児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

過剰適応という虐待の影響

この記事の更新版はこちら ←2022/6/13更新

以下は旧記事。かなり浅い内容ですが戒めとして・・。

A君は小学校入学前から激しい暴力を受けて育ちました。父母共に、A君に対し、些細な言動を理由に殴る等の暴力の他に、お前は無能だなどの暴言を吐き続けていました。また母は、A君のクラスメイトに対し、あの子はバカだから関わるな、あの子は無能だから話すと無能が移るなど、第3者への暴言を用いてA君を孤立させていきました。A君が耐えかねて家を飛び出した時には、誰も探しに来てくれないばかりか、家へ戻ったところカギがかけられており、結果として締め出され、追い出される形となったこともありました。ある日のこと、A君がお皿洗いを忘れてゲームをしていたところ、父が激怒しフライパンで殴打、A君は流血してしまいます。母に助けを求めるも、こっちに来ないで、アンタが悪いんじゃないのと言ってA君を父の部屋へ突き返し、鍵を閉めて父と2人きりにさせてしまいました。翌日父母は学校を休ませるも、不審に思った近隣住民の通報により児童相談所が介入し虐待が発覚、一時保護となりました。
一時保護中のA君は、“大人には丁寧な口調で話し、負の情動を一切表出しない一方で、大人の居ないところでは他児をいじめ暴言を吐き続けるなど、大人の前では過剰適応+他児には攻撃的に振舞うというような状態が継続していました。

「イイコ過ぎる」とかよく言われる児童に出会いますが、いわゆる虐待の影響で過剰適応となってしまっている場合のお話です。一般的に考えても、大人のせいで怖い思いをしてきた子どもが、大人の前で過剰にイイコに振舞うことは、あまり不思議ではないと思います。
しかしだからと言って、「そんなイイコにしなくていいんだよ」と声掛けをするだけでは何一つ変化はないでしょう。過剰適応は、大人にとってはイイコで都合の良い存在に映るかもしれませんが、子どもにとっては何一つ解決にならない状態ですので、「過剰適応を解除しても安心できるんだ」という状態に持っていくことが求められるのです。
過剰適応の児童は、一見するといい反応を返してくれるので担当者も安心してしまうケースがありますが、子どもの認知的・心理的な変化にもっていくまで苦労することが多かったなという感じです。というのも、偶然かもですが自分が担当していた子どもは「過剰適応+他児への攻撃性」がセットになっていることが多く、過剰適応についてのある程度の変化があっても、一時保護の期間で「自尊心の傷付きのために他児に対する攻撃的な行為で自尊心の補償を衝動的に行ってしまう」という部分の修正まで至ったケースって、ほとんど思い浮かばないんですよね(過剰適応とはまた別ではありますが…)。

過剰適応の定義を整理します。
過剰適応とは周囲に合わせすぎてしまう傾向と一般的には理解されていますが、心理学界隈では、真面目・頑張り屋というパーソナリティ特徴+自分の意思や感情を過度に抑制する傾向・他者からの評価を気にして他者に過度に合わせる傾向などが指摘されています。
過剰適応の概念は,「外的適応の過剰さ」と「内的適応の低下」という2 側面が考えられています。桑山(2003)はこれをもとに過剰適応を「外的適応が過剰なために内的適応が困難に陥っている状態」と定義しています。外的適応が過剰なために内的適応が困難に陥っている状態…非常にしっくりきます。
桑山(2003)「外界への過剰適応に関する一考察―欲求不満場面における感情表現の仕方を手がかりにして―」

過剰適応の先行研究のうち、虐待にかかわりがありそうなものを確認し、2つと少ないんですけども以下にまとめます。

藤元・吉良(2014)「青年期における過剰適応と自尊感情の研究」
過剰適応的な青年は見捨てられ不安や見捨てられ抑うつを抱えていることが先行研究より示唆されていて、そのために自分の感情に気づきはしても、見捨てられ不安があることから外的適応行動を止めることができないと推察されるとあります。なので過剰適応高群の者は、自身の気づきが高まると学校適応感は高まるが、内的適応の低さゆえのつらさを抱えたままの状態であると考えられ、過剰適応的方略で適応するのではなく、自分の意思に基づく振る舞いをして適応することの有効性が示唆された、とあります。
日潟(2016)「過剰適応の要因から考える過剰適応のタイプと抑うつとの関連」でも、自分らしさを感じられないタイプの過剰適応者には、自己不全感に代表される内的不適応感を解消していく介入が有効と考えられるという記述もありますし、こういうベクトルでの心理療法が有効なんでしょうね。

小川・德山(2018:日本心理学会発表論文集のものですが)「大学生の愛着スタイルが過剰適応に及ぼす影響」
アンビバレント」が高い場合は過剰適応の内的・外的側面が共に高くなった。アンビバレント型は周囲に合わせすぎて自身の内的適応が困難になるため,心理的不適応を起こすリスクが高いと考えられる、とあります。なお、アタッチメントスタイルの無秩序型についてデータはないですが、これはまぁやむなしでしょうか。

被虐待児で過剰適応な児童について考えてみます。
安定的でない不適切な養育を受け、しかもそれは恐怖心等自己の安全を脅かす体験の連続だったとします。
1. 先行研究をシンプルに引用して、不安定で不適切な養育の結果、見捨てられ不安の高まりがあることにより、外的適応行動を止めることができない
2. 他者からの攻撃により安全を脅かされることを学習しているため、その攻撃を回避する方略として、過去に学んだ他者の攻撃性を低下させる・攻撃を回避する関りを相手に行う
の2点に加えて、場合によっては自己の内面に触れる面接は虐待を想起させるため侵襲性が高く、防衛的に回避したその言動が過剰適応的になる、というものもあるとは思います。

ここまで書いてお気づきでしょうが、過剰適応についての理屈を並べると「見捨てられ不安の回避」「攻撃の回避」(+「虐待想起による侵襲の回避」)と、普通に考えたら辿り着ける話ばかりです。
この分野って、もしかしてそこまで研究が進んでいないのでしょうか。
もしくは、過剰適応の概念がまだ深まっていないということなのでしょうか。

事例のA君をこれらに基づいてアセスメントすると、
「大人からの身体的攻撃による自尊心の低下に加え、度重なる本児の存在自体を否定する言動により見捨てられ不安が憎悪したことにより、他者の攻撃を回避し見捨てられ不安を低減するために、過剰適応としての外的適応行動が多発している様子がうかがえた。
虐待による自尊心の低下+親による他児を見下す言動の誤学習により、他児を見下し安心感を得ることによる自尊心の補償という行動パターンが固定されており、そのため他者と対等な関係を構築することが困難となり、そこでのトラブルによる大人の介入に対し、外的適応行動により侵襲の回避を行うことで本児の不適応行動が根本で解決されず問題を繰り返してしまうという負の循環も認められた。」
大体こういう流れがベースになってくるのかなぁと思います。

虐待に関係のある先行研究の少なさ(というか自分の勉強不足?)のため微妙な気持ちで本エントリを書いていましたが、アセスメント例を書いてみると意外とそれっぽくまとまるので、自分自身を誤魔化せてしまう恐怖心を感じる今日この頃でありました。