児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

脳の容積・体積が低下(脳が委縮)したら、脳の機能に悪い影響が出るの?

虐待と脳発達関連で最近色々と話題になりましたが、あの先生の研究が現場や世の中に与えたインパクトが大きかったのは事実です。
僕もあの先生の知見を最初に見たとき、これまでのふわっと主観が強い臨床的な見方に辟易していたフラストレーションが、徐々に和らいでいくのを感じましたし、
ようやくまともな説明責任が心理から果たせる、と感じたものです。
(今までの児相の心理さんの一部は、説明責任が果たせているとは言い難い仕事をしていた部分があります)
でも、そもそも脳に物理的な影響があるから、それが実生活上の負の影響に繋がるかどうかって言えるのでしょうか。
いわゆる、脳が委縮してるんだからダメに決まってるだろという感覚は恐らく全人類が共有していると思うのですが、はたして本当に脳の物理的な負の影響(あの先生は“委縮”とか“変形”というキャッチーな言い回しをよくしていましたが)は生活上の負の影響に繋がるものなのでしょうか。
結論から言えば、脳の容積・密度低下など物理的な負の影響は、生活上の負の影響にも繋がることが分かっています。

さて、前回のエントリで、虐待の影響が脳にどのような影響(物理的に)を与えるのかをざっとレビューしました。
今回のエントリでは、脳に物理的な影響(容積・密度の低下など)があったら、どういった負の影響が出るのかを見ていきたいと思います。
これによって、
1:虐待は脳に影響を及ぼす(容積減少等)→2:脳の容積減少は知能などに影響を及ぼす
 =虐待は被虐待児に具体的な負の影響を及ぼす福祉侵害である
というロジックが組めるようになるので、「やっぱり虐待ってダメだよね」が論理的に言えるようになるのではないかと思います。
現場で頑張る児童福祉司・児童心理司さんの一助になればいいなと思います。

・脳容積減少の影響
Nave, G., Jung, W. H., Karlsson Linnér, R., Kable, J. W., & Koellinger, P. D. (2019). Are bigger brains smarter? Evidence from a large-scale preregistered study. Psychological science, 30(1), 43-54.
(N = 13,608)。性別,年齢,身長,社会経済的地位,人口構造を系統的にコントロールし,出版バイアスのない解析を行った.※出版バイアス(publication bias)とは、否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくいというバイアスである。 公表バイアスとも言う。
その結果,全脳容積と流動性知能の間には強固な関連性が認められ(r = 0.19),また脳の総量と学歴との間にも正の関係が認められた(r = 0.12)。これらの関係は主に灰白質に起因しており(白質や脳液量よりも)、効果の大きさは性別や年齢層によらず同様であった。

脳研究では相関が.20超えるものはまれで、.19は脳研究ではかなり高いです。脳全体でなく特定部位との相関であればもっと高い値が出ると考えられます。この研究からは、脳の容積と流動性知能(WISCとかでいうワーキングメモリとか処理速度とか)とは強い関連があるぞ、学歴とも正の相関があるぞ、ってことですね。
ちなみに灰白質ニューロンの細胞体が集まる場所で、大脳だと表層部にあたります。

Cox, S. R., Ritchie, S. J., Fawns-Ritchie, C., Tucker-Drob, E. M., & Deary, I. J. (2019). Structural brain imaging correlates of general intelligence in UK Biobank. Intelligence, 76, 101376.
年齢と性別を補正した全脳容積と一般知能の潜在的因子との関連は,r = 0.276であった。知能の一般因子(g)と脳の総体積やその他の脳構造の全体像との関連性の大きさには、男女差はなかった。gと最も相関のある脳部位は、島皮質、前頭葉、前/上/内側頭葉、後/側頭葉、外側後頭葉の体積、視床体積、視床線維と連合線維の白質微細構造、鉗子小体の体積であった。

Nave et al.(2019)の研究よりも大きな関連(r=.276)が得られています。そして脳容積と知能の関連について男女差はないということなんですね。

Aydogan, G., Daviet, R., Karlsson Linnér, R., Hare, T. A., Kable, J. W., Kranzler, H. R., ... & Nave, G. (2021). Genetic underpinnings of risky behaviour relate to altered neuroanatomy. Nature Human Behaviour, 5(6), 787-794.
リスクをとる行動の遺伝性が指摘されていますが、遺伝的気質がどのようにリスク行動に反映されるかについてのエビデンスは乏しい。この研究では、UK Biobank(N = 12,675)のヨーロッパ人サンプルを用いて、飲酒、喫煙、運転、性行動の領域にわたる現実世界の危険行動について、遺伝子情報に基づく神経画像研究を行った。
その結果、危険行動と、扁桃体、腹側線条体視床下部、背外側前頭前野(dlPFC)などの異なる脳領域における灰白質体積との間に負の関連があることがわかった。
独立した集団(N = 297,025)を対象としたゲノムワイド関連研究から得られた危険行動の多遺伝子リスクスコアは、dlPFC、被殻視床下部灰白質体積と逆相関していた。この関係は、遺伝子と行動の間の関連性の約2.2%を媒介している。

前頭前野背外側部や視床下部灰白質体積と危険行動の相関が、遺伝子と行動の間の関連性の約2.2%を媒介しているということでした。他にも扁桃体や腹側線条体灰白質体積も危険行動と関連しているということでした。
虐待経験のある人が上記のような危険行動リスクが高いというのはなんとなく聞いたことある方や感じている方がいるかもしれません。安易にこれを言うと差別的発言ととられかねないです。
しかし、こうしたエビデンスを元にすると、
虐待⇒虐待の影響で脳の容積低下⇒危険行動リスク増
という側面も検討できるのではないかと思います。まぁこんな単純な直線関係だけで言うのはさすがにアウトですが、これもアセスメントの1つに、ということです。

Jansen, P. R., Nagel, M., Watanabe, K., Wei, Y., Savage, J. E., de Leeuw, C. A., ... & Posthuma, D. (2020). Genome-wide meta-analysis of brain volume identifies genomic loci and genes shared with intelligence. Nature communications, 11(1), 1-12.
ヒトの知能と脳体積(BV)の表現型の相関は大きく(r≒0.40)、共通の遺伝的要因によるものであることが示されている。本研究ではBVと知能の間には0.24の遺伝的相関があることがわかった。

容積・体積との相関っていう単純な話でなく、遺伝的相関に言及されています。脳体積と知能の間には遺伝的相関があるんですね。遺伝的相関。遺伝的相関って何っすか?バカな自分にも分かるように教えて偉い人。

反応性愛着障害(Reactive Attachment Disorder:RAD)の診断と脳の物理的側面の関連も報告されています。↓
Makita, K., Takiguchi, S., Naruse, H., Shimada, K., Morioka, S., Fujisawa, T. X., ... & Tomoda, A. (2020). White matter changes in children and adolescents with reactive attachment disorder: A diffusion tensor imaging study. Psychiatry Research: Neuroimaging, 303, 111129.
本研究では、拡散テンソル画像(DTI)を用いて、RAD患者(n=25、平均年齢=13.2)と定型発達者(TD)の対照群(n=33、平均年齢=13.0)における分画的異方性(FA)のグループ差を評価した。さらに、FAの違いを解釈するために、平均拡散率(MD)、軸方向拡散率(AD)、径方向拡散率(RD)などのパラメータを追加して評価した。
その結果、TD群に比べて反応性愛着障害(RAD)群では、脳梁本体(CC)および内包後縁と放射状体(前部、後部、上部)を含む投射および視床経路のFA値が有意に高いことがわかった。さらに、RAD群はTD群に比べ、CC本体および上記経路のRD値が有意に低かった。以上の結果から、RADは、情動調節に関与すると考えられるCCと投射および視床の経路の構造の変化と関連していることがわかった。

拡散テンソルについては↓が分かりやすいです。
坂口雅州, 阿部修, 佐瀬航, 相澤拓也, 雫石崇, 菊田潤子, ... & 鈴木雄一. (2011). 拡散テンソルの臨床応用. 日大医学雑誌, 70(3), 141-144.
虐待の影響により生じる反応性愛着障害という状態は、脳の拡散異方性の変化に寄与するということです。部分的に高まったり低下したりしているとのことです。容積とかと関係してるんだろうか。虐待の影響で過大になるとされている部位もありますし、過剰な成長や拡散異方性の高まりは機能的には負の影響を及ぼす、とかあるんでしょうか。

以上の知見をまとめると
・脳容積と流動性知能の間には強固な関連性が認められ(r = .19)、性差は無い
・脳の総量と学歴との間にも正の関係(r=.12)が認められる
・脳容積(扁桃体、腹側線条体視床下部、背外側前頭前野(dlPFC)などの異なる脳領域における灰白質体積)は危険行動(飲酒、喫煙、運転、性行動)との間に負の関連が認められる
・虐待の影響により生じる反応性愛着障害という状態は、脳の拡散異方性の変化に寄与する
といった感じでしょうか。
いずれにせよ、脳の器質的変化は生活上負の影響を与える、という言い方ができそうです。ということは最初に書いたように
1:虐待は脳に影響を及ぼす(容積減少等)→2:脳の容積減少は知能などに影響を及ぼす
 =虐待は被虐待児に具体的な負の影響を及ぼす福祉侵害である
というロジックが組めるようになるので、「やっぱり虐待ってダメだよね」が論理的に言えるようになるのではないかと思いました。