児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

性的虐待順応症候群が児相界隈で無批判に受け入れられていることについて

性的虐待順応症候群(Child sexual abuse accommodation syndrome:以下CSAAS)という言葉があります。
先日弁護士さんに声を掛けられて話を聞いているうちに、どうも児相がおかしな話を展開していることを知りました。CSAASを根拠にして裁判を戦っているようです。これって、そもそも児童虐待があった根拠になる概念なのでしょうか。弁護士さんは不安を抱えていたそうです。私も正直に「なにそれこわーい」と発してしまいました。
どこかから「余計な話をするな」と御叱りを受けそうな話題なんですが、ぶっちゃけ分かる人がちゃんと調べれば辿り着く結論なので、きちんとここで話題にしたいと思います。

CSAASとは何か。以下に田崎他(2017)による、シンポジウム5:性的虐待の被害児童を支援する─福祉・医療がするべきこと─, 児童青年精神医学とその近接領域, 2017 年 58 巻 5 号 p. 669-676から引用します。
 米国の精神科医ローランド・サミットは1983年 「性的虐待順応症候群(CSAAS)」 を発表した。これは性的虐待を受けた子どものノーマルな心理反応であり,性虐待の発見や対応のためには知っておく必要のある内容である(Summit, 1983)。
1 )性的虐待を秘密にしようとする
 加害者から子どもへの脅しや口止めにより,言ってはいけないことだと子どもが思い込む。また,開示しても 「誰も信じないよ」 と加害者が子どもに伝えることで口封じを強化させる。
2 )自分は無力で状況を変えることはできないと感じる
 子どもは保護者や権威ある人に 「いや」 ということができず,わいせつな行為をされても寝たふりをしたり,隠れたり,解離したりするのが精いっぱいなことが多い。
3 )加害者を含めた周りの大人の期待に合わせよう,順応しようとする
 子どもは秘密にすることと無力感の中で生活しており,その生活に順応しようとする。
4 )被害の開示の遅れ,開示内容に矛盾があること,開示が説得力に欠けること
 子どもの性的虐待の開示が遅れるのは極めて正常なことである。しかし虐待の説明が,矛盾していたり,開示が遅れたりすることで,子どもによる報告の内容の信ぴょう性が疑われてしまうこととなる。
5 )被害を開示した後で撤回する
 自分だけ家族から引き離される,開示しても信じてもらえないなど,開示後に起こるかもしれないと恐れていたことが本当に起こった場合に虐待の開示を撤回する子どももいる。
 子どもたちが,自分が悪かったと思いこんでいる罪悪感,加害者や家族が自分のことで困った立場へ立たされることへの不安,性的虐待が立証されたら自分の身はどうなるのかという恐れなどが上記のような反応を子どもに引き起こす。

だ、そうです。

現場において、私個人はこの用語を使用したことはありません。それはきちんとした診断基準として存在するものではない、いわゆるスラングのようなものだからです。
しかし、どうやら私の知らない場所で、この用語がかなり幅を利かせて使用されているそうです。
例えば裁判の場で、「子どもが証言を撤回したのは、まさしくCSAASによるものだ!だから性的虐待はあったんだ!」のような感じのようです。
また専門職への研修の場で、通称性虐おじさんと言われている方が、この用語をベースに性虐を語っていると聞きます。
ofSを広めている1人である某先生も、この用語を用いて性虐についての話をしていました(https://news.yahoo.co.jp/articles/11f443b025fad137e76ee5cadf0a27b0388d8198?page=2)。

しかし、Wikipediaレベルですらこの症候群を否定しています
https://en.wikipedia.org/wiki/Child_sexual_abuse_accommodation_syndrome
サミット自身は後の論文で、多くの人が「症候群」という用語の使用によって誤解を受けていた程度や、彼の理論が行動科学と刑事裁判の両方の診断法として不適切に使用されていたことを認識していた。
いくつかの州がCSAASに関する証言を禁止しているが、これは、報告が遅れている場合を除き、科学者に一般的に受け入れられていないという証拠に基づくものである。アメリカ精神医学会もアメリカ心理学会も、CSAASを認めていない。

新しいところでは、Kamalaら(2020)「Analyzing the scientific foundation of Child Sexual Abuse Accommodation Syndrome」においても、CSAASが科学的根拠に乏しい、科学的根拠に基づいているものだとしているLyon氏の提言には賛同できない、等の否定的意見が出されています(London氏の共同研究者だからという邪推もできるが)。

色々と思うところはありますが、一度このCSAASについての議論を、肯定否定両面を込みで整理してみようと思います。

・議論の流れ
このCSAASの歴史としては、Summit氏が提言⇒客観性の乏しさetcの科学的根拠についての批判⇒Lyon氏がCSAASをフォローする意見を出す(Lyonら(2007)「False denials.Overcoming methodological biases in abuse disclosure research」など)⇒その意見の客観性について批判…
と流れていき、最終的に「影響力のある決定が行われている法廷などの場では使用されるべきでない」と落ち着いた感じがします。
結局のところ、CSAASの科学的根拠の乏しさ、研究法の不適切さなどの指摘が相次いだ結果、この用語が専門的には受け入れられていない状況になっちゃった感があります。
ちなみに、おおむね肯定的意見に回っているLyon氏の関わっている以下の比較的最近の論文
Thomas D. Lyon, Hayden M. Henderson(2021), Increasing true reports without increasing false reports: Best practice interviewing methods and open-ended wh-questions. American Professional Society on the Abuse of Children Advisor, Legal Studies Research Paper Series No. 21-1,January 4, 2021.
Elizabeth B Rush , Thomas D Lyon , Elizabeth C Ahern , Jodi A Quas (2014),Disclosure Suspicion Bias and Abuse Disclosure: Comparisons Between Sexual and Physical Abuse. Child Maltreat.,2014,19(2):113-118.
では、Child sexual abuse accommodation syndromeの単語は1度も出てきていません。内容的には言及されても良さそうなんですけどね。やっぱりもう使わないようにしているんだろうかと思っちゃう(調べ不足なだけだったらごめんなさい)

・否定的意見の一部
Londonら(2005)「Disclosure of child sexual abuse: What does the research tell us about the ways that children tell」では、撤回はまれであり、CSAが「診断」される確実性に関連しているとしさしています(“撤回はまれ”という表現は後述する研究で否定できそうです)。
科学的根拠の乏しさ、研究法の不適切さに言及した論文はたくさんあるので割愛します。要は、それだけ研究的には不適合な概念だったということなんですね。

否定的意見に入れるべきかは迷いましたが、Summit(1983)の中で語られている、症候群の出立についてです。Summitの論文は独自の研究でも系統的な研究のレビューでもなく、彼の結論は主に臨床相談員としての仕事や専門家、インフォーマルな関係者からの「お墨付き」に基づいていることを強調しているのです(Summit, 1983, p. 180)。なので、この症候群自体、臨床的経験則から作られたものであって、科学的客観性によって作られたものではないといえます。
また、この症候群の提唱者であるSummit(1992)より、重大な危惧が語られています。それは、本来CSAASは、性的虐待の被害者が直面する偏見に対処する手段として使用する意図があったにもかかわらず、証人が真実を語っている可能性があることを証明するための武器として司法現場で使用されている、というものです。同氏は自身の著書の中で、CSAASは診断ツールとしての利用を意図したものではないことを繰り返し述べている訳です。Summit氏本人が危惧していた状況が、日本において展開されてしまっているんですね。

・提案
Summit氏の提言を無視はできない。でも裁判で戦える何かが欲しい。
そこで、CSAASで提唱されている各タームをそれぞれ立証していく手法はどうでしょうか。

性的虐待を秘密にしようとすることを示す先行研究があります。
Londonら(2005)「Disclosure of child sexual abuse: what does the research tell us about the ways that children tell?」によると、子どもの頃に性的虐待を受けた成人を対象とした 11 の研究をレビューの結果、成人の参加者の60~70%は幼少期に虐待を開示しなかったとのことです。
London ら(2008)「Review of the contemporary literature on how children report sexual abuse to others: findings, methodological issues, and implications for forensic interviewers.Memory 16:29–47」によると、小児期に性的虐待を受けた成人の55~69%が児童期に虐待を開示しなかったと回答していた。また開示は1ヶ月から5年以上遅れていました。

遅延開示の存在を示す先行研究があります。
Farrellら(1981)「Prepubertal gonorrhea: A multidisciplinary approach. Pediatrics, 67, 151-53.」では、24人の子どもが最終的に性的接触の開示をした子どもたちのうち、少なくとも71%(17/24人)は、最初に質問されたときに虐待を開示しませんでした。
Ingramら(1982年)「Sexual contact in children with gonorrhea. American Journal of Diseases of Children, 136, 994-96.」では、淋病の女児において最終的に性的接触を開示した少女のうち、少なくとも62%(8/13)は最初に開示しませんでした。

開示内容の矛盾について示す先行研究があります。
Sjobergら(2002)「Limited disclosure of sexual abuse in children whose experiences were documented by videotape.」では、加害者によってビデオ撮影された102件の暴行事件について、被害者の供述と併せて調査したところ、確認された被害者は性的虐待を過小評価または否定して報告がなされていました。子どもが性的虐待の経験を開示しない理由としては、虐待の側面に対する理解不足、感情的な動機、幼少期の健忘症、虐待に関連した記憶を忘れようとしたり避けようとする活動的な行動が記憶障害につながるなど、さまざまな理由が示唆されています。この研究のサンプルは9と少なく、男児8と男児に偏りがあるので解釈には注意が必要ですが。

撤回について示す先行研究があります。
Malloy ら(2007)「Filial dependency and recantation of child sexual abuse allegations.」では、撤回は珍しいことではなく、成人の家族の影響に対する子供の脆弱性の影響を受けることを示唆しています。
Hershkowitzら (2014)「Allegation rates in forensic child abuse investigations: Comparing the revised and standard NICHD protocols.」では、虐待が裏付けられた身体的および性的虐待のケースで25%の撤回率を報告しました。
Lindsayら(2016)「Familial Influences on Recantation in Substantiated Child Sexual Abuse Cases」では、家族(非加害者である養育者以外の家族)が子どもの申し立てを信じていると表明した人が1人でもいる場合に子どもは撤回する可能性が低い/家族(非加害者である養育者以外の家族)が申し立てに不信感を表明した場合、子どもは撤回する可能性が高くなることが明らかになりました(疑惑を明確に信じていることを表明した家族が少なくとも1人いた子供の33%が撤回したのに対し、そのような家族がいなかった子供の56%は撤回していた/不信感を表明した家族が少なくとも1人いた子どもの撤回率は66%であったのに対し、そのような家族がいなかった子どもの撤回率は44%)。また、現在の居場所(すなわち、開示時の生活状況)にとどまっていた子どもたちは、一時保護等で分離した子どもたちよりも、撤回する可能性が高かった(在宅の子どもたちの撤回率が68%に対し、分離した子どもたちの撤回率は46%)この結果は、社会的プロセスが性的虐待の報告を撤回する動機となることを示唆していますが、いずれにせよ撤回可能性は低くはないというものでした。


以上を見てみると、性的虐待順応症候群(Child sexual abuse accommodation syndrome:CSAAS)についてはSummit氏のペーパーを見ても、その用語の出立自体には科学的根拠・客観性に乏しい概念と言わざるを得ず、法定等の場や公的機関の意見書に用いることは避けるべきだと思います。
しかしSummit氏が提言している症候群の各タームについて詳細に見ていくと、臨床的体験から示唆を得て構成した概念が、データでも立証されつつあるように思われます。
CSAASをバラした要素ごとに、例えば「性的虐待における撤回は珍しくないことが先行研究で示されているため、撤回したから性的虐待はなかったと言い切ることはできない。/性的虐待開示の撤回は、性的虐待被害者においてごく一般的な行動であることが示されているからだ。」のように用いることはできるのではないでしょうか。

いずれにせよ、「撤回はCSAASのパターンやんけ!性虐あった証拠や!」みたいに用いるのはご法度であることはご理解いただけたと思います。あくまでも統計上の話であることと、現時点ではCSAASとしての立証はされていません。そもそもCSAASが専門的に認められている前提での話をすることは避けなければいけません。要素にバラしたらある程度根拠が得られそうだ、という程度に過ぎません(程度と言っても大きな成果ですが)。
でも近い将来、CSAASの概念が再構成されて立証されていく可能性はありそうですね。性的虐待の予後の悪さや不開示状況における児童の予後の悪さ等を考えると、きちんと立証され活用されていくであろうその日が楽しみです。