが低く、行動における危険因子が増加することを記録した多くの疫学研究の結果に依拠している(Šplíchalová, 2007)

被害者要因:1~4歳、過去の被虐待歴、過密な住居、兄弟の分離措置等、などはその後のマルトリートメントによる致死のリスクが高まる(Batra, Palusci, & Berg.,2022)。最も高い割合が乳児としての死亡であり、平均的な死亡年齢は6歳 (Lindley & Slayter, 2019),3歳未満が死亡率が高い(Garcia et al., 2022),米国で死亡した児童の34.3%は、死亡前の5年間に少なくとも1回はCPSとの接触があり、一度虐待による怪我で入院した場合の死亡リスクのほぼ3倍 (Kennedy et al., 2020)であった。
被害者のほとんどは身体的・知的な障害を有しておらず(88.3%)、精神疾患と診断されたのは5%未満であった。外傷は頭部外傷(32.5%)、顔や体の打撲(35.2%)、出血(26%)を報告(Garcia et al., 2022)。
身体症状の証拠から、致命的な結果における最も典型的な兆候は、異常な局在を伴う反復する複数のあざ、未治療の傷やあざの発生、小さな傷、指紋、または歯型であった(Olecká, 2022)。

・保護因子
片親と暮らす子どものCMFリスクは高くない(Douglas & Mohn,2014; Schnitzer & Ewigman, 2008; Stiffman et al.,2002)。また、児童保護サービス(児相)への通報の繰り返しや、子どもの年齢と経済的問題の相互作用が保護因子として作用することが多かった(Douglas,2015)。

・一致しない所見
感情や行動に問題のある子どもは低リスク (Douglas & Mohn,2014)、高リスク(Chance & Scannapieco,2002; Korbin,1987)等と矛盾。
実親との同居はCMF高リスク(Douglas & Mohn,2014)、実親以外と同居の方が10倍CMFリスク(Stiff man et al., 2002)と矛盾。

・関係のない因子
虐待の種類,性別,人種(Batra, Palusci, & Berg.,2022)。

・死亡リスクを下げる有効な介入(ない)
死亡リスクの軽減に成功した CPS サービスやサービス紹介を特定できなかった(Batra, Palusci, & Berg.,2022)。

・再発
再犯の重症度は初発と同程度の重症度の可能性が高い (McCarthy et al.,2018)


次に、犯罪行動の心理学の側面から、犯罪行動のリスク因子の側面から考えます。※IPV以外はBonta & Andrews(2017)からの抜粋(つまり孫引き…)

・セントラルエイト リスク・ニーズ要因(Bonta & Andrews,2017):犯罪歴、犯罪指向的態度、犯罪指向的交友、反社会的パーソナリティ・パターン、家族・夫婦、学校・仕事、物質乱用、レジャー・レクリエーション

・脳の前頭領域:注意・計画・行動抑止に関連、高次機能を司る領域で、犯罪行動は「高次機能」の指標と大きな関連( r = .31 ; Ogilvie, Stewart, Chan, &Shum, 2011)

・生涯継続型犯罪者:前頭葉辺縁系に欠陥があるのだろう(Odgers, Moffitt et al., 2008; Nelson & Trainor, 2007; Raine, Moffitt et al., 2005)※生涯継続型犯罪者の理解に重要な2 つの気質特性…①自己統制力不足と結びついた高い刺激希求性:高いエネルギーレベルを統制できないことが問題(e.g. Berkowitz, 2008; de Ridder, Lensvelt Mulders, Finkenauer , Stok, & Baumeister, 2012)②ネガティブな情緒性下位特性:攻撃性・疎外感・ストレス反応など。

・検査結果:神経心理学的テストの多くが,18歳時点での非行を予測、言語能力を測定するテストは,将来の非行と最も高い相関、テストの成績が悪いことは,生涯継続型男性犯罪者にのみ関連(Poulton, Moffitt, & Silva, 2015)

・IPV:IPVリスクとCPA(身体的虐待)リスクには正の相関があり(IPVリスク者の4割がCPAリスク有)/サンプル全体の約 9 %がマルチリスク(IPVリスクとCPAリスクの両方に陽性)/IPVリスクのみ アルコール・女性問題とCPAリスクのみ 気分障害、自己機能障害:感情調節障害等 の予測因子のパターンは、マルチリスクの人 (IPV+CPA)とは異なる (Merrill et al.,2004)。つまり、IPVがあったからすなわちCPAリスク群とは言えない。
など(力尽きた)。


以上により、この検証報告に書かれている情報だけで考えた時(きっと他にも細かいリスク/保護要因はあったんだと思いますが)、該当するCMFリスク/保護要因は以下になると思われます。なお、文献により一致しない見解が得られているものも含めて、一応ここで記載していくことにします。
◆リスク要因
・若年層の加害者
・被害児童が乳児
・不安定な居住
・IPV
・犯罪歴
・物質の使用(これは事件後に発覚)
◆保護要因
・繰り返しの通報(だが関与できなかった)

また、この報告書にはないリスクで、拾うべきもの・拾っておくべきだったものとしては
・自己統制力不足と結びついた高い刺激希求性
・ネガティブな情緒性下位特性:攻撃性・疎外感・ストレス反応
・言語能力
・仕事や経済状況
・犯罪指向的態度、犯罪指向的交友、反社会的パーソナリティ・パターン、家族・夫婦、レジャー・レクリエーション等のセントラル・エイト要因
といったものが考えられます。


ここで、検証委員会の児童相談所への課題と改善策を提示したいと思います
2.児童相談所の対応状況(問題点)と課題、改善策
児童相談所
(略)
≪改善策≫
家庭復帰の際は、必ず家族関係支援のためのアセスメントシートを活用する。
家庭復帰の際には、復帰する家族全体の生活歴等を詳細に把握する。
背景に DV が存在する場合には母単独での面接により、状況を正確に把握する。
家庭復帰前に警察が介入するような事態があった場合、家庭訪問を実施し、アセスメント
をやり直すなど、より慎重に安全プランを検討する。
家庭復帰後の家庭訪問の際には、時には事前連絡無しで訪問して、保護者の遵守事項等を
確認するなど、家庭訪問技術の向上を図る。

この改善策を実行して、はたしてCMFは避けられたのでしょうか?
この改善策、実はエビデンスに基づいた意見ではありません。
詳細に把握するの「詳細に」とは、具体的に何を把握できればよかったのでしょうか。より慎重に安全プランを検討するとありますが、「慎重に」検討した安全プランは具体的に何があれば良かったのでしょうか。家庭訪問技術ってアポなし訪問のことだけなのでしょうか。

エビデンスに基づいた検証からは、以下のことが言えると思われます。
本件加害者は、過去の複数の犯罪歴とIPV・物質使用歴という点で犯罪行動自体のリスクを有しており、加えて若年層の加害者+不安定な居住+IPV+物質の使用というCMFリスク要因のある人物であった。また被害児童が乳児という死亡リスクの高い被害者側の要因もあった。
1度目の身体的虐待(疑い)の時点で、「致命的な児童虐待(CMF)」という犯罪行為を繰り返す可能性が認められるため、今後の対応についてはそのリスク・可能性を前提とした関りが求められる。・・・ざっとはこんな感じでしょうか。

その上で、エビデンスに関わらないがリスクとして考えられるものとして「虐待事実の隠蔽」があります。
なぜ虐待事実の隠蔽がリスクといえるのか。性格の悪さが分かるからとかではありません。それは「再発防止策(=安全プラン)を機能させることが不可能になるから」です。
虐待事実を認めないために、生じた虐待が繰り返されないための話ができず、さらには関係機関に嘘で自己防衛する人物とあれば、話された内容が真実ではないし、そんな中で決められた再発防止のルールなども守られることもない可能性が高いと思われるからです。
嘘の事実の上に、守られることのない再発防止策。これが形作られるリスクが高いと考えられるのです。

以上を考えると、想定されるアセスメントは以下のようになるのではないでしょうか。
“ 本件加害者は、過去の複数の犯罪歴とIPV・物質使用歴という点で犯罪行動自体のリスクを有しており、加えて若年層の加害者+不安定な居住+IPV+物質の使用というCMFリスク要因のある人物であった。また被害児童が乳児という死亡リスクの高い被害者側の要因もあった。
その上で、1度目の身体的虐待(疑い)の時点で、「致命的な児童虐待」という犯罪行為を繰り返す可能性が認められ、当該犯罪行為の繰り返しはすなわちCMFリスクと考えることができる。
CMFリスクが高いと言える本家庭において、再発防止策を機能させる上では、加害者の高次機能の調子に頼ることなく、被害児童が守られる環境を構築する必要があった。すなわち、ネガティブな気分や物質等により加害者の高次機能が阻害され、衝動的で無計画な攻撃性が発揮された場合であっても、被害児童と加害者を接触させない環境の構築である。そのためには福祉司指導等により法的な縛りを課した上で、加害家庭に隠蔽の時間を与えないような訪問・調査を繰り返す等の必要性が認められた。
また、最初の身体的虐待が疑いのままで確証が得られなかったことが、法的な保護継続の根拠が得られず対応に苦慮した一因と思われる。その点については、家庭内で、子ども同士のトラブルではない重大な怪我を負うという致命的なネグレクトが生じた、という視点を起点とし、本家庭における家族成員の複数のリスクを考慮した上、虐待の隠蔽の可能性も考慮した上で、今後重大な虐待、すなわちCMFが生じる危険性が高いとして、児童を家庭から継続して分離する方向の検討を行う必要性が認められた。“

こんなところになるのでしょうか。
正直最後の段落は、色々と難しいというか、担当の努力ではどうにもならない部分ではあります。それは児童福祉界隈にリスク要因を根拠にどこまで動けるのかの合意形成がなかなかできていないところによります。司法判断もリスク要因をどこまで考慮に入れてくれるのか、私自身もあいまいな部分もあります。
いずれにせよ、エビデンスベースドにリスクを検討すると、本件加害者が重大な虐待を繰り返すリスクが山盛りだったことが分かると思います。そしてアセスメントもかなり違った角度から行えて、(個人的には)よりリスクがクリアに見えてくる+必要なアセスメントの見通しも立ってくるように思われます。
福祉的直観や経験則を重視した検討も、全否定をするつもりはありません。それによって見えてくることはあるでしょう。
ただ、過去の多くの知見をベースにした科学的根拠に基づく検討を、これからの時代では行っていかねばならないのでしょうか。膨大な科学的知見と、個人の経験の相互作用により、事例を深く検討していく。それができる検証委員会であってほしいな、と強く願っております。

引用文献
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Beveridge, J. (1994). Analysis of Colorado child maltreatment fatalities. Colorado’s Children, 13(2), 3–6.
Bonta J. & Andrews, D.A. (2017). The Psyho-logy of Criminal Conduct, 6th ed.New York:Routledge.(原田隆之(訳)(2018).犯罪行動の心理学 北大路書房).
Chance, T. C., & Scannapieco, M. (2002). Ecological correlates of child maltreatment: Similarities and differences between child fatality and nonfatality cases. Child and Adolescent Social Work Journal, 19, 139–161.
Damashek, A., Nelson, M. M., & Bonner, B. L. (2013). Fatal child maltreatment: Characteristics of deaths from physical abuse versus neglect. Child Abuse & Neglect, http://dx.doi.org/10.1016/j.chiabu.2013.04.014
千葉県社会福祉審議会(2018). 児童虐待死亡事例検証報告書(第4次答申)Retrieved from https://www.pref.chiba.lg.jp/jika/gyakutai/jidou/sankou/documents/00dai4jihoukoku.pdf(December 24,2021).
千葉日報(2017).「長男に暴行してない」 父親が無罪主張 市原の乳児虐待死初公判.千葉日報オンラインhttps://www.chibanippo.co.jp/news/national/383920(December 24,2021).
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Graham, J. C., Stepura, K., Baumann, D. J., & Kern, H. (2010). Predicting child fatalities among less-severe CPS investigations. Children and Youth Services Review, 32, 274–280.
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性的虐待順応症候群が児相界隈で無批判に受け入れられていることについて

性的虐待順応症候群(Child sexual abuse accommodation syndrome:以下CSAAS)という言葉があります。
先日弁護士さんに声を掛けられて話を聞いているうちに、どうも児相がおかしな話を展開していることを知りました。CSAASを根拠にして裁判を戦っているようです。これって、そもそも児童虐待があった根拠になる概念なのでしょうか。弁護士さんは不安を抱えていたそうです。私も正直に「なにそれこわーい」と発してしまいました。
どこかから「余計な話をするな」と御叱りを受けそうな話題なんですが、ぶっちゃけ分かる人がちゃんと調べれば辿り着く結論なので、きちんとここで話題にしたいと思います。

CSAASとは何か。以下に田崎他(2017)による、シンポジウム5:性的虐待の被害児童を支援する─福祉・医療がするべきこと─, 児童青年精神医学とその近接領域, 2017 年 58 巻 5 号 p. 669-676から引用します。
 米国の精神科医ローランド・サミットは1983年 「性的虐待順応症候群(CSAAS)」 を発表した。これは性的虐待を受けた子どものノーマルな心理反応であり,性虐待の発見や対応のためには知っておく必要のある内容である(Summit, 1983)。
1 )性的虐待を秘密にしようとする
 加害者から子どもへの脅しや口止めにより,言ってはいけないことだと子どもが思い込む。また,開示しても 「誰も信じないよ」 と加害者が子どもに伝えることで口封じを強化させる。
2 )自分は無力で状況を変えることはできないと感じる
 子どもは保護者や権威ある人に 「いや」 ということができず,わいせつな行為をされても寝たふりをしたり,隠れたり,解離したりするのが精いっぱいなことが多い。
3 )加害者を含めた周りの大人の期待に合わせよう,順応しようとする
 子どもは秘密にすることと無力感の中で生活しており,その生活に順応しようとする。
4 )被害の開示の遅れ,開示内容に矛盾があること,開示が説得力に欠けること
 子どもの性的虐待の開示が遅れるのは極めて正常なことである。しかし虐待の説明が,矛盾していたり,開示が遅れたりすることで,子どもによる報告の内容の信ぴょう性が疑われてしまうこととなる。
5 )被害を開示した後で撤回する
 自分だけ家族から引き離される,開示しても信じてもらえないなど,開示後に起こるかもしれないと恐れていたことが本当に起こった場合に虐待の開示を撤回する子どももいる。
 子どもたちが,自分が悪かったと思いこんでいる罪悪感,加害者や家族が自分のことで困った立場へ立たされることへの不安,性的虐待が立証されたら自分の身はどうなるのかという恐れなどが上記のような反応を子どもに引き起こす。

だ、そうです。

現場において、私個人はこの用語を使用したことはありません。それはきちんとした診断基準として存在するものではない、いわゆるスラングのようなものだからです。
しかし、どうやら私の知らない場所で、この用語がかなり幅を利かせて使用されているそうです。
例えば裁判の場で、「子どもが証言を撤回したのは、まさしくCSAASによるものだ!だから性的虐待はあったんだ!」のような感じのようです。
また専門職への研修の場で、通称性虐おじさんと言われている方が、この用語をベースに性虐を語っていると聞きます。
ofSを広めている1人である某先生も、この用語を用いて性虐についての話をしていました(https://news.yahoo.co.jp/articles/11f443b025fad137e76ee5cadf0a27b0388d8198?page=2)。

しかし、Wikipediaレベルですらこの症候群を否定しています
https://en.wikipedia.org/wiki/Child_sexual_abuse_accommodation_syndrome
サミット自身は後の論文で、多くの人が「症候群」という用語の使用によって誤解を受けていた程度や、彼の理論が行動科学と刑事裁判の両方の診断法として不適切に使用されていたことを認識していた。
いくつかの州がCSAASに関する証言を禁止しているが、これは、報告が遅れている場合を除き、科学者に一般的に受け入れられていないという証拠に基づくものである。アメリカ精神医学会もアメリカ心理学会も、CSAASを認めていない。

新しいところでは、Kamalaら(2020)「Analyzing the scientific foundation of Child Sexual Abuse Accommodation Syndrome」においても、CSAASが科学的根拠に乏しい、科学的根拠に基づいているものだとしているLyon氏の提言には賛同できない、等の否定的意見が出されています(London氏の共同研究者だからという邪推もできるが)。

色々と思うところはありますが、一度このCSAASについての議論を、肯定否定両面を込みで整理してみようと思います。

・議論の流れ
このCSAASの歴史としては、Summit氏が提言⇒客観性の乏しさetcの科学的根拠についての批判⇒Lyon氏がCSAASをフォローする意見を出す(Lyonら(2007)「False denials.Overcoming methodological biases in abuse disclosure research」など)⇒その意見の客観性について批判…
と流れていき、最終的に「影響力のある決定が行われている法廷などの場では使用されるべきでない」と落ち着いた感じがします。
結局のところ、CSAASの科学的根拠の乏しさ、研究法の不適切さなどの指摘が相次いだ結果、この用語が専門的には受け入れられていない状況になっちゃった感があります。
ちなみに、おおむね肯定的意見に回っているLyon氏の関わっている以下の比較的最近の論文
Thomas D. Lyon, Hayden M. Henderson(2021), Increasing true reports without increasing false reports: Best practice interviewing methods and open-ended wh-questions. American Professional Society on the Abuse of Children Advisor, Legal Studies Research Paper Series No. 21-1,January 4, 2021.
Elizabeth B Rush , Thomas D Lyon , Elizabeth C Ahern , Jodi A Quas (2014),Disclosure Suspicion Bias and Abuse Disclosure: Comparisons Between Sexual and Physical Abuse. Child Maltreat.,2014,19(2):113-118.
では、Child sexual abuse accommodation syndromeの単語は1度も出てきていません。内容的には言及されても良さそうなんですけどね。やっぱりもう使わないようにしているんだろうかと思っちゃう(調べ不足なだけだったらごめんなさい)

・否定的意見の一部
Londonら(2005)「Disclosure of child sexual abuse: What does the research tell us about the ways that children tell」では、撤回はまれであり、CSAが「診断」される確実性に関連しているとしさしています(“撤回はまれ”という表現は後述する研究で否定できそうです)。
科学的根拠の乏しさ、研究法の不適切さに言及した論文はたくさんあるので割愛します。要は、それだけ研究的には不適合な概念だったということなんですね。

否定的意見に入れるべきかは迷いましたが、Summit(1983)の中で語られている、症候群の出立についてです。Summitの論文は独自の研究でも系統的な研究のレビューでもなく、彼の結論は主に臨床相談員としての仕事や専門家、インフォーマルな関係者からの「お墨付き」に基づいていることを強調しているのです(Summit, 1983, p. 180)。なので、この症候群自体、臨床的経験則から作られたものであって、科学的客観性によって作られたものではないといえます。
また、この症候群の提唱者であるSummit(1992)より、重大な危惧が語られています。それは、本来CSAASは、性的虐待の被害者が直面する偏見に対処する手段として使用する意図があったにもかかわらず、証人が真実を語っている可能性があることを証明するための武器として司法現場で使用されている、というものです。同氏は自身の著書の中で、CSAASは診断ツールとしての利用を意図したものではないことを繰り返し述べている訳です。Summit氏本人が危惧していた状況が、日本において展開されてしまっているんですね。

・提案
Summit氏の提言を無視はできない。でも裁判で戦える何かが欲しい。
そこで、CSAASで提唱されている各タームをそれぞれ立証していく手法はどうでしょうか。

性的虐待を秘密にしようとすることを示す先行研究があります。
Londonら(2005)「Disclosure of child sexual abuse: what does the research tell us about the ways that children tell?」によると、子どもの頃に性的虐待を受けた成人を対象とした 11 の研究をレビューの結果、成人の参加者の60~70%は幼少期に虐待を開示しなかったとのことです。
London ら(2008)「Review of the contemporary literature on how children report sexual abuse to others: findings, methodological issues, and implications for forensic interviewers.Memory 16:29–47」によると、小児期に性的虐待を受けた成人の55~69%が児童期に虐待を開示しなかったと回答していた。また開示は1ヶ月から5年以上遅れていました。

遅延開示の存在を示す先行研究があります。
Farrellら(1981)「Prepubertal gonorrhea: A multidisciplinary approach. Pediatrics, 67, 151-53.」では、24人の子どもが最終的に性的接触の開示をした子どもたちのうち、少なくとも71%(17/24人)は、最初に質問されたときに虐待を開示しませんでした。
Ingramら(1982年)「Sexual contact in children with gonorrhea. American Journal of Diseases of Children, 136, 994-96.」では、淋病の女児において最終的に性的接触を開示した少女のうち、少なくとも62%(8/13)は最初に開示しませんでした。

開示内容の矛盾について示す先行研究があります。
Sjobergら(2002)「Limited disclosure of sexual abuse in children whose experiences were documented by videotape.」では、加害者によってビデオ撮影された102件の暴行事件について、被害者の供述と併せて調査したところ、確認された被害者は性的虐待を過小評価または否定して報告がなされていました。子どもが性的虐待の経験を開示しない理由としては、虐待の側面に対する理解不足、感情的な動機、幼少期の健忘症、虐待に関連した記憶を忘れようとしたり避けようとする活動的な行動が記憶障害につながるなど、さまざまな理由が示唆されています。この研究のサンプルは9と少なく、男児8と男児に偏りがあるので解釈には注意が必要ですが。

撤回について示す先行研究があります。
Malloy ら(2007)「Filial dependency and recantation of child sexual abuse allegations.」では、撤回は珍しいことではなく、成人の家族の影響に対する子供の脆弱性の影響を受けることを示唆しています。
Hershkowitzら (2014)「Allegation rates in forensic child abuse investigations: Comparing the revised and standard NICHD protocols.」では、虐待が裏付けられた身体的および性的虐待のケースで25%の撤回率を報告しました。
Lindsayら(2016)「Familial Influences on Recantation in Substantiated Child Sexual Abuse Cases」では、家族(非加害者である養育者以外の家族)が子どもの申し立てを信じていると表明した人が1人でもいる場合に子どもは撤回する可能性が低い/家族(非加害者である養育者以外の家族)が申し立てに不信感を表明した場合、子どもは撤回する可能性が高くなることが明らかになりました(疑惑を明確に信じていることを表明した家族が少なくとも1人いた子供の33%が撤回したのに対し、そのような家族がいなかった子供の56%は撤回していた/不信感を表明した家族が少なくとも1人いた子どもの撤回率は66%であったのに対し、そのような家族がいなかった子どもの撤回率は44%)。また、現在の居場所(すなわち、開示時の生活状況)にとどまっていた子どもたちは、一時保護等で分離した子どもたちよりも、撤回する可能性が高かった(在宅の子どもたちの撤回率が68%に対し、分離した子どもたちの撤回率は46%)この結果は、社会的プロセスが性的虐待の報告を撤回する動機となることを示唆していますが、いずれにせよ撤回可能性は低くはないというものでした。


以上を見てみると、性的虐待順応症候群(Child sexual abuse accommodation syndrome:CSAAS)についてはSummit氏のペーパーを見ても、その用語の出立自体には科学的根拠・客観性に乏しい概念と言わざるを得ず、法定等の場や公的機関の意見書に用いることは避けるべきだと思います。
しかしSummit氏が提言している症候群の各タームについて詳細に見ていくと、臨床的体験から示唆を得て構成した概念が、データでも立証されつつあるように思われます。
CSAASをバラした要素ごとに、例えば「性的虐待における撤回は珍しくないことが先行研究で示されているため、撤回したから性的虐待はなかったと言い切ることはできない。/性的虐待開示の撤回は、性的虐待被害者においてごく一般的な行動であることが示されているからだ。」のように用いることはできるのではないでしょうか。

いずれにせよ、「撤回はCSAASのパターンやんけ!性虐あった証拠や!」みたいに用いるのはご法度であることはご理解いただけたと思います。あくまでも統計上の話であることと、現時点ではCSAASとしての立証はされていません。そもそもCSAASが専門的に認められている前提での話をすることは避けなければいけません。要素にバラしたらある程度根拠が得られそうだ、という程度に過ぎません(程度と言っても大きな成果ですが)。
でも近い将来、CSAASの概念が再構成されて立証されていく可能性はありそうですね。性的虐待の予後の悪さや不開示状況における児童の予後の悪さ等を考えると、きちんと立証され活用されていくであろうその日が楽しみです。

DV(家庭内暴力・配者間暴力)の加害メカニズムや加害者特性、児童虐待との関連について

DV(家庭内暴力・配偶者間暴力)が社会問題となっていることは周知のことだと思います。
子どもの前でDVや夫婦間口論が発生すると、DV加害者や口論した夫婦から子どもに対する心理的虐待に当たるというのはご存じでしょうか。
実は昨今の児童虐待対応件数の急増は、この「DV目撃・夫婦間口論目撃」の認知件数の急増に寄与するところが大きかったりします。
今回のエントリーはその中でDVに焦点を当てたお話。

心理的虐待が脳の器質的・機能的な面に負の影響を及ぼすことは周知の事実だと思いますが、その心理的虐待の中には当然DV目撃も含まれます。
なので、そのDV対応というのは実は児童相談所の中でも件数としては非常に多いのです。
現在我が自治体の児童虐待関係の部署でもDV担当の職員がいて、その方と話す機会があり、その中でDVに関するちゃんとした知識が実は共有されていないという話が出ました。

DVで有名な理論と言えばきっと、DVサイクルの話なのではないでしょうか。
DVサイクルとは、緊張期→爆発期→ハネムーン期というサイクルを繰り返すよというもので、いわゆる「旦那はケンカの後はいい人なんです」と言い、旦那を信じてみたいと言って再度の被害に遭うことを繰り返す、ということに代表されます。
しかしこの理論、現象的には比較的当てはまることがあっても、「なぜこのサイクルに陥るのか」「どうすればフォローアップが可能なのか」という点については表面的なものに留まることが目立っているのが現状です。現象としてはあっても、きちんとした客観的根拠等に基づく話ではないんですよね。
あと、このDVサイクル理論をどの家庭にもドヤ顔で毎回語る人物に対して、とある福祉司さんが「各家庭にそれぞれの苦しみやメカニズムがある」と怒りを表明していたので、自分もその気持ちに応えなきゃ、DVメカニズムについて真剣に考えなきゃなぁと思った次第なのです。
今回はそのDVについて、ある程度の客観的な説明を試みてみたいと思います。

以下研究論文の要旨抜粋
国内研究
◆岡田 博名, 桂田 恵美子(2013)「なぜ人は攻撃するのか」
・男性は攻撃性の身体攻撃・言語的攻撃・間接的攻撃が有意に高く,防衛機制では価値下げ(「とても内気な人間だ」など自身や積極性の無さ),受動攻撃(「もし上司が私をイライラさせたら,仕事でわざとミスしたり,ゆっくりやったりして仕返しする」など間接的攻撃項目),否認(「不愉快な事実を,それがまるで存在しないかのように無視する傾向がある,と人から言われる」など現実逃避と類似した項目)の得点が有意に高かった。
・愛着スタイルと攻撃性及び防衛機制には関連があること,愛着安定型の人より愛着不安定型の人の方が攻撃性及び未熟な防衛が高い
・人は他者との関りに置いて自己が傷付くのを防ぐために他者からの攻撃を避け,自己を防衛する手段として攻撃を用いる可能性がある

◆片岡 祥・園田 直子(2014)「恋人への分離不安と愛情及び交際期間が恋人支配行動に及ぼす影響」
・恋人支配行動が生起する背景
・暴力的支配行動については,有意傾向ながらもコミットメントに正の主効果が,親密性に負の主効果がみられた。
・強い恋人分離不安と短期の交際期間という条件が揃った場合に,暴力的支配行動が抑制されることが示された。弱いながらも,強い情熱と親密性という条件が揃った場合も同様の傾向がみられた。また,強いコミットメントと弱い恋人分離不安という条件が揃った場合には暴力的支配行動が促進される可能性が示唆された。
・恋人分離不安に関しては単独では影響を及ぼさないものの,他の要因との交互作用がみられるという結果をえた。
※コミットメント:愛情の3要素のうちの1つで,お互いがどれほど離れられないかを示すもの。コミットメント因子(私と〇〇との関わりは揺るぎないものである,など7 項目)

◆赤澤 淳子(2016)「国内におけるデートDV 研究のレビューと今後の課題」(レビュー論文なので間接引用)
性役割観や自己評価等の個人変数については,関連するとされる論文もあるが,研究結果は一貫していない。
・関係満足度の高さとデートDV との関連が指摘されており,被害・加害経験者の満足度は低いことが示されている
共依存の高さ,束縛の高さ,独占欲の高さなど,当事者の関係への過剰なのめり込みがデートDV の被害や加害と関連していることが明らかになっている。
・当事者間の不均衡な関係性や両者の勢力の差など,二者関におけるバランスの悪さがデートDV 被害・加害に関連していることが示唆されている。
・DV 加害・被害経験の高さと関連する要因として,家族への否定的感情,親の養育態度や親子関係,親からの虐待,両親間での喧嘩や暴力行為の目撃や愛着が検討されている。

◆片岡 祥・園田 直子(2016)「2 つの恋人支配行動の生起メカニズムの違い」
・恋人分離不安を媒介した効果はみられなかったものの,未熟性因子から暴力的支配行動への直接効果がみられた
・強い未熟性特性持つ者は分離不安とは関係なくどちらの支配行動もとるという仮説2 は,部分的に支持された。これは強い未熟性特性を持つ者は,例え破綻のリスクが大きくても,関係性の状態に関わらずに暴力行動を選択してしまう傾向にあることを示唆するものであろう。共依存関係の中で,暴力行動は強い未熟性特性を持つ者がとりうることを示した点は意義あるものといえる。
共依存の未熟性特性が強い者は,関係性における不安とは無関係に束縛的支配行動も暴力的支配行動も選択する傾向にある。
共依存の未熟性特性は「ものごとを忍耐強く待つことが苦手である」や「過去の人間関係の失敗から学ぶことが少なく,同じことを繰り返すことが多い」といった項目から測定されることからもわかるように,世話を受ける側は相手を失いたくないという自分の欲求を最優先にし,手段を選ばず相手が去っていかないようにする可能性が高いと考えられる。

◆金政 祐司・浅野 良輔・古村 健太郎(2017)「愛着不安と自己愛傾向は適応性を阻害するのか?」
・愛着不安が高くなると,被受容感が低くなることで,あるいは被拒絶感が高まることで抑うつ傾向ならびに一般他者への攻撃性が高くなるという問題部分で議論した仮定プロセスが支持されたと言える
・愛着不安は,個人内適応ならびに個人間適応を阻害すること,さらに,個人間適応に関しては,本人の報告したパートナーに対する間接的暴力加害のみならず,配偶者が報告した間接的暴力被害とも関連することが示された。加えて,媒介過程についても仮説を支持する結果が得られており,愛着不安が高くなることで,パートナーからの被受容感が低まり,あるいは被拒絶感が高まり,その結果,抑うつ傾向が高くなる,また,パートナーに対する間接的暴力加害や配偶者が報告した間接的暴力被害が高くなるという仮定したプロセスの妥当性が示された。
・研究1ならびに研究2で一貫して得られた結果は,愛着不安と自己愛傾向の双方が,共通して個人間適応を阻害し,また,それらの影響が他者からの被受容感によって媒介されるというものであった。研究1, 2で共に,愛着不安あるいは自己愛傾向が高くなると,個人間適応の指標である一般他者に対する攻撃性やパートナーに対する間接的暴力加害が増大すること,また,それらの影響は一般他者やパートナーからの被受容感によって媒介されることが示されていた。
・自己への信念という観点からは概念的に対置されるはずの愛着不安と自己愛傾向が適応性に影響を及ぼす際のプロセスの共通項としては,双方が個人間適応を阻害し,かつその影響が他者からの被受容感によって媒介されることであると言える。これらの結果は,愛着不安の高さによる過度の不安感と焦燥感から生じるバイアス,あるいは自己愛傾向の高さが孕みもつ自己の不安定性や脆弱性から理解されるものであろう。ただし,その媒介プロセスは異なっていた。つまり,愛着不安が高くなると被受容感は低くなり,そのことで攻撃性は高まるが,自己愛が高くなれば被受容感は高まり,それによって攻撃性は抑制されるというものであった。加えて研究1, 2での愛着不安から被受容感を媒介した攻撃性への間接効果の方向性を踏まえると,愛着不安から攻撃性への影響は被受容感を媒介させることで弱まっていた。これは,間接効果自体はそれほど大きくはないものの,愛着不安から攻撃性への元々の影響の幾分かは,問題部分で言及したような,愛着不安の高さゆえに他者からの受容を低く見積もることによるもの,すなわち,周囲の他者やパートナーから受容されていないと感じることに基づいているものであることを示す結果と考えられる
・間接効果としては比較的小さいものの,自己愛傾向から攻撃性への元々の影響は,自己愛傾向の高さに起因する周囲の他者やパートナーから受容されているというポジティブな感覚によって抑えられていることを示唆していると言える。

◆荒井 崇史・金政 祐司(2019)「愛着不安とDaV」(研究発表)
・愛着不安が直接的に交際相手への間接的暴力へとつながるのではなく,愛着不安が恋人を支配したいという欲求に結び付く場合に,交際相手への間接的暴力が生じると考えることができる

●国内研究の課題:生育歴を含めた追跡研究がない

海外研究
◆Donald G. Dutton (2008)reflections on thirty years of Domestic Violence Research
・「恐怖心の強い愛着」,中心的な特徴としての高い不安に基づく怒りを持つ愛着スタイルが,妻の虐待の報告と加害者の嫉妬,怒り,トラウマ症状の自己報告と有意に相関している。 親密な関係の中で虐待を受けた男性は,ボーダーラインの特徴と愛着不安の両方を持っていた。虐待性の心理的特徴のスキーマやパターンが現れ始めていた。大規模なサンプルを用いたその後の研究では,主にこれらの初期の知見:境界線の特徴,愛着不安,衝動性と虐待性の間の接続のパターンが確認されている。
・身体的虐待によってトラウマを受けた子供たちの研究により,この暴露のために長期的に続く "認知的欠損 "を持っていることが示された。彼らの認知は,非難として行動化する傾向があり,自己の否定的な経験をパートナーが「引き起こした」ものとして見る傾向があり,パートナーに対するフラストレーションと怒りを生成する。怒りは,物理的な虐待性の閾値にまで達し,その後,しばしば破壊的に表現される。

Angela J. Narayan, M.A., Michelle M. Englund, Elizabeth A. Carlson, and Byron Egeland(2014)「Adolescent Conflict as a Developmental Process in the Prospective Pathway from Exposure to Interparental Violence to Dating Violence」
・幼児期の両親間暴力の目撃は成人期早期のデート・バイオレンスの加害を直接予測

●知見まとめ
加害メカニズム:愛着不安が恋人を支配したいという欲求に結び付く場合に,交際相手への間接的暴力が生じる+愛着不安が高くなると被受容感は低くなり,そのことで攻撃性は高まる+強いコミットメントと弱い恋人分離不安という条件が揃った場合には暴力的支配行動が促進+強い共依存の未熟性特性を持つ者は,例え破綻のリスクが大きくても,関係性の状態に関わらずに暴力行動を選択してしまう傾向(研究知見より)
 =愛着不安傾向が強いと,被受容感などのパートナーによる否定的な経験を「パートナーが引き起こしたもの」と被害的に受け止め,しかしコミットメントの強さから相手と離れられないという感覚があるためパートナーへの執着を有し,未熟性の強さのため建設的な関係構築に至らず自己の欲求を最優先にしてしまう結果,怒りをベースにした攻撃的な対応(DV等)を用いて支配的行動を取る(まとめるとこんな感じ?)
加害者特性:愛着不安傾向(による被受容感・恋人分離不安)/共依存の未熟性特性/強いコミットメント
加害者の経験:家族への否定的感情,親の養育態度や親子関係,親からの虐待,両親間での喧嘩や暴力行為の目撃や愛着不安

さて、知見まとめの中の加害メカニズムを、緊張期→爆発期→ハネムーン期みたいなDVサイクル理論の中のハネムーン期に焦点を当てて考えてみることとします。
ネムーン期は簡単に言うと、散々暴力を振るった後に「ごめんね俺が悪かった、愛しているよ」と優しくなる時期のことを指します。
「自己の欲求を優先する共依存の未熟性などが基本にある攻撃的な支配」がDVでした(※それだけがDVメカニズムじゃないと思いますけど、それに限定して話します)。
その支配は、愛着不安によりパートナー(人全般)に対する安心感・信頼感の欠如がベースにあります。だから強制力を持って支配し、自己のもとを離れないようにするんですね。
離れて欲しくないから、その欲求を謝罪や愛情表現という形で心情的に訴える訳ですが、結局のところ「愛着不安による被害的認知により怒りが誘発されて攻撃的な対応に至る」というベースの部分は解決に至っていないため、結局加害者自身の愛着不安を刺激する出来事があると、またDVサイクルに陥ってしまうのではないかと思われます。
これが金政・浅野・古村(2017)「(攻撃性は)周囲の他者やパートナーから受容されているというポジティブな感覚によって抑えられていることを示唆している」に繋がっていくんじゃないかなぁと個人的には感じるところではあります。

Angela, Michelle, Elizabeth, and Byron(2014)でもありますが、DV目撃による虐待は連鎖していくリスクがあります。いわゆる虐待の連鎖を止めるために、家庭ごとにあるDVメカニズムをアセスメント・共有し、負の連鎖を食い止めていく必要があると思うわけです。

過剰適応という虐待の影響

この記事の更新版はこちら ←2022/6/13更新

以下は旧記事。かなり浅い内容ですが戒めとして・・。

A君は小学校入学前から激しい暴力を受けて育ちました。父母共に、A君に対し、些細な言動を理由に殴る等の暴力の他に、お前は無能だなどの暴言を吐き続けていました。また母は、A君のクラスメイトに対し、あの子はバカだから関わるな、あの子は無能だから話すと無能が移るなど、第3者への暴言を用いてA君を孤立させていきました。A君が耐えかねて家を飛び出した時には、誰も探しに来てくれないばかりか、家へ戻ったところカギがかけられており、結果として締め出され、追い出される形となったこともありました。ある日のこと、A君がお皿洗いを忘れてゲームをしていたところ、父が激怒しフライパンで殴打、A君は流血してしまいます。母に助けを求めるも、こっちに来ないで、アンタが悪いんじゃないのと言ってA君を父の部屋へ突き返し、鍵を閉めて父と2人きりにさせてしまいました。翌日父母は学校を休ませるも、不審に思った近隣住民の通報により児童相談所が介入し虐待が発覚、一時保護となりました。
一時保護中のA君は、“大人には丁寧な口調で話し、負の情動を一切表出しない一方で、大人の居ないところでは他児をいじめ暴言を吐き続けるなど、大人の前では過剰適応+他児には攻撃的に振舞うというような状態が継続していました。

「イイコ過ぎる」とかよく言われる児童に出会いますが、いわゆる虐待の影響で過剰適応となってしまっている場合のお話です。一般的に考えても、大人のせいで怖い思いをしてきた子どもが、大人の前で過剰にイイコに振舞うことは、あまり不思議ではないと思います。
しかしだからと言って、「そんなイイコにしなくていいんだよ」と声掛けをするだけでは何一つ変化はないでしょう。過剰適応は、大人にとってはイイコで都合の良い存在に映るかもしれませんが、子どもにとっては何一つ解決にならない状態ですので、「過剰適応を解除しても安心できるんだ」という状態に持っていくことが求められるのです。
過剰適応の児童は、一見するといい反応を返してくれるので担当者も安心してしまうケースがありますが、子どもの認知的・心理的な変化にもっていくまで苦労することが多かったなという感じです。というのも、偶然かもですが自分が担当していた子どもは「過剰適応+他児への攻撃性」がセットになっていることが多く、過剰適応についてのある程度の変化があっても、一時保護の期間で「自尊心の傷付きのために他児に対する攻撃的な行為で自尊心の補償を衝動的に行ってしまう」という部分の修正まで至ったケースって、ほとんど思い浮かばないんですよね(過剰適応とはまた別ではありますが…)。

過剰適応の定義を整理します。
過剰適応とは周囲に合わせすぎてしまう傾向と一般的には理解されていますが、心理学界隈では、真面目・頑張り屋というパーソナリティ特徴+自分の意思や感情を過度に抑制する傾向・他者からの評価を気にして他者に過度に合わせる傾向などが指摘されています。
過剰適応の概念は,「外的適応の過剰さ」と「内的適応の低下」という2 側面が考えられています。桑山(2003)はこれをもとに過剰適応を「外的適応が過剰なために内的適応が困難に陥っている状態」と定義しています。外的適応が過剰なために内的適応が困難に陥っている状態…非常にしっくりきます。
桑山(2003)「外界への過剰適応に関する一考察―欲求不満場面における感情表現の仕方を手がかりにして―」

過剰適応の先行研究のうち、虐待にかかわりがありそうなものを確認し、2つと少ないんですけども以下にまとめます。

藤元・吉良(2014)「青年期における過剰適応と自尊感情の研究」
過剰適応的な青年は見捨てられ不安や見捨てられ抑うつを抱えていることが先行研究より示唆されていて、そのために自分の感情に気づきはしても、見捨てられ不安があることから外的適応行動を止めることができないと推察されるとあります。なので過剰適応高群の者は、自身の気づきが高まると学校適応感は高まるが、内的適応の低さゆえのつらさを抱えたままの状態であると考えられ、過剰適応的方略で適応するのではなく、自分の意思に基づく振る舞いをして適応することの有効性が示唆された、とあります。
日潟(2016)「過剰適応の要因から考える過剰適応のタイプと抑うつとの関連」でも、自分らしさを感じられないタイプの過剰適応者には、自己不全感に代表される内的不適応感を解消していく介入が有効と考えられるという記述もありますし、こういうベクトルでの心理療法が有効なんでしょうね。

小川・德山(2018:日本心理学会発表論文集のものですが)「大学生の愛着スタイルが過剰適応に及ぼす影響」
アンビバレント」が高い場合は過剰適応の内的・外的側面が共に高くなった。アンビバレント型は周囲に合わせすぎて自身の内的適応が困難になるため,心理的不適応を起こすリスクが高いと考えられる、とあります。なお、アタッチメントスタイルの無秩序型についてデータはないですが、これはまぁやむなしでしょうか。

被虐待児で過剰適応な児童について考えてみます。
安定的でない不適切な養育を受け、しかもそれは恐怖心等自己の安全を脅かす体験の連続だったとします。
1. 先行研究をシンプルに引用して、不安定で不適切な養育の結果、見捨てられ不安の高まりがあることにより、外的適応行動を止めることができない
2. 他者からの攻撃により安全を脅かされることを学習しているため、その攻撃を回避する方略として、過去に学んだ他者の攻撃性を低下させる・攻撃を回避する関りを相手に行う
の2点に加えて、場合によっては自己の内面に触れる面接は虐待を想起させるため侵襲性が高く、防衛的に回避したその言動が過剰適応的になる、というものもあるとは思います。

ここまで書いてお気づきでしょうが、過剰適応についての理屈を並べると「見捨てられ不安の回避」「攻撃の回避」(+「虐待想起による侵襲の回避」)と、普通に考えたら辿り着ける話ばかりです。
この分野って、もしかしてそこまで研究が進んでいないのでしょうか。
もしくは、過剰適応の概念がまだ深まっていないということなのでしょうか。

事例のA君をこれらに基づいてアセスメントすると、
「大人からの身体的攻撃による自尊心の低下に加え、度重なる本児の存在自体を否定する言動により見捨てられ不安が憎悪したことにより、他者の攻撃を回避し見捨てられ不安を低減するために、過剰適応としての外的適応行動が多発している様子がうかがえた。
虐待による自尊心の低下+親による他児を見下す言動の誤学習により、他児を見下し安心感を得ることによる自尊心の補償という行動パターンが固定されており、そのため他者と対等な関係を構築することが困難となり、そこでのトラブルによる大人の介入に対し、外的適応行動により侵襲の回避を行うことで本児の不適応行動が根本で解決されず問題を繰り返してしまうという負の循環も認められた。」
大体こういう流れがベースになってくるのかなぁと思います。

虐待に関係のある先行研究の少なさ(というか自分の勉強不足?)のため微妙な気持ちで本エントリを書いていましたが、アセスメント例を書いてみると意外とそれっぽくまとまるので、自分自身を誤魔化せてしまう恐怖心を感じる今日この頃でありました。

彼氏彼女を作るためにロジスティック回帰モデルを活用する方法(恋愛心理学と統計)

「どうやったら彼女(彼氏)ができるんだろう」
きっと世の中の誰しもが、恋人ができないことについて悩んだことがあるはずです。
私も例に漏れず、特に中学時代は異性のことしか頭になく、そのせいでか成績は常に最底辺を這いつくばるカス生徒でした。

中学時代を思い起こしてみると、「どうやったら恋人ができるか」についてはクラスの恋愛未経験者の知恵(妄想のみ)を集めて何度も議論してみたものです。
そしてついに異性とのデートにこぎつけた時、意味も分からずメンズノンノ(名前聞いたことあったから)やKERA(女の子が可愛かったから)を読んで、それっぽい知識や異性の生態なんかをリサーチし、その結果失敗を繰り返していたにも関わらず、周囲には「結構いい感じだったw」とうわべを取り繕う悲し過ぎる嘘を繰り返していました。
しかし周囲には嘘だと気付かれなかったため(恋愛事前分布がない連中だったから)、様々な質問をされては想像でちぐはぐな回答を繰り返し、質問した側もよく分かっていないので「スゲー」となるという、マヌケがマヌケの言うことを真に受ける地獄のような状況が展開されていました。

今回の話は、そんな悲劇が日本で繰り返されないために、私なりに考えた恋愛心理学です。

恋人ができない(0)という状況から、いかにして恋人ができた(1)という状況に変化させるかを考えます。つまり、どんな変数が得られれば、恋人ができない(0)⇒恋人ができた(1)となるか、と言い換えられます。
目的変数はすなわち、恋人の有無です。有無だけなので、0or1の2変数データです。
説明変数は以下の表の通りです。
f:id:romancingsame:20200802162009g:plain

この説明変数がどれだけ恋人の有無という目的変数に影響するか、を分析する方法として、ロジスティックモデルを用いた回帰分析があります。
ロジスティック回帰分析とは、重回帰分析と近い分析方法で、複数の説明変数を用いて1つの目的変数を説明・表現するという意味では雰囲気が似ています。
重回帰分析では、説明変数が目的変数の値を変化させます。そのため、説明変数から目的変数の「値」を予測可能です。
一方、ロジスティック回帰分析で考えるのは「特定の現象の有無」です。係数の得られた各変数に実際の数値を入力していき、目的変数である「特定の現象」が発生する確率を導く、という使い方ができます。また後半に説明しますが、オッズ比というのを利用し、○○は××に比べて~倍「特定の現象」が生起する確率が高い、という表現が可能になります。

では、実際に分析してみます。
以下のStanコードを使用して実際に分析しました。無駄に身長と収入を階層モデルにしていますが、そこら辺は特に自由にやって大丈夫です。
data {
int I;//被験者数
int y[I];//目的変数
int s[I];//性別
real high[I];
real money[I];
int b1[I];
int b2[I];
int b3[I];
int b5[I];
int b7[I];
int b8[I];
}

parameters {
real intercept;
real bhigh;
real bmoney;
real bs;//0:女、1:男
real bexfrend;//元恋人数
real balc;//週の飲酒数
real bfas;//おしゃれ:1
real bmarry;//既婚者:1
real bface;
real balone;//一人暮らし:1
real mu_hi;
real s_hi;
real mu_mo;
real s_mo;
}

transformed parameters {
real q[I];
for (i in 1:I)
q[i] = inv_logit(intercept + bhigh*high[i] +bmoney*money[i] + bs*s[i] +
bexfrend*b1[i] + balc*b2[i] + bfas*b3[i] +
bmarry*b5[i] + bface*b7[i] + balone*b8[i]);
}

model {
for (i in 1:I)
high[i] ~ normal(mu_hi,s_hi);
for (i in 1:I)
money[i] ~ normal(mu_mo,s_mo);
for (i in 1:I)
y[i] ~ bernoulli(q[i]);
}

得られた結果は下の通りになります。
f:id:romancingsame:20200802162115g:plain

これらの係数のmean値(平均値)より恋人の有無は

  • 13.63(exp) + 15.74*身長(exp) +1.75*収入(exp) - 0.43*性別(exp) + 0.21*元恋人数(exp) - 0.62*週の飲酒量(exp) + 1.64*おしゃれかどうか(exp) - 0.08*既婚かどうか(exp) + 0.83*顔魅力(exp) + 0.32*一人暮らしかどうか(exp)

によって決まることがデータから分かりました。
しかしこの式の(exp)って何なんでしょうか。この式の(exp)という部分、ここが重回帰分析と異なる大きなポイントになります。

ロジスティック回帰は、リンク関数としてロジット関数を用いているので、係数の解釈がやや複雑になります。松浦(2016)を参考に、以下で解釈を進めていきます。
オッズという概念があります。オッズとは、「失敗するよりも何倍成功しやすいか」を表した指標で、オッズ=p/(1-p)で表現されます。pは確率値です。このオッズの変数比はオッズ比と呼ばれます。
ロジスティック回帰モデルの回帰係数に指数関数expを適用するとオッズ比になります。そのため、回帰係数は対数オッズ比であると解釈されます。
上の結果だと、正の値になっているものは、その変数が増えるほど(1であるほど)恋人の獲得率が上がります。
そこからオッズ比を算出して、具体的な比率を出していくという流れです。

以上により、解釈は色付けしたオッズ比の部分を参照して行います。
解釈例1:身長が180㎝の男女は、160㎝の男女に比べ、2.52倍の確率で恋人を獲得しやすい(注:身長が20㎝伸びると恋人ができる確率が2.52倍になる、という解釈はできない)
解釈例2:男性は、女性と比較して、0.65倍の確率で恋人を獲得しやすい(男性の方が恋人ができにくい)
という感じになります。
結論として、オシャレな長身で美男美女で金を稼いで、飲酒を少なくして1人暮らしをしたら恋人ができます。また、男性よりも女性の方が倍くらいの確率で恋人ができますので、男は一層頑張って欲しいところです。
ついでに、このデータは仮想データなので、結果も妄想のようなものなのですので注意してください(分析は真面目にやりました)。

※追記 2020.8.23
先日某先生と話していて、オッズ比とリスク比の話になりました。というか、こんなエントリー書いておいて「リスク比って何ッスかwww」と醜態をさらしてしまい、先生の話を聞きながら「オッズ比 リスク比 とは」と中学生がググる時みたいなメモを書き、自宅での勉強のためにメールでメモを送信しました。
オッズ比とリスク比の違い:オッズが二者の比を表す一方で、リスクは全体の中で恋人がいる割合などを表します。
このエントリーの事例でリスク比を用いてみたいと思います。分かりやすいように、イケメンかどうかが、恋人の有無にどう関わっているかを表にまとめてみたいと思います。
f:id:romancingsame:20200823122836g:plain
この表を用いてリスク比を計算してみますと、イケメンの恋人率は86%、非イケメンの恋人率は41% ですからリスク比は2.1です。イケメンの方が2倍近く恋人のいるリスクが高い、という表現になります。
オッズ比の2.29とほぼ似たような値になりました。
解釈上はどうも、「非イケメンがイケメンになったからといって、今の2倍強の確率で恋人ができるようになる」みたいにはならないようなので注意。
とあるサイト(http://www.snap-tck.com/room04/c01/stat/stat10/stat1001.html)では「リスク比は目的変数が名義尺度の時のラフな指標です。 目的変数が計量尺度の時は、回帰直線を利用して目的変数の値そのものを求めることができます。 したがって通常はラフな指標であるリスク比をわざわざ求める必要はない」という記述がありました。リスク比ってそういうもんなんだな、オッズ比が出せればそれでいいのかな、程度の気分でいようと思います。

参考
松浦 健太郎・石田 基広(2016). StanとRでベイズ統計モデリング 共立出版

描画テスト(HTP)って正しい根拠あるの? ⇒検証してみた

描画テストって、なぜか日本では(●●県の児童相談所だけ?)よく使用されていますが、そもそもこれってちゃんとした検査なんでしょうか。

個人的に描画や「私の経験」でアセスメントする(ピーーー)県の児童相談所の先輩心理司の指導に吐くほど馴染めなかったため、自分でアセスメントスタイルetcを作り上げていった悲しい過去があったりします。

とまあ、私個人のくだらない黒歴史は横にして、今回はその描画テストの正しさとか、説明責任に耐えうるものなのかとか、そういったことを検討していきたいと思います。

 

日本における文献レビューでは、佐渡忠洋・坂本佳織・伊藤宗親(2010),日本におけるバウムテスト研究の変遷 において、描画テストの数量的エビデンスの乏しさについて以下のように言及しています。

バウムテストにおける数量的な研究は,バウムを形態基準,即ち,「一線枝」や「一線幹」などの指標を用いて数量化して検討する方法が主流であると考えられた.しかしながら,論文を吟味すると,指標の基準や数が不明瞭な論文が多かった…その有用性は十分検証されてはおらず,それらの指標が選抜された理論的根拠が不明瞭である.…<印象評定>も SD 用形容詞対がいくつも報告されており,<空間配置>も空間の分割方法が研究で異なるなど,統一の基準の作成には至っていない.

10年前のレビューの時点の話ではありますが、なんだか泣けてくる記述です。

 

G Groth-Marnat, L Roberts(1998),Human Figure Drawings and House Tree Person Drawings as Indicators of Self-Esteem: A Quantitative Approachからは、自尊心についての評価がHTPの評価と関連していないことが示されています。

 

また、最近の研究で、描画テストの有効性について検討された研究があります。Guifang Yang, Liping Zhao, and Lijuan Sheng(2019),Association of Synthetic House-Tree-Person Drawing Test and Depression in Cancer Patientsでは、がん患者のうつ病に対するS-HTP描画テストの結果(一部のサイン)とSDSスケール(自己評価うつ病スケール:自己表記)の結果と正の相関が示されています。具体的には、装飾のない家、シンプルな人物画、無表情、などです。

例えば、装飾のない家の記述統計では

    計       うつ      非うつ     χ二乗 p

あり       136(81.4)        51(81.0)          85(81.7)          0.016     0.900

なし       31(18.6)          12(19.0)          19(18.3)

となっています。

装飾のない家を描いた人は全体の8割強。これはうつのあるなしは関係がありませんでした。

小さいサイズだと

    計       うつ      非うつ     χ二乗 p 

あり       46(27.5)          27(47.4)          19(17.3)          17.039   <0.001

なし       121(72.5)        30(52.6)          91(82.7)

となっています。

小さいサイズを描く人は全体の3割以下で、うつの人の方が有意に小さいサイズを描きやすい、というもの。

 

うつ病の予測におけるS-HTP描画特性の役割を調べるロジスティック回帰分析(部分抜粋+和訳)。

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上の結果より、SDS(うつ病グループを1に設定し、うつ病のないグループを0に設定)の結果を従属変数としたロジスティック回帰モデルは以下のように示されています。

ロジット(P)= -2.997 + 1.345 * (サイズ小) + 0.919 * (弱い線) + 2.044 * (簡略図)-0.888 * (装飾図)-0.944 * (歪線・非結合) + 1.439 * (装飾家) + 2.106 * (小さいドア) + 0.679 * (枯れ木) + 1.148 * (丁寧な顔)

この回帰式をがん患者に適用した結果、がん患者32人にうつ病があり、正解率は56.1%(32/57)でした。同時に、うつ病のないがん患者110人を対象にロジスティック回帰方程式を実行したところ、98人のがん患者にうつ病がなく、正しい率は89.1%(98/110)でした。つまり、うつ病的中率は半分…要はコイントスとそう変わらないということです。でも、うつ病が無い人への的中率は高いですね。

 

さて、この指標を高橋依子著「描画テスト」と照らし合わせてみましょう。

サイズ小、弱い線、簡略図、枯れ木については抑うつ系のサインである旨の記載がありますが、他のサインではそれはありません。

歪線、非結合(-)は外側からの影響を受けやすく、無力感、自己不確実感、不安、小心などを表す。小さいドア(+)は積極的な人間関係を好まず、他者の接近を避けようとしたり、無力感を表すとあります。丁寧な顔(+)は外見や人間関係への関心が強かったり、不適切な感情を抑圧していることが考えられるとあります。

うつ病得点に-に働く歪線・非結合は抑うつサインはないもののそれに近い状態のサインであり、+に働くはずの他のサインは抑圧傾向に関わるサインではありません。HTPとS-HTPの差異のためかもしれんので断定的なことは言えませんが、この本と先述の研究結果の間には解離がありそうです。

そもそもこのサインの記述、バーナム効果の起こりやすい、捜査一課の田宮さん画像の状況になりかねないやつで、アセスメント道具としてどうなんだろうという思いが強いです。

 

児童相談所の現場で右向け右的に使用され、某児童相談所所長(心理出身)なんて描画やってないと定例会議でなんか言ってくるくらいに高い地位を獲得している描画テストで、現場の心理司さんは、この高橋依子著「描画テスト」と参考に解釈をしたり、所見の根拠に用いたりしています。

先述の少ない先行研究だけで言ってはいけないかもしれませんが、いずれにせよこの高橋依子著「描画テスト」、もしくは描画テスト自体がエビデンスに乏しいものである可能性は否定できません。もっと複数の論文からメタってみたら、より深いところまで検討できるんじゃないかなと思います。

 

 

追記(2020/7/12)

6年前と古いデータですが、バウムテストと自尊感情尺度、外向性尺度(big-five)の調査結果を用いて分析してみました。

分析方法はIRT(項目反応理論)。これをMCMCにより事後分布を出しました。

尺度得点は、便宜的に1,2を0、他を1などとして、自尊感情高得点群・低得点群、外向群、内向群、みたいに分けてデータをセットしなおしました。尺度得点の平均値を用いると、項目が「サイン+得点」の2つとなって結果がうまく出ないので、項目ごとの得点1つずつをデータにセットしました。

IRTは1次元尺度でないと使用不可なので、「自尊高+描画大」のように、セットになる概念+描写と1つずつ、計4つの分析を行いました。

バウムの統計が載っている本に、本研究で用いたサインのデータがなかったため、事前分布は適当に設定しています。

 

コードは↓

data {

  int<lower=1> J; // 被験者

  int<lower=1> K; // 項目(項目数の異なるデータセットがあるので複数コードを作成)

  int y[J,K]; // 観測数

}

parameters {

  real theta[J];//被験者パラメータ

  vector<lower=0>[K] a;//識別度

  vector[K] b;//困難度

}

model {

  theta ~ normal(0,1);//被験者パラメータは平均0、SD1と仮設定

  a ~ cauchy(0,1);

  b ~ normal(0,1);

    for (j in 1:J){

    for(k in 1:K){

      y[j,k] ~ bernoulli_logit(a[k]*(theta[j]-b[k]));

    }

  }

}

以下結果(表)

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識別度については>0の値で設定してあります。結論から言うと、いずれも識別度は高いとは言えず、各心的概念をよく識別するサインであるとは言い難い結果になりました。

困難度についてはいずれも平均値が正の値を示しました。いわゆる、平均以下の特性(自尊心とか)でもヒットする率が高いサイン、みたいな結果にはなりませんでした。

まとめると、自尊心ボロボロの人が大きい樹木を描くみたいなエラーは出づらいが、そもそもこのサイン(大きさ、位置)で自尊心のような心的概念を識別できているとは言い難い、という感じでしょうか。

先行研究だけで描画をディスるのもアンフェアかな、と思って自ら分析してみましたが、それでも描画を支持する結果は得られなかったなというのが正直なところです。

 

ただ、IRTにハマる形で、かつ事前分布の利用も視野に入れたデータ収集を試みたら、また違う結果になる可能性はあります。なので今後はそういった研究もやってみたいなと思うところです。