児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

複雑性PTSD(complex posttraumatic stress disorder:CPTSD)と児童虐待

0.複雑性PTSDの架空事例A
<主訴と経過>
Aは2歳以前から両親の暴力が継続していた。顔や腹を殴られたり土下座を強要されたりするなどだけでなく、真冬や真夏の戸外締め出し、食事を与えないといった複数の虐待が確認されている。
Aが6歳になり親族宅にAが預けられてから、最初のうちは落ち着いた生活だった。しかし徐々にAに落ち着きがなくなり、試し行動のような暴言・悪さが目立つようになっていった。感情的になりやすい親族は、Aに虐待により統制するようになった。Aはこの親族から日常的な殴るけるのみならず、顔を刃物で切られ、髪をライターであぶられるなど、極めて危険な虐待が継続していた。学校でも徐々に落ち着きがなくなり、他児とのトラブルだけでなく、奇声をあげて暴れまわるなどの行動も表出するようになっていった。
8歳のころに一時保護となり、児童養護施設へ入所。数か月経過してから、他児への暴言や暴力が頻発し、服薬治療を開始。しかし行動は終息せず、施設内で個別対応を実施。児相の心理司がかかわりを開始し、「イラッとしたときにタイムアウト」をとる練習をした。しかし効果はなく、集団の中に入り、些細なきっかけで他児への攻撃が継続しており、個別場面でも枠を崩そうと好き勝手な行動をとり続けるため、対応に苦慮している。
心理検査結果>
・WISC-Ⅳ:全検査90 言語理解100 知覚推理80 ワーキングメモリ80 処理速度100
<状態像>
・対人・情緒面
笑顔が多く、他者と関わりを積極的に求める一方で、挑発的な言動により注意を引き、トラブルに発展する傾向が強い。他者感情を想定して行動することが困難であり、自我を通すことを優先してしまいがちであるため、その傾向もトラブルへの発展しやすさに寄与している。
バカにされる、小言を言われる等の些細なきっかけで、他児への暴力に発展する。振り返りでは「自分では止められない」「頭が真っ白になる」と話す。
・家族関係
実親宅では、Aは家族から疎外されていた。Aが発言するたびに否定され、暴言を吐かれるといった状況であった。親戚宅では、Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、親は当職の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続けた。Aは親戚宅に戻りたいと話しており、虐待を「自分がいうことを聞けないから」「自分が悪い子だから仕方ない」と話す。


1.複雑性PTSD(CPTSD)とは

最近某神々しい人がきっかけに知られることとなった複雑性PTSD。あの方への診断が正しいかどうかは分かりませんが、誤解されている方も居ると思いますし、児相業務では今後押さえておきたい概念なので、ここでお話ができればと思います。

◆定義
複雑性トラウマは、単回的なトラウマとは対照的に、長期的で侵襲的、かつ主に対人関係の性質を持つ出来事(例えば、主たる養育者による重度の児童虐待やネグレクト、親密なパートナーによる暴力、レイプ、性的人身売買や性的搾取、医療トラウマ、戦争や難民のトラウマ、拷問、虐殺など)を指すのに使われています。そういった非単回的なトラウマにより生じる感情などの調整困難を伴う心的外傷後ストレス障害複雑性PTSD(CPTSD)といいます。PTSD複雑性PTSDの診断は相互に排他的であり、 複雑性PTSDと診断された人は、PTSDの診断も受けることはできないとされています。

◆有病率
ヨーロッパ諸国、イスラエルアメリカでは、 複雑性PTSDの1ヵ月有病率は1%弱(ドイツ)から8%弱(アイルランド)の間で推移があります(Ben-Ezra, Hyland, Karatzias, et al.,2020)。国による有病率の違いは、子どもに対する暴力、戦争、身体的暴力の行使の程度における国による違いを反映している可能性があります(Kessler, Aguilar-Gaxiola, Alonso et al.,2017; Burri & Maercker,2014)。


2.CPTSDの診断基準や特徴は何か

CPTSDはかなり新しい概念です。以下では主症状や診断基準、その他分かっている周辺概念などを先行研究から整理していきたいと思います。

◆主症状
CPTSDは、3つの「古典的」PTSD症状(外傷性再体験、回避、過敏性)に加え、3領域の自己組織化障害(DSO)の症状(注:1)感情調節障害(例:自己鎮静の問題、ストレス耐性の低下)、2)対人関係の問題(例:人間関係の回避)、3)否定的自己概念(例:自分は失敗者であるという信念))によって特徴づけられます。ICD-11における複雑性PTSDの診断基準は、否定的自己認知、感情の制御困難及び対人関係上の困難といった症状が、脅威感、再体験及び回避といったPTSDの諸症状に加えて認められることとされています(wikipediaより)。
複雑性PTSDの原因の出発点は、再体験、回避、脅威感の高まりという3つの症状群の基礎となる主要なモデル、および想起時の心理物理的アラーム反応を回避するための記憶の符号化および想起の調節不全を説明するモデルである(Brewin &Holmes,2003)。研究により、多因子トラウマ、すなわち、対人関係領域における繰り返しまたは長期のトラウマ体験が、 複雑性PTSDと高い相関があることが一貫して示されている。ポリトラウマは、自己組織化、関係能力、感情調節の困難さ、脅威管理およびトラウマ記憶の組織化と一貫性に寄与する記憶と注意などの機能における複雑なPTSD関連の変化を促すことが提案されている(Courtois ,2004; Ford, 2015; Charuvastra & Cloitre, 2008)。

◆感情調節(Emotion Regulation:ER)の困難
ERは、PTSD(Cloitre, Miranda, Stovall-McClough, & Han, 2005)を含む様々な精神障害の発症と維持に重要な役割を担っている(Berking & Wupperman, 2012)。自分の情動反応を調節する能力は、幼少期から成人期にかけて形成され(Thompson & Goodman, 2010)、内発的・外発的要因に影響される(Fox & Calkins, 2003)。養育者はER能力の発達に重要な役割を果たし(Thompson, 2011)、養育者から虐待を受けた子どもは、日常生活で感情を管理するサポートを受けられないだけでなく、虐待に典型的に関連する負の感情に対処しなければならない。
子どもの虐待は機能的なER戦略の獲得を阻害し(Dvir et al.,2014),その結果,強烈な否定的感情を伴うPTSDの症状と関連する(Kaczkurkin et al.,2017)。児童虐待のような早期発症の対人トラウマは、他のタイプのトラウマよりもERの機能不全的側面と強く関連する。心理的虐待は、感情的な状況に対する不適切な反応や衝動的な反応を特徴とするERの側面とより関連し、感情的ネグレクトは、感情に対するより貧しい理解に関連するERの側面とより関連することがわかった(Berzenski, 2018)。ネグレクトされた子どもは、虐待された子どもよりも感情を識別することが難しく、ストレスの多い状況で絶望的な反応をする傾向があるようで、虐待された子どもはより怒りっぽくなる傾向があるそうです(Hildyard & Wolfe, 2002)。
メディエーターとしての情動調節(Knefel et al.,2019):児童虐待からPTSDおよびDSOへの媒介因子としての感情調節(ER)の役割を検証したところ、ERの側面は児童虐待とネグレクトによって異なる形で予測された。負の感情を経験したときに自分の行動をコントロールし続けることが難しい(衝動)、いったん動揺すると感情を効果的に調節するためにできることはほとんどないという信念(戦略)は、児童虐待によってのみ予測された。どちらの尺度も、激しい感情の存在に対する個人の反応を反映している。ネグレクトでは、感情反応への不注意や気づきの欠如(aware)、経験している感情が明確でない(clarity)、ネガティブな感情を経験すると集中できず課題を達成できない(goals)など、ERのミュートと言える側面が予測された。全体の結論として、児童虐待からICD-11 PTSDへの経路は直接的であり、DSOへの経路はERによって媒介され、したがって間接的であることを示唆。ERが児童虐待とCPTSD症状の苦痛との関連を媒介するという基本的な考えを支持した(Choi et al.,2014;Stevens et al.,2013)。
複雑性PTSDの子どもでは、感情調節障害は癇癪に表れ、人間関係の困難は他者への抵抗として観察され、解離は白昼夢や注意力欠如として現れる可能性があります。癇癪や対話的な遊びが少ないといった症状は年齢相応のものかもしれないので、外傷性ストレス要因の前にこうした症状があった場合は、それを考慮に入れて悪化していると認識する必要がある。

複雑性PTSDと関連する概念
CSA(児童性的虐待)と非自殺的および自殺的な自傷的思考・行動との関連:CSA開示経験との関係性を検討した(Collin-Vézina et al.,2021)。この定性的研究は,CSAの開示と助けを求めようとする不適応な対処行動との相互的な影響を強調し,臨床的に重要な意味をもっている。
被害者意識や疎外感:PTSDと診断された人は、PTSDでない人に比べて、被害者意識の得点が0.84SD高く、大きな効果を反映していた(Cohen, 1988)。Cohen & Mannarino (2000; QA = 78%)は、個人が自分の経験について不信感を抱いているという認識とPTSS、および他者を信頼することは「危険」であるという信念とPTSSとの間に小さいながらも有意な関連があることを見出した。Crouch et al.(1999)は他者から否定的に見られることとPTSSとの間に有意な関連を見出したが,Wolfeらは否定的に見られることと侵入症状との間に関連を見出したSrinivas.(2015)は,疎外感(他者から切り離され,切り離されているという認識)がPTSSと有意に関連していた(r=0.32)。
解離:解離反応の増加はPTSSの増加と有意に関連していた(Crouch et al., 1999; Kaplow et al., 2005; Kaur & Kearney, 2013; Ogle et al., 2013; Ross & Kearney, 2017)。
トラウマ記憶:虐待が典型的な記憶過程を混乱させるかもしれないが、PTSSは脅威関連情報に対する記憶の偏りによって維持されるのではない (Ogle et al.,2013)。

◆神経生物学的メカニズム
複雑性PTSDでは、右海馬、右背側ACC、右眼窩前頭皮質(OFC)の灰白質濃度低下が観察された(Thomaes et al.,2010)。複雑性PTSDに関するfMRI研究では、左海馬と海馬傍回の活性化が変化しており、海馬の機能障害が示唆された(Thomaes et al.,2009) さらに、複雑性PTSDでは、左腹側ACCと背側ACC、背内側前頭前野、左腹外側前頭前野、OFCの活性化障害が観察され、感情処理に特に重要な領域の関与が示唆された(Thomaes et al.,2013)。
感情に敏感な脳領域は、グルココルチコイド受容体の密度が高いため、特に幼少期の有害体験の影響を受けやすいという仮説があり、それゆえ、グルココルチコイドの長期放出は、損傷、樹状突起萎縮、神経新生抑制を引き起こすとされています(Calem, Bromis, McGuire, Morgan & Kempton,2013)。自己の身体的完全性に挑戦するいわゆる積極的な虐待(身体的虐待や性的虐待など)は、子どもの基本的欲求に挑戦するいわゆる消極的な虐待(感情的・身体的無視など)とは異なる神経生物学的変化をもたらすことが示されている(Sheridan & McLaughlin,2014)。
一般に、 複雑性PTSD患者の構造画像のメタアナリシスでは、海馬、海馬傍回、扁桃体、島、および前帯状皮質の体積減少が報告されている(Karl et al.,2006; O’Dohertyet al., 2015; Meng, Qiu, Zhu, et al.,2014)
機能レベルでは、いくつかの研究において、 複雑性PTSD患者は、健康対照者と比較して海馬、海馬傍回、島、前頭前野、前帯状皮質の活動増加を示してい(Fragkaki, Thomaes, Sijbrandij,2016; Herzog, Niedtfeld, Rausch et al.,2019; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al.,2013; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al,2012; Thomaes ,Dorrepaal, Draijer et al.,2010; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al.,2009)
複雑性PTSD患者はPTSD患者と比較して扁桃体と島で活動が増加することが示唆された。前頭前野と前帯状領域では、有意な群間差は認められなかった(Bryant, Felmingham, Malh, Andrew& Korgaonkar,2021)。
PTSDの虐待を受けた人は、健常対照者と比較して、脅威から離れた(認知的回避を示す可能性がある)、悲しい刺激への注意のバイアスを示した(Bertó et al.,2017)。


3.CPTSDは治療が可能なのか

 かなり根深い状態像のようですが、CPTSDって治療は可能なのでしょうか。
 自分のようなよく分かっていない人間によるなんとなくのイメージだと「根深いのは薬物療法じゃん?」と思っちゃいますが(認知行動療法詳しくないし)、実は効果を上げている心理療法があったりします。そして日本でも実証が進みつつあったりします。

心理療法
CPTSDの心理療法について、一つの研究では,すべての複雑性PTSDの症状について,トラウマに焦点を当てた治療が非トラウマに焦点を当てた治療よりも良い結果をもたらすと報告されている。しかし,複雑性PTSDと強く関連するタイプの小児期トラウマを持つ人については,一貫して治療成績が芳しくないことも分析で示されている。2つ目のメタアナリシスでは、複雑なトラウマのサンプル(例えば、幼少期の虐待、難民、退役軍人)、つまり、複雑なPTSDの診断に合致しそうな人々を代表する集団に対する様々な種類の治療が評価された。その結果、トラウマに焦点を当てた戦略とともに、苦痛への耐性と感情の自己調節戦略を含む多成分介入が、PTSD症状、感情調節障害、および対人関係の問題を最も強く軽減するという証拠がいくつか示された。
 Niwa et al.(2022)では、Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation (STAIR) Narrative Therapy (SNT)の有効性を日本で検証しており、治療完了者7名のうち、治療後の6名とフォローアップ時の全員がCPTSDの重症度が低下し診断に該当しなくなった。線形混合効果モデルを用いた探索的分析では、解離・抑うつ・不安症状・対人関係の困難・QOL変数等について、治療後および追跡調査時に有意な改善がみられた。

薬物療法
すべての治療ガイドラインおよびメタアナリシスでは、心理療法を優先すべきであり、薬物療法は単独で使用すべきではないが、心理療法への関与を妨げる安定性の問題に対処するために使用されるかもしれないと結論付けている(Veterans Administrations, 2017;Australian Government,2021). 複雑性PTSD症状に対する薬物の効果はほとんど示されていないので、その使用を正当化できる共存症がない限り、情動不安定や認知障害などの問題に対して日常的に薬物を用いることは推奨されない。

◆心理教育
複雑性PTSDに関する心理教育は、患者の症状の経験を正常化し、スティグマを軽減することを目的として行われる。複雑性PTSDの患者は、しばしば自分の問題を弱さの表れと考え、症状の慢性化を性格的または先天的な人格的欠陥の結果と考える。幼少期(身体的・性的虐待、またはその両方)、成人期(人種や民族に関連した暴力にさらされるなど)、長年にわたってトラウマにさらされた人は、当然のことながら、こうした環境を正常とみなし、また世界をありのままに見るため、自分の問題の原因は、乱れた環境ではなく、乱れた個人の体質であるという結論に至るのである。トラウマが感情的・関係的な能力、思考過程の混乱、信念体系の形成、身体的健康状態に及ぼすよく知られた影響を明らかにすることは、罪悪感と恥を和らげ、回復し変化する機会への希望を生み出すことができる。


4.架空事例Aの見立てと今後

事例を再度掲載します。
<主訴と経過>
Aは2歳以前から両親の暴力が継続していた。顔や腹を殴られたり土下座を強要されたりするなどだけでなく、真冬や真夏の戸外締め出し、食事を与えないといった複数の虐待が確認されている。
Aが6歳になり親族宅にAが預けられてから、最初のうちは落ち着いた生活だった。しかし徐々にAに落ち着きがなくなり、試し行動のような暴言・悪さが目立つようになっていった。感情的になりやすい親族は、Aに虐待により統制するようになった。Aはこの親族から日常的な殴るけるのみならず、顔を刃物で切られ、髪をライターであぶられるなど、極めて危険な虐待が継続していた。学校でも徐々に落ち着きがなくなり、他児とのトラブルだけでなく、奇声をあげて暴れまわるなどの行動も表出するようになっていった。
8歳のころに一時保護となり、児童養護施設へ入所。数か月経過してから、他児への暴言や暴力が頻発し、服薬治療を開始。しかし行動は終息せず、施設内で個別対応を実施。児相の心理司がかかわりを開始し、「イラッとしたときにタイムアウト」をとる練習をした。しかし効果はなく、集団の中に入り、些細なきっかけで他児への攻撃が継続しており、個別場面でも枠を崩そうと好き勝手な行動をとり続けるため、対応に苦慮している。
心理検査結果>
・WISC-Ⅳ:全検査90 言語理解100 知覚推理80 ワーキングメモリ80 処理速度100
<状態像>
・対人・情緒面
笑顔が多く、他者と関わりを積極的に求める一方で、挑発的な言動により注意を引き、トラブルに発展する傾向が強い。他者感情を想定して行動することが困難であり、自我を通すことを優先してしまいがちであるため、その傾向もトラブルへの発展しやすさに寄与している。
バカにされる、小言を言われる等の些細なきっかけで、他児への暴力に発展する。振り返りでは「自分では止められない」「頭が真っ白になる」と話す。
・家族関係
実親宅では、Aは家族から疎外されていた。Aが発言するたびに否定され、暴言を吐かれるといった状況であった。親戚宅では、Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、親は当職の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続けた。Aは親戚宅に戻りたいと話しており、虐待を「自分がいうことを聞けないから」「自分が悪い子だから仕方ない」と話す。

 いわゆる不適応行動が頻発している事例を正確に見立てるのって難しいですよね。
 一昔前は、甘えだの癇癪だのと子どものせいにすることが多かったし(今もか)、少し改善してもペアトレとか服薬通院とかでフォローする傾向が強めなように感じます。
 いつも思うのは、子ども自身の行動に対する機序が明確になっていないなぁ、というものです。今回はこのCPTSDを軸に考えてみたいと思います。
まず診断基準的にはどうでしょうか。繰り返される重篤な虐待、感情調整や対人関係の困難さや自己否定的な言動など
・自己組織化障害(DSO)の症状=感情調節障害、対人関係の問題、否定的自己概念
から、複雑性PTSDに合致する可能性が浮上します。
・子どもの虐待は機能的なER戦略の獲得を阻害し、その結果,強烈な否定的感情を伴うPTSDの症状と関連/心理的虐待は、感情的な状況に対する不適切な反応や衝動的な反応を特徴とするERの側面とより関連/児童虐待→ER困難→CPTSD、という媒介構造
といった先行研究から、Aが自分の問題で不適応行動に至っているとかではなく、虐待の影響でER困難の結果の不適応行動と考えられ、タイムアウトやセルフコントロールの指導だけでは適切ではなく、ましてや隔離対応は(一時的に周囲の安全確保のためには必要な場面もありますが)Aにとって負の影響(過去の差別的対応がフラッシュバックするリスク)が想定できるため、慎重に行う必要はあるかなと思います。
・負の感情を経験したときに自分の行動をコントロールし続けることが難しい(衝動)、いったん動揺すると感情を効果的に調節するためにできることはほとんどないという信念(戦略)は、児童虐待によってのみ予測
という先行研究からも、ER困難は虐待の影響であり、ERが媒介されて複雑性PTSDへと向かっていく可能性も想定しなければいけないです(複雑性PTSDの自己組織障害としてER困難がありますが、因果的には違った可能性もある、ということで)。
複雑性PTSDの見立てが可能である以上、環境調整やAへのSST的なものでなく、少なくとも心理療法などの治療見込みのあるケアが求められるのではないでしょうか。

所見は以下のようなものが想定できます。
知的には普通域にある。Aは挑発的な言動や暴言などの対人関係上の課題が目立つが、これは暴言暴力や差別的対応といった被虐待経験により、自尊心の低下や感情調整の困難さに加え、暴言や挑発的言動をAに対して行っていた家族成員より誤学習した結果表出した行動と考えられる。また、個別場面や指導的場面になると枠を崩そうとする行動化が激化することは、恐怖心を回避するための手段としてとっているもので、大人に対する恐怖心が根底にあるトラウマ反応といえる。
Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、保護者は児相の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続け、不安が高まったAが学校で暴言や奇声といった一層激しい行動化に至るといった構造が確認されている。
家庭復帰を目指すうえで、①保護者が感情的に不適切な行動をとらず、適切な対応を選択することができるようになること、②Aが保護者の適切な指導を受け入れられる状態を継続していくこと、の2点が求められる。②に関してはAの問題でなく、繰り返された虐待による複雑性PTSD症状として感情調節が困難となり、自己を守るトラウマ反応としての不適応行動だったと考え、継続した心理療法を行いAのケアと並行して、保護者への指導と環境調整を継続していくことが望ましい。

ここから先は個人の経験の話になるのですが、このPTSD症状的な攻撃行動を「悪い虫が脳で悪さをする」と表現した小学生が忘れられません。
私が子どもの行動化について“過去のつらい経験が多すぎたせいで、ちょっとしたことでも脳が自分を守ろうと頑張りすぎている”という説明をしました。子ども自身の理解を確認しようと思い、君の言葉でどう理解したか教えて欲しいと尋ねたところ、上記のような表現をしてくれました。
悪い虫が脳で悪さをする。いい表現だと思いませんか?激しい虐待により恐怖回避学習が過剰に進み、ER困難な状況でフラッシュバック的に攻撃反応を繰り返す、これをこの子の表現ではこうなるんだな、と。
とても正確でかつ受け入れやすい表現だと思ったので、以後いろんな子にこの表現を例に説明したりしていました。そんなことを思い出しながらこの記事を書いていました。
ちなみにその彼は元気にやっているそうです。


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