児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

社会的(語用論的)コミュニケーション症(Social (Pragmatic) Communication Disorder:SPCD/SCD(SPCD))

大学院の課題でカプラン(Sadock et al., 2016)をベースにまとめたものです。せっかくなのでこちらにも。
いわゆるASDと混同されがちな診断、という印象です。
ASDと思っていた子が実はSPCDだった、なんてことは結構ある気がします。

0.概要
言語障害の一つ。かつては「広汎性発達障害」と分類されていたが、DSM-5で社会的(語用論的)コミュニケーション症と新たに追加された。コミュニケーションの社会的使用における持続的な障害で、自閉スペクトラム症ASD)とは異なり特定の物事に対する興味の偏りや反復的行動は伴わない。
この障害は、言語使用の社会における決まり事や身振り、社会的文脈を理解したりそれらに従ったりすることが難しいという形で現れる。本障害は音声言語の習得の遅れに加え、現在/生涯の構造的言語障害が挙げられ、ADHD、LD、行動障害などの症状が見られることも報告されている。
SCD(SPCD)の歴史と概念の源について、著者や研究施設によって使用される用語は異なり、そのような子どもは「意味語用法症候群」「意味語用法的困難」「会話障害」「語用法障害」「意味語用法障害」そして最近では「語用性言語障害(PLI)」として報告されている。従来、PLIを持つ子どもたちは、社会的文脈における言語や身振りの不適切/非有効な使用を示すと定義され11、PLI児の言語の構造的要素(語彙や文法など)は比較的保たれているが、文脈に依存した言語の使用や理解、言語使用の社会的ルールや慣習に従うことは損なわれていた。ASDs児によく見られる反復的、制限的行動や興味を示さない子どもが大半を占めていると報告されている。そのため、言語障害文献におけるPLIと児童精神医学文献における高機能自閉症アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)との類似点・相違点が指摘され、その概念の収束性・発散性が議論されてきた。
SPCDがDSM-5に導入された理由としては、限定された反復的な興味や行動は見られないがゆえにASDの診断基準を満たさないけれども、コミュニケーション困難な児童を考慮してのことである。SPCDは使われた単語を理解するだけでなく、社会的環境の理解の中にフレーズを統合させて意味を推測する能力を包含する。
本障害の診断の問題点としては、DSM-5 に記載されているように、SCD(SPCD) の概念は曖昧で、LD、PLI、ASD との関係が特定されておらず、高い併存率を示し、その時間的安定性が明らかでないため、診断の妥当性に問題がある。

1.疫学
 有病率の推定は困難。言語障害のある家族の3分の1は、少なくとも軽度/中等度の社会的コミュニケーション障害(36.6%)および制限された関心と反復的行動(43.3%)を示した。また、非感染者の一部も、軽度/中等度レベルの社会的コミュニケーション障害(両親=10.1%、兄弟姉妹=11.6%)および制限された興味と反復的行動(両親=14.0%、兄弟姉妹=22.1%)を呈していた。しかしこれらのデータは、社会的コミュニケーション障害と制限された興味と反復行動の両方を持ちながら臨床サービスを必要としている子どものプロファイルを、SPCDが捉えていないことを示唆している。

2.病因
 コミュニケーション症、ASD、限局性学習症の家族歴があると、社会的(語用論的)コミュニケーション症のリスクが高まるため、この障害の発生には遺伝的な影響が関係していると考えられている。しかし、言語症やADHDの合併の多さを考えると、遺伝以外に環境や発達上の問題も関係している可能性がある。
 SCD(SPCD)の神経解剖学について、ASD男児において、両側の内側尾状頭の変形が社会的コミュニケーションの問題と相関していることと上縦束と前頭葉アスラント路の分数異方性がSCQの社会的相互作用下位尺度と関連すること、ASD の青年・若年成人において、右前頭葉の完全性が社会的コミュニケーション質問票(SCQ)の下位スコアと強い相関があること、ASDの一卵性双生児において、社会コミュニケーションの障害が小脳底の変化と相関していることなどが報告されている。

3.診断と臨床的特徴
 臨床的特徴
 SPCDの特徴としては、暗示的な文章や、比喩、ユーモア、格言などの間接的な言葉の使い方の処理に障害がある。また、文脈に応じた挨拶、会話の順番待ち、文脈に応じた行動の調整など、言語的なコミュニケーションに加え、非言語的なコミュニケーションの問題も見られる。そして限定された反復的な行動様式は認めない。
 診断基準(DSM-5)
A.言語的および非言語的なコミュニケーションの社会的使用における持続的な困難さで、以下のうちすべてによって明らかになる。
1. 社会的状況に適切な様式で、挨拶や情報を共有するといった社会的な目的でコミュニケーションを用いることの欠陥)
2. 遊び場と教室とで喋り方を変える、相手が大人か子どもかで話し方を変える、過度に堅苦しい言葉を避けるなど、状況や聞き手の要求に合わせてコミュニケーションを変えるための能力の障害
3. 会話で相づちを打つ、誤解されたときに言い換える、相互関係を調整するための言語的および非言語的な合図の使い方を理解するなど、会話や話術のルールに従うことの困難さ
4. 明確に示されていないこと(例:推測すること)や、字義どおりでなかったりあいまいであったりする言葉の意味(例:慣用句、ユーモア、隠喩、解釈の状況によっては複数の意味をもつ話)を理解することの困難さ
B.それらの欠陥は、効果的なコミュニケーション、社会参加、社会的関係、学業成績、および職業的遂行能力の1つまたは複数に機能的制限をもたらす。
C.症状は発達期早期より出現している(しかし、能力の限界を超えた社会的コミュニケーションが要求されるまでは、その欠陥は完全には明らかにならないかもしれない)。
D.その状況は他の医学的または神経疾患、および言語の構造や文法の領域における能力の低さによるものではなく、自閉スペクトラム症、知的能力障害(知的発達症)、全般的発達遅延、および他の精神疾患ではうまく説明されない。

4.鑑別診断
ASDASDで限定された反復的な興味や行動が発達早期で顕著であったが徐々に目立たなくなることも多い。この特徴が現在認められなくても過去に認められればASDと診断され、SPCDとは診断されない。あくまでもSPCDは「限定された反復的な興味や行動が一度も認められなかったときの診断」である。
社交不安症:社交不安症では、対人関係のコミュニケーション能力は保たれているが、不安を感じる社会的状況ではその能力が発揮されないものである。一方SPCDでは、適切な対人関係のコミュニケーションスキルがどの場面でも見られない。
知的障害:知的障害のためにコミュニケーション能力が障害されている子どもがSPCDと混同される可能性もある。SPCD診断は対人関係のコミュニケーション能力の障害が明らかに知的能力障害よりも重度の場合に飲み下されるべきである。

5.経過と予後
 個人差が大きく、何もしなくても数年で改善する人もいれば、大人になっても困難が持続する人もいる。5歳までにはほとんどの患児が対人コミュニケーションの障害があるとはっきりわかるような話し言葉と言語能力を呈するようになる。例え症状は改善しても、幼少期にこの障害があったことで生じた学業成績や対人関係の問題が長引くこともある。

6.治療・介入
 治療で明確なエビデンスのあるものはほとんどない。動物モデルや初期の臨床試験のデータから、N-methyl-D-aspartate モジュレーター、γ-アミノ酪酸アゴニスト、メタボトロピックグルタミン酸受容体アンタゴニスト、神経ペプチドなどの新規および既存の化合物は、ASD における社会的コミュニケーション/機能を高める可能性があることが示唆されている 。一方、心の理論や拡張/代替コミュニケーションへの介入は、ASDの社会的コミュニケーションに影響を与えないことが示されたが、SCD(SPCD)の子どもへの影響(もしあるならば)はまだ不明である。

参考文献
Flax, J., Gwin, C., Wilson, S., Fradkin, Y., Buyske, S., & Brzustowicz, L. (2019). Social (pragmatic) communication disorder: Another name for the broad autism phenotype?. Autism, 23(8), 1982-1992.
Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P, 井上令一,四宮滋子,田宮 聡. (2016). カプラン臨床精神医学テキストDSM-5診断基準の臨床への展開 第3版. メディカル・サイエンス・インターナショナル.
Topal, Z., Samurcu, N. D., Taskiran, S., Tufan, A. E., & Semerci, B. (2018). Social communication disorder: A narrative review on current insights. Neuropsychiatric disease and treatment, 14, 2039.