児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

過剰適応という日本特有の虐待の影響

過剰適応(虐待による)

0.事例
小学3年生。両親からの暴力で一時保護。全身痣だらけの重症であったが、本児は被害状況を具体的に語ることを拒む傾向が強かった。本児は両親の暴力について「普段は暴力をしません、口で怒るだけなんです」とかばっていた。
本児は小学校入学前から激しい暴力を受けて育った。父母共に、本児に対し、些細な言動を理由に殴る等の暴力の他に、お前は無能だなどの暴言を吐き続けていた。テストやスポーツの結果などで本児の良し悪しを判断し、本児の人間性については父母共にうまく説明できない・ないし認識ができていない状況にあった。また母は、本児のクラスメイトに対し、あの子はバカだから関わるな、あの子は無能だから話すと無能が移るなど、第3者への暴言を用いて本児を孤立させていった。本児が耐えかねて家を飛び出した時には、誰も探しに来てくれないばかりか、家へ戻ったところカギがかけられており、結果として締め出され、追い出される形となったこともあった。
母は自身の虐待について認めておらず、一貫して本児の養育の難しさを訴えることに終始していた。刃物を向ける、施設へ入れると脅迫する、フライパンで殴るといった本児に対する虐待行為に対し、本児が土下座して謝罪することでその場を乗り切ることが繰り返されていた。/本児に対し、バカとは付き合うな等の他者を差別的に見ることを助長する発言が繰り返されていたよう。父も日常的な暴力があり、本児の日常的な失敗時に繰り返し暴力を振るうというもの。父は担当職員の指導に対して、父自身の主観を根拠に専門的知見等を否定し受け入れない傾向が強い。
本児の特徴として、運動会で走って負けるくらいなら出ないと訴える等、失敗経験を回避する傾向が強い。また外出時に「好きなものを選んでいいよって言われたことない」と話し、飲み物を選んで購入してもらうことを頑なに拒んでいた。移動の際は必ず担当者の後ろをぴったりついていき、自ら興味のある方へ行こうという気配が一切なかった。自我を訴えず、大人の意向を確認してから意思表示を行い、大人の前では徹底して「聞き分けのよい良い子」でいる一方で、他児に対しては威圧的・差別的にふるまうなど、大人を前にした際の過剰適応が目立つようになっていった。


児相で仕事をしていると、被虐待児童の内、大人の顔色を見すぎる「過剰適応」の空気のある児童と出会うことは少なくありません。
過剰適応児童は、一時保護所では手のかからない子として高評価を受けがちですが、心理屋としては待ったをかけたくなります。
過剰適応として過ごしているのを褒めて強化することは、遠い将来その子にとって負の影響が生じるリスクがあるからです。
過剰適応っぽい児童と出会ったときに重要なのは、“イイコ”を強化するのでなく、なぜ“イイコ”で過ごすのか、そのアセスメントをきっちり行うことに他なりません。

1.過剰適応の定義

以下で、過剰適応について定義を追っていきたいと思います。
まずは適応とは何かを把握したのちに、過剰適応について見ていきたいと思います。

1-1.適応とは
個体が生後の発達のなかで遺伝情報と経験をもとに、物理・社会環境との間において、欲求が満足され、さまざまな心身的機能が円滑になされる関係を築いていく過程もしくはその状態(根々山, 1991)。すなわち、人と環境との「関係」を示す概念であると言える(福島, 1989;大久保,2010)。
社会的・文化的環境への適応を意味する「外的適応」と、心理的な安定や満足といった適応を意味する「内的適応」が調和した状態を指す(北村, 1965)。
適応は,生体が環境からの要請に応じるのと同時に, 自分自身の要求をも充足しながら,環境との調和した関係を保つことをいう(佐々木,1992)。

1-2.過剰適応とは
 本邦では心理臨床領域、医学領域で用いられており、特徴は「真面目、頑張り屋、頼まれると嫌といえない、相手の期待に沿う、周囲に気を使う、いい子」と捉えられている(久保木, 1999;桑山, 2003)。海外においては、個人的な欲求を過度に抑制する方略を適応的であるとみなさないため、過剰適応の概念は日本特有の概念であると考えられる(石津・安保・大野, 2007)。
 「環境からの要求や期待に個人が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な要求や期待に応える努力を行うこと」という石津(2006)の定義が一番使われている。その後、益子(2010)と風間(2015)は過剰適応概念を再考し、自己制御と他者指向的な行動を包括した「過剰な外的適応行動」を過剰適応の外的側面とし、益子(2010)は、その過剰な外的適応行動によって本来感が低下するという、新たな過剰適応の階層性を提起している。
・過剰適応概念の大きな特徴の1つが、過剰な外的適応行動。過剰適応に類似する概念として「サブジェクティブ・オーバーアチーブメント(subjective overachievement)(Olson, Poehlmann, Yost, Lynch, & Arkin, 2000)」が挙げられるが、そのオーバーアチーバーに見られる外的適応は、目に見える功績の達成に価値を置き、そのために過剰なまでの努力をすることであった。一方、本邦における過剰適応の含意する外的適応は、上記の社会的功績の達成も含め、広く他者の期待に応えたりそのために自己主張を抑制することの過剰さ、とされている。益子(2009b, 2010a, 2013)は、そのような過剰な外的適応行動の指標として、自己抑制的な行動、および他者への配慮や他者の期待に応えたりするなどの他者志向的な行動特徴を挙げている。

1-3.過剰適応傾向と虐待
先行研究の知見とは別に、臨床的なアセスメントとして提示したいと思います。
たとえば、虐待環境に置かれた児童で過剰適応傾向の強い事例では、
日常的にDV目撃や暴言暴力等の被虐待などの恐怖に晒され、本児自身の情動を受け入れられずに過ごしてきた結果、恐怖心に対する防衛として、TSCCで現れた①否定的な情動を無意識的に回避する傾向を身につけた可能性がある。また、加害親の求める本児の像を演じつつ傷付いた加害親を支え、加害親の本児に対する依存や理想化を受け入れ続けた結果、②子どもとしての純粋な情動を発現させる機会が失われ、その結果作られたのが“情動が絡む自我を率直に表明できず過剰適応傾向になる”という状態像である。
といったような見立てを立てます。

虐待ケースでは過剰適応児童に出会うことが少なくないので、臨床的なアセスメントとしての基本的な部分はこのように押さえておけるといいかなと思います。


2.過剰適応の構造・メカニズム・因子

以下では、過剰適応を構成する要素などを把握していき、過剰適応というふわっとした抽象概念を掘り下げ、より具体的なものとして捉えられるようにしていきたいと思います。
先行研究のレビューが続きます。

2-1.過剰適応の階層性
過剰適応尺度間には階層性が認められ、養育態度や幼少期の気質といった個人と環境要因から影響を受けた「内的側面」によって「外的側面」が生起する(石津・安保, 2009)。
内的側面として捉えられる「自己抑制」及び「自己不全感」は心身の適応のうち、特にストレス反応と関連。外的側面を構成する「他者配慮」「人からよく思われたい欲求」「期待に沿う努力」は学校適応に生の影響も認められているが(石津・安保, 2008)、一方で本来感の低さや抑うつなどの内的不適応を予測する(風間,2015;益子,2010)。
※外的側面の構成要素は、一般家庭で獲得する要素。虐待が絡むと、例えば「人から良く思われない」程度でなく、「自身の安全確保動機」という危機回避の視点が強まるか。

2-2.過剰適応の先行因子・構造
・過剰適応“に”影響を及ぼす原因:過剰適応の先行因子(浅井, 2012)
〇親子関係・・・母子関係・母親の養育的態度:ともに過剰適応の自己抑制的な側面を弱める一方で、母親からの信頼は過剰適応を高める。
〇性格・・・幼少時の気質・性格特性:幼少期の自己主張的・自己制御的な気質は過剰適応の自己抑制的な側面を弱めている。また、性格特性のうち、神経症傾向は自己抑制的な側面を高め、外向性は自己抑制的な側面を弱めている。一方、誠実性は過剰適応の適応方略的側面を高めている。
〇個人の特性や状態・・・承認欲求・見捨てられ不安:承認欲求は過剰適応の自己抑制的な側面を高め、見捨てられ不安は過剰適応の適応方略的な側面を高める一方で、承認欲求と繋がることで自己抑制的な側面も高める。
〇生理的要因・・・狭心症の症状の類型・年齢:狭心症の病変枝数が多いほど過剰適応得点が高い。年齢については、大学生の方が高校生や壮年期、中年期の成人よりも過剰適応得点が高い。
〇アレキシサイミア
○甘えられない環境・・・適応性の低い過剰適応群において高得点(赤堀・田辺,2019)。

・本来性(Authenticity:何物にも邪魔されない・個人の本当の中核の自己による働きを反映するもの)の観点で過剰適応者を群分けできる。
「本来性の低い過剰適応群」は、他者への信頼感やその他要因から他者配慮や他者の期待に添う努力といった他者指向的な態度を取ること、他者指向的にふるまうことで本来性の低さや自己信頼の低さ、不信の高さ、それに伴うストレスが見えにくくなることが示唆されており、「本来性の高い過剰適応群」における過剰適応行動は、他者への信頼感の薄さや自己への信頼に基づく行動、すなわち、他者を信頼できないために自己制御したり他者の期待に応えたりすることで他社に合わせた行動をすると考えられる(任・林,2020)。

2-3.過剰適応者の特徴
「敵意得点が高い」:過剰適応の人は清疑心や不信感など間接的な形で他者に表出していると考えられ、攻撃性が間接的に他者に向けられることは攻撃性の抑圧となり不適応につながることが示唆された。
内言で「他責反応が少ない」:過剰適応の人は欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとするなど 「生の感情」に向き合うことを避け(桑山, 2003)、自身に生じるはずの感情や欲求が排除されている可能性が考えられた。
「ストレッサーをより脅威に捉える」:その結果ストレス反応がより高まりやすいと推察できる(石津・安保, 2013)。金築・金築(2010)は,過剰適応高群の向社会的行動が,かえって個人の健康を脅かすリスクを指摘している。過剰適応傾向の高い生徒は 「抑うつ」から 「内在化反応」,やがて 「身体症状」- と至るパターンを取る可能性が高いと推測(加藤・神山・佐藤, 2011)。
「親の価値観の取入れ・同一化/役割逆転」:過剰適応は対象ごとに異なり、親対象の場合は親の考えを取り入れたり親と同一化することで適応することや、親に心配させないようにふるまうなどの役割逆転と似た特徴が示唆されている(風間・平石,2018)。


3.過剰適応の臨床的問題点・肯定的な点

以下からは、過剰適応のそもそものプラスの点とマイナスの点を、先行研究より整理していけたらと思います。
正直、その時になんとなく罰などを回避できるというメリットはあるものの、長期的にはデメリットが強いため、児童に過剰適応状態である認知とその原因を共有し、環境調整等により過剰適応を必要としない状況を作っていくことが求められるのかなと思いました。
以下、先行研究レビューが続きます。

・過剰適応は抑うつ (石津・安保, 2008; 風間, 2015)、自殺や不登校などの社会問題(益子, 2009)と関連。個人が適応していくための方略的な側面である外的側面は学校適応感を高めるが,個人の抑制的で自己不全的な特徴を持つ内的側面は,ストレス反応や抑うつなどのネガティブな側面を高める(石津・安保,2008, 2009)。

・過剰適応“が”影響を及ぼす要因(浅井, 2012)
〇精神的健康・・・強迫観念・強迫行為・全般的な精神的健康・攻撃反応・対人恐怖・抑うつ・ストレス・見捨てられ抑うつ:過剰適応の自己抑制的な側面が抑うつなどの精神的健康や攻撃反応を高めている。
〇個人の特性や状態・・・自尊心・自己価値の随伴性・集団アイデンティティ・不合理な信念・本来感・アイデンティティ:過剰適応得点が高いほど、自分らしくある感覚(本来感)は低下する。
〇適応・・・不登校傾向・学校ぎらい感情・社会適応能力・学校適応感・友人適応・ソーシャルサポート:過剰適応の適応方略的な側面は個人の適応を支えているものの、自己抑制的な側面は適応を弱めている。

・過剰適応が個人にとって適応的に作用する可能性について:主体性を持たない受動的な方略によって支えられている適応感の背後にはストレスが存在する可能性があることと、その適応感が他者志向的な適応方略に支えられているという可能性が見られた。過剰適応では個性化の側面が欠如していることが想定され、こうして得られた適応状態は自他にそう見せるための「偽りの適応」かもしれない。そして、「よい子」的なやり方によって一生懸命適応していた子はどこかで「ツケがくる」(広岡, 1993)ことを念頭におく必要がある(石津・安保, 2008)。


4.過剰適応のケア可能性
・過剰適応を「関係維持・対立回避(外的適応)」と「本来感(内的適応)」の視点からとらえる(益子, 2013)よりほぼ引用↓
 従来、過剰適応を低減させるための援助方法としては、本来感を損なう「関係維持・対立回避的行動」を低減する方法が主流だった。だが、これを低減することには慎重になるべきだと考えられる。理由としては、①過剰適応の強い人にとっては、関係維持・対立回避的行動が防衛的機能を持っているから。②「関係維持・対立回避的行動」には、社会適応を促進し、社会不適応を回避する機能があるから。
 過剰適応的な関係維持・対立回避的行動をとる必要性が高い状況を、他者の期待や要求を断わったらわだかまりが生じる可能性が高い状況とみなすのならば、このような状況では「統合的葛藤解決スキル」と呼びうる要因が、本来感を向上させるために有効。葛藤解決の研究には様々なタイプ(例「回避」「主張」「譲歩」「妥協」「協力」「服従」「統合」等)がある。分類された中には共通して「協調」や「統合」と呼ばれる、葛藤当事者双方の関心を満足させ、希望を満たそうとする方略が登場する。→統合的葛藤解決スキルを「日常的な対人葛藤において個人が用いる、葛藤当事者双方が互いに納得・満足して葛藤を解決するためのスキル」と定義。
 関係維持・対立回避的行動は本来感とやや弱い負の関連を示した。統合的葛藤解決スキルは本来感とやや強い正の関連を示した。他者との葛藤が生じた時、互いに満足ができる解決策を模索することが自分らしい感覚を高める可能性があることを示唆している。統合的葛藤解決がとれる人は、他者志向性だけではなく、自己志向性も大事にしており、不満を我慢せず、自分の満足感も求めようとする。


5.本児の経過から想定できる状態と、表出している状態像
 
以下からは、これまでの先行研究を踏まえて、本事例児童のアセスメントを行っていきたいと思います。実際に過剰適応っぽい児童がいたら、以下のような方法で状態像を把握していくことが求められるのかなと思います。

5-1.本児の経過から想定できる状態像
本来性の低い過剰適応(任・林,2020)/承認欲求・見捨てられ不安(浅井, 2012)※これに至る経路が研究では母親からの信頼だが、本件では虐待?/甘えられない環境(赤堀・田辺,2019)/ストレッサーをより脅威に捉える(石津・安保, 2013)

5-2.表出している状態像
親の価値観の取入れ・同一化(風間・平石,2018)/欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとする (桑山, 2003)/「偽りの適応」による「ツケ」:他児への攻撃性?(広岡, 1993)


6.被虐待経験により本児が過剰適応を獲得する機序の見立て
本児のベースには、繰り返される虐待という危機的状況があり、それによる「自身の安全確保」ないし「危機からの回避」という動機が根底にあることが想定される。
当然、虐待というストレッサーは驚異的なもの(石津・安保, 2013)であり、当然甘えられない環境でもあり(赤堀・田辺,2019)、虐待という恐怖により支配され続ける経験により本来性は失われ、自身の安全を優先する過剰適応状態:本来性の低い過剰適応(任・林,2020)がつくられることも想定できる。また、継続した身体的虐待や、施設に入れるという突き放し発言は、本児の見捨てられ不安(浅井, 2012)の憎悪に繋がっていった可能性が考えられる。
自身の安全確保や、見捨てられ不安の低減という目的で、親の価値観の取入れ・同一化(風間・平石,2018)、欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとする (桑山, 2003)といった状態像が固定されていった可能性が考えられた。
※トラウマによる過剰適応(危機回避)と、一般的な範囲で獲得する過剰適応(よく思われたい)は異なる機序?

そして所見は以下のようなものが想定されます。

<心理診断所見>
 父母からの身体的虐待で受理となった小学3年男児。知的には普通域にある。
 虐待による心理的傷付きについては、否認しているか認知できていない状態にある。また「できる・できない」が自己評価に結び付きやすく、失敗を正面から受け止めずに誤魔化してしまう傾向にある。
 両親の養育は、選択権を本児に委ね、自由度のある中で生活をさせてきたものとは言い難い。両親の暴力等をはじめとした支配関係の中で、強い恐怖心や危機回避動機が固定されることで素直な欲求や思いの表明や意思の表示などの機会を奪われていったことに加え、本児自身の存在価値ではなく、「できる・できない」といった能力面を基盤とした結果で判断されるといったような非情緒的な養育に終始している様子が強く、本児自身を受容される経験は乏しかったと思われる。
そういった虐待の影響として、①共感性が育まれず他者との非情緒的な関りが獲得されてしまい、②本来性の低下と見捨てられ不安の憎悪の結果、親の不適切な価値観の取入れや自身の感情認知・表明の困難さが、本児の両親や大人に対する過剰な適応傾向に繋がり、③上記被虐待とそれによる過剰適応により蓄積したフラストレーションが、非情緒的な養育により本児に共感性が育まれていない中で、他児に対する攻撃性として表出し、④適切な情動処理による他者関係構築の困難さに繋がっている可能性が想定された。
今後は家庭環境の改善と並行し、本児の感情認知・表明についての心理教育、統合的葛藤解決スキルの獲得などを進めていくことが必要と考えられる。


過剰適応は一見分かりやすい概念で適応も良く見えるのでさらっと流されやすく、児童の予後を悪化させるリスクを伴います。
自分もしっかりと勉強ができていなかったので、これを機にきちんと見立てられるようになれればと思った次第です。