児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

ASDの感情調節障害

1.ASDと感情調節の概要
ASD児童は感情コントロールができず、かんしゃくを起こすことが珍しくないように感じます。ASDは感情調節が難しい性質をもっているのでしょうか。
感情調節の困難さは、自閉症スペクトラム障害ASD)を持つ子どもや成人にとって一般的な特徴の1つです。まずは感情調節の困難さとそのASDへの影響について簡単に説明します。

自他の感情認識と理解の困難:ASDの人々は、他人の感情を適切に認識し理解することが難しい場合があります。非言語的なサインや表情の読み取りが難しいため、他者の感情状態を正確に理解するのが難しいことがあります。その結果、適切な感情の反応や対処が難しくなり、感情の調節が困難になることがあります。また自己認識の困難も、ASDの感情調節の問題に関連しています。自己や他者の感情やニーズを理解することが難しく、自分自身の感情を認識し、適切に処理することが難しい場合があります。そのため、自分の感情を正しく識別することが難しく、感情の調節が困難になることがあります。
柔軟な思考や行動の困難:ASDの人々は、変化や予期せぬ出来事に対する適応が難しく、これによって感情が高ぶることがあります。また、一貫性やルーチンにこだわる傾向があり、その変更に対して強いストレスを感じることがあります。これらの柔軟性の欠如は、感情の調節にも影響を与える可能性があります。

以上のように、ASDの感情調節の困難さは、感情の認識や理解の困難さ、柔軟な思考や行動の困難など、さまざまな要因に起因しています。これらの特徴は、ASDの個々の症状や重症度によって異なる場合がありますが、感情調節の困難さがASDの中核的な特徴の1つであることは間違いありません。

2.ASD児の感情調節困難に関わるリスク因子
感情調節困難に陥ったASDはどのようなリスク因子を抱えているのでしょうか。どういったASD児童が感情調節困難に陥りやすいのか、という視点で見ていくと良いのかなと思います。
以下、乳原・石川(2016)より引用多数で恐縮ですが、リスク因子を並べていきます。

アレキシサイミア:アレキシサイミアとは,感情を特定,区別,記述することに困難を感じている状態のことであり,ASD を抱える人は発達段階に関わらず,アレキシサイミアの傾向が強いことが知られている(Berthoz & Hill,2005;Rieffe et al., 2007)。感情を特定する能力の高さは,適切な感情調節の使用と正の相関があることからも(Barrett et al., 2001),アレキシサイミアの傾向が強いASD の子どもは,感情調節が妨げられている可能性がある。
心の理論:ASD の子どもは心の理論の障害を持つことが知られている(Loukusa et al., 2014)。ASD の子どもは他者の発する社会的・感情的てがかりを正確に読み取れないために,感情調節方略を実施できなかったり,適切なタイミングで使用することができなかったりするとされている(Mazefsky & White, 2014)。 
認知的柔軟性:ASD の子どもの持つ認知的な特徴としては,認知的柔軟性の欠如,問題解決能力の低さが挙げられる。適切な感情調節方略は,文脈内の重要な側面を適切に見分ける能力を必要としていることから(Mazefsky etal., 2013),ASD の中核的な症状である認知的な頑固さ,あるいは柔軟性の欠如によって適切な感情調節が妨げられている(Mazefsky &White, 2014)。
衝動性:衝動性の高さは適切な感情調節を妨げるが,ASD の子どもの約50%が高い衝動性を持つことが示されている(Murray, 2010)。衝動性の高さによって,即効的で自動的な反応(例えば,叩く,叫ぶなど)を阻止することができなくなり,その結果として不適切な感情調節方略を使用すると考えられている(Mazefsky & White, 2014)。
変化や刺激への過敏さ:変化や刺激に対する敏感さは,変化に対する不安や感覚の過敏さにつながり,問題行動の増加のリスク要因になると言われている(Mazefsky,2012)。環境の変化や刺激に対する混乱によって,即効的で自動的な反応が出現していることが推察される。
葛藤場面の対処戦略:ASD 児は葛藤場面に対して(b)あきらめ行動を有意に多く表していることが報告されている。また,(d)感情調節のための方法に関して,ASD 児は表出や回避を頻繁に使用し,建設的な方法をより使用しにくいことが報告されている(Jahromi, Meek, & Ober-Reynolds,2012)。また、行動観察による未就学のASD 児における感情調節の検討の結果,ASD 児は感情を調節するために保護者を求める行動が見られず,1人で感情を調節しようとすることが示されている。また,自己調節においても適切な感情調節の方法を使用できておらず,回避や表出行動などの不適切な感情調節方略に頼っていることが明らかになっている(乳原・石川,2016)。

さらに新しい知見では
ASDの受容言語能力の向上が、親が報告する感情調節能力の向上と有意に関連(Cibralic et al., 2023)
ASD特性の重症度と感情調節不全との間に正の関連性があること、さらに、実行機能は、ASD 特性と感情制御の間の関係を仲介する(Costescu et al., 2023)
ASDは、社会的互恵性、社会的参加/回避、共感性および体系化スコアが低く、有害な社会的行動、受容感覚スコアが高かった。感覚の探求、低い感覚受容、および共感と体系化は、ソーシャルスキルの合計スコアを有意に予測した。(Kose et al., 2023)
といった社会的・機能的なリスク因子も多く示されています。

3.ASDの感情調節障害に対する介入
感情の調節不全はASDの人にとって共通の課題であり、行動上の問題、社会的困難、精神的健康問題の増加に関連しています。この問題に対処するために、研究者たちは、ASD 人口の感情調節スキルを対象としたさまざまな介入を開発し、評価してきました。
しかし、ASDにおけるERプロセスを明確に標的とする介入はほとんど開発されていない。ER は、ASD で使用されているいくつかの既存の心理社会的治療法で扱われる可能性があります。これには、ポジティブな行動サポートの提供、感情的な言語の強化、および修正された認知行動療法が含まれます。将来必要とされる分野には、治療計画と評価を目的とした ASD の ER を評価する手段の開発と検証、および ASD の独特の特性を組み込んだ ER を促進する介入の開発が含まれます(Mazefsky & White, 2014)。
ストレス・怒り管理計画([STAMP] Factor et al., 2019; Scarpa & Reyes, 2011)、Emotional Awareness and Skills Enhancement (EASE)プログラム(Conner et al., 2019)などは一定の有効性が示されているようですが、それでもまだ多いと言えない現状かなと思いました。

4.感情調節におけるASDの特異性
ASD者とそうでない人では、感情を制御するための認知行動テクニックはどのように異なるのでしょうか。ASDだからといって認知方略に違いがあったりするのでしょうか。最近お気に入りのAIに聞いてみました(https://www.perplexity.ai/)。↓
1.認知の柔軟性と剛性:ASD を持つ人は、多くの場合、より認知的な硬直性があり、認知的な柔軟性に困難を示します。これにより、別の視点を考慮する能力が必要となるため、認知の再構成や再評価の手法がより困難になる可能性があります。ASD を持つ個人への介入では、感情調整スキルと並行して認知的柔軟性を構築することに重点を置く必要があるかもしれません。
2.社会的認知と視点の獲得:社会的認知と心の理論の欠陥はASDによく見られます。これは、自分自身や他人の感情状態を正確に特定して対応する能力に影響を与える可能性があります。ASDを持つ個人への介入には、感情の制御戦略と並行して、社会感情の理解と視点の取得に関するより明確なトレーニングを組み込む必要があるかもしれません。
3.行動的アプローチと認知的アプローチ:ASDおよび行動上の問題を抱える個人にとって、行動的感情制御戦略(例:対処スキルトレーニング)が、純粋に認知的アプローチ(例:認知再構築)よりも効果的である可能性があるという証拠がいくつかある。ASD を持つ個人への介入では、より抽象的な認知技術と比較して、具体的な行動的感情制御スキルを教えることに重点を置く必要があるかもしれません。
4.カスタマイズされた心理教育:ASDを持つ個人は、自分の状態の性質、感情調節の役割、そしてその独特の認知的および社会的プロフィールを考慮して認知行動戦略をどのように適用できるかについて、よりカスタマイズされた心理教育を必要とする場合があります。
5.介護者の関与:ASD を持つ個人が直面する社会的および認知的課題を考慮すると、介護者を巻き込み、人間関係における感情の制御に焦点を当てた介入が特に重要である可能性があります。
要約すると、検索結果は、ASDにおける感情制御のための認知行動介入は、非ASDに対するアプローチと比較して、行動戦略、社会的認知、介護者の関与に重点を置き、障害に関連する中核的欠陥に対処するために適応させる必要がある可能性があることを示唆している。

以上、ASDの感情調節障害に関するリスク因子や介入方法についてレビューしました。
比較的具体的なリスク因子が特定されている一方で、有力な治療法などはまだ限定的なようです。
自己感情の分化(感覚と言語の一致が難しい感じ?)が進んでいない児童が多い中で、どこまで感情言語の強化が有効なのか、メタ認知がそもそもきちんと働いてくれるのかなど、疑問は多々あります。
いずれにせよ、ASDの特性の1つに感情調節の困難さがあり、それが不適切な行動化につながる可能性があるものの、介入の開発はあまり進んでいないということなので、今後の科学の進歩に期待したいですね。

引用文献
Cibralic, S., Kohlhoff, J., Wallace, N., McMahon, C., & Eapen, V. (2023). Emotional Regulation and Language in Young Children With and Without Autism Traits. Journal of Early Intervention, 10538151231176188.
Conner, C. M., White, S. W., Beck, K. B., Golt, J., Smith, I. C., & Mazefsky, C. A. (2019). Improving emotion regulation ability in autism: The Emotional Awareness and Skills Enhancement (EASE) program. Autism, 23(5), 1273–1287. https://doi.org/10.1177/1362361318810709
Costescu, C., Adrian, R., & Carmen, D. (2023). Executive functions and emotion regulation in children with autism spectrum disorders. European Journal of Special Needs Education, 1-10.
Factor, R. S., Swain, D. M., Antezana, L., Muskett, A., Gatto, A. J., Radtke, S. R., & Scarpa, A. (2019). Teaching emotion regulation to children with autism spectrum disorder: Outcomes of the Stress and Anger Management Program (STAMP). Bulletin of the Menninger Clinic, 83(3), 235–258. https://doi.org/10.1521/bumc.2019.83.3.235
Kose, S., Turer, F., Inal Kaleli, I., Calik Senturk, H. N., Ozuysal Uyar, D. H., & Bildik, T. (2023). The Relationship Between Social Skills and Sensory Profile, Emotion Regulation, and Empathizing/Systemizing in Adolescents on the Autism Spectrum. Journal of Autism and Developmental Disorders, 1-17.
Mazefsky, C. A., & White, S. W. (2014). Emotion regulation: Concepts & practice in autism spectrum disorder. Child and Adolescent Psychiatric Clinics, 23(1), 15-24.
Scarpa, A., & Reyes, N. M. (2011). Improving emotion regulation with CBT in young children with high functioning autism spectrum disorders: A pilot study. Behavioural and Cognitive Psychotherapy, 39(4), 495–500. https://doi.org/10.1017/S1352465811000063
乳原彩香 & 石川信一. (2016). 自閉スペクトラム症を抱える子どもの感情調節機能についての研究展望 (Doctoral dissertation, Doshisha University).