児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

敵意帰属バイアス(Hostile Attribution Bias:HAB/Hostile Intent Attribution:HIA)

1.敵意帰属バイアスの概要
敵意帰属バイアスとは、あいまいで中立的な社会的手がかりを、意図的に敵意や攻撃性があると解釈する認知バイアスのことです。言い換えれば、他者の行動には別の説明が可能であるにもかかわらず、その行動や言葉に敵意があるとする傾向といえます。たとえば“声をかけただけで覚醒して蹴ってくる被虐待児”や“失敗を指摘した他児を反射的に攻撃する児童”などがこのバイアス強めな可能性が考えられます。このバイアスは、実際には存在しないかもしれない敵意を知覚させ、過剰反応、防衛的、攻撃的な反応を引き起こす可能性があります。以下、概要について先行研究とともに説明していきます。
幼少期や青年期に否定的な経験に遭遇した人は、他者の曖昧な行動を敵対的、脅威的、自分自身に向けられたものとして経験する可能性が高く、脅威に対する過敏性と敵対的な意図帰属の持続的なパターンに影響される(Dodge et al., 2015)。人の行動が意図的に有害であると認識されることで、こうした人はより攻撃的に反応しやすくなる。このメカニズムが「敵対的帰属バイアス」(HAB)と呼ばれる。
HABとは、特に社会的文脈の手がかりがあいまいであったり、予測不可能であったり、解釈が困難であったりする場合に、他者の行動を敵対的意図があると解釈してしまう傾向のことで(Milich & Dodge, 1984)、環境の手がかりの不正確な解釈が敵意と関連が示されている (Hoaken et al., 2007)。社会的情報処理理論によれば、HABは、現在の否定的な出来事によって、他者や出来事を表す否定的な認知スキーマや経験が活性化され、過去の出来事と意識的または無意識的に関連づけられることで出現する(Guerra & Huesmann, 2004)。
挑発や脅威に対する誰かの反応は、客観的な社会的手がかりのみに依存するのではなく、社会的情報の処理方法に強く影響されるとしている(Setchell, Fritz, & Glasgow, 2017)。社会的情報の処理は、(i)手がかりを符号化することから始まり、次のように循環的に行われる: (ii)それらの手がかりの解釈、(iii)目標の明確化、(iv)反応の生成、(v)反応の選択と効果評価、そして最後に(vi)行動である(Crick & Dodge, 1994)。最初の2つの段階は初期社会情報処理と呼ばれ、不明瞭であいまいな状況を誤って解釈し、脅威の思考や感情を呼び起こすため、反応性の攻撃行動を引き起こすと提唱されている。HABはこの段階の重要な構成要素である。

2.敵対的帰属バイアスのリスク因子
 敵意帰属バイアス(HAB/HIA)になってしまうリスク因子はどのようなものがあるのでしょうか。
・関連あり
仲間に対するHIAと攻撃性の関係は、攻撃的で拒絶される子どもほど強い(Verhoef et al., 2019)
反応的攻撃性が、小児および青少年におけるHABと攻撃性との正の関連性の原動力である。関係性攻撃性が高い子供は、関係性攻撃性が低い子供よりもより多くの関係性 HAB を示し、物理的な HAB は示さなかった。対照的に、身体的攻撃性が高い子供は、身体的 HAB が高く、関係的 HAB は示されなかった(Martinelli et al., 2018)。
HAB と攻撃性の間に小から中程度の正の関連を示し、攻撃性の高い個人はあいまいな刺激や敵対的な状況で一層相手が敵対的な意図を持っているとも考えることが示唆された(Tuente, Bogaerts & Veling, 2019)。
反応的攻撃性におけるHABは脅威に関連する刺激に向けられるという注意処理の偏りに関連(Manning, 2020)。

・関連なし
HIAと攻撃性の関係の強さは仲間の親密さに依存しない(Verhoef et al., 2019)
HIAは反応性攻撃性の方が攻撃性一般よりも強い訳ではなく、ADHDにより強まることもない(Verhoef et al., 2019)

3.敵意帰属バイアスの治療
 敵意帰属バイアスの治療についての研究は限定的です。僕が知っている中ではシナリオ完了トレーニングというものがあり、比較的実施しやすいのではないかなと感じました。
シナリオ完了トレーニング(Van Bockstaele et al., 2020):他人の動機や行動が肯定的にも否定的にも解釈できる曖昧なシナリオを、一度に 1 文ずつコンピューター画面上に提示しました。シナリオの内容は、Novaco Anger Scale and Provocation Inventory ( Novaco, 2003 ) およびHawkins and Cougle (2013)によって使用されたシナリオに触発されていますが、青少年向けに適応されています (つまり、より短い文、より簡単な言葉遣い)。最後の文では、曖昧さをなくすための重要な単語が単語の断片として提示され、参加者はこの断片を完成することが求められました。
例:私が先生とダンスをしているところ、先生が私の足を踏んだ。先生は________
ちなみにこのトレーニング、文章を作っていかなきゃなのですが、ChatGPTに生成させると楽に作れます。プロンプト(和訳)は
「あいまいなシナリオ完了トレーニング(ambiguous scenario completion training)(Van Bockstaele et al., 2020)という名前のトレーニングがあります。このトレーニングでは短いシナリオを使用します。このトレーニングに使用するシナリオを作成してください。シナリオの要件は、以下の6つです。
1.他人の動機や行動が肯定的にも否定的にも解釈できる曖昧なシナリオ
2.より短い文
3.より簡単な言葉遣い
4.曖昧さをなくすための重要な単語をシナリオ中の断片として提示する
5.参加者の課題はこの空白を完成させること
6.シナリオの例は“私が先生とダンスをしているところ、先生が私の足を踏んだ。先生は________”」
でした。これで提示されたシナリオを、トレーニングで使用しやすいように改変し、心理教育として使用しています。

4.まとめ
敵意帰属バイアスはかなり子どもの適応を悪化させるので、個人のニーズに基づいて介入を調整し、まずは敵対的帰属バイアスの原因となりうる根本的な心理状態に対処することが重要だと思います。その後、心理教育などでバイアスを改善するといった流れでしょうか。
被虐待児はこのバイアスに苦しめられている子が多い印象なので、ぜひアセスメントでターゲットを特定して、ケアをしてあげてほしいです。

引用文献
Dodge, K. A., Malone, P. S., Lansford, J. E., Sorbring, E., Skinner, A. T., Tapanya, S., ... & Pastorelli, C. (2015). Hostile attributional bias and aggressive behavior in global context. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112(30), 9310-9315.
Hawkins, K. A., & Cougle, J. R. (2013). Effects of interpretation training on hostile attribution bias and reactivity to interpersonal insult. Behavior Therapy, 44(3), 479-488.
Manning, K. E. (2020). Seeing red? A systematic review of the evidence for attentional biases to threat-relevant stimuli in propensity to reactive aggression. Aggression and violent behavior, 50, 101359.
Martinelli, A., Ackermann, K., Bernhard, A., Freitag, C. M., & Schwenck, C. (2018). Hostile attribution bias and aggression in children and adolescents: A systematic literature review on the influence of aggression subtype and gender. Aggression and violent behavior, 39, 25-32.
Novaco, R. W. (2003). The Novaco anger scale and provocation inventory: NAS-PI. Los Angeles, CA: Western Psychological Services.
Setchell, S., Fritz, P. T., & Glasgow, J. (2017). Relation between social information processing and intimate partner violence in dating couples. Aggressive behavior, 43(4), 329-341.
Tuente, S. K., Bogaerts, S., & Veling, W. (2019). Hostile attribution bias and aggression in adults-a systematic review. Aggression and violent behavior, 46, 66-81.
Verhoef, R. E., Alsem, S. C., Verhulp, E. E., & De Castro, B. O. (2019). Hostile intent attribution and aggressive behavior in children revisited: A meta‐analysis. Child development, 90(5), e525-e547.
Van Bockstaele, B., van der Molen, M. J., van Nieuwenhuijzen, M., & Salemink, E. (2020). Modification of hostile attribution bias reduces self-reported reactive aggressive behavior in adolescents. Journal of experimental child psychology, 194, 104811.