児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

内的作業モデル(IWM)について分かっていること+アセスメントへの応用

内的作業モデル(IWM)は,以前のエントリーでも触れました。虐待の世界ではよく用いられる概念ですね。

 

定義的なものを改めて説明すると,ボウルビィが提唱した,乳幼児期の親子関係の中で形成される対人表象についてのモデルです。

私は〇〇したら~~してもらえる,××な時は~~ってなる,の積み重ねで,単純には対人関係の応答についての基本的なモデルみたいなイメージでいいと思います,という風に説明しました。

今回は,そのIWMについて今現在分かっていることを紹介し,最終的にIWMの概念を簡単に統合できればと思います。

 

突然ですが,私の隣の席のお姉さんが,担当児童と話していました。後でお姉さんが私に言いました。「さっきの子,自分が敏感すぎて病気なんじゃないかって言っている。人の視線とか表情とか,いろんな人のことに敏感で,いつもつらいだそうな。」

私は言いました。それってIWMで説明ができるかもしれないと。その子の成育歴を簡単に教えてください,と。

聞くところによると,身体的虐待が継続していた家庭で育ち,児童養護施設へ入所。退所してからは次々と恋人を乗り換えるが,どれも異性に恵まれず傷付き体験が重なる一方だとか。

「人の目とか言動に敏感になりすぎてしまうのに,人を見る目がないんだってさ」「これって心理さんから見たらどうなの?」

 

 

以下,先行研究を参照しながら考えてみたいと思います。

愛着の内的作業モデルが対人情報処理に及ぼす影響(島 義弘,2010)では対人関係に関連した用語の処理について,以下のように言及があります。

対人関係関連語において“反応のずれ”は“回避”からの有意な影響を受けていた。

対人関係関連語の“反応のずれ”は“不安”と“回避”の交互作用の影響も受けていた。これらの効果は“不安”と“回避”の双方が高い場合に最も顕著であった。

このことから,対人関係に関連した情報の処理は愛着の内的作業モデル,特に“回避”の影響を受けることが示唆された。

 

「内的作業モデルが表情刺激の情動認知に与える影響(島 義弘, 福井 義一, 金政 祐司, 野村 理朗, 武儀山 珠実, 鈴木 直人,2012)では,ネガティブな表情に対する認知について以下のように言及があります。

①その表情とは異なるネガティブな情動の存在を認知,②“表情とは一致しない情動がないこと”の認知に時間を要する+真顔や快表情に対しても“ネガティブ情動がないこと”の認知に時間を要する

⇒“回避”の高い人がこれらの表情にネガティブな情動を読み取ってしまうことに起因

=回避の高い人:意識レベルでの情報処理の抑制+無意識下での脅威情報の処理の亢進,という特徴の反映,などが考えられました。

 

「被虐待経験と内的作業モデルが表情の誤検出量に及ぼす影響(松尾和弥,2018:学会発表の抄録集より)」の中では以下について言及されています。

例えば先行研究からは,虐待を受けた人々は,そうでない人々と比べ,他者の否定的な表情に注意を向けやすく,曖昧な表情を「怒り」と認識しやすい傾向があり,このような対人情報処理の歪みは,被虐待経験の不安増悪効果を高めることが報告されています。

そしてこの研究では,被虐待経験の有意な影響は認められなかったのに対して,IWMの関係不安が高いほど,喜び・悲しみ・怒りの各表情における誤検出量が多かったことが示されています。これは関係不安によって他者の情動に対する過剰な注目が生じたものと解釈できる,とされています。

 

また,「潜在的な愛着の内的作業モデルと情報処理の関連(藤井 勉, 上淵 寿, 山田 琴乃, 斎藤 将大, 伊藤 恵里子, 利根川 明子, 上淵 真理江,2015)」では以下について言及されています。

内的作業モデル(IWM)は「自己モデル(自分は他者から受容される存在かどうか)」「愛着対象モデル(他者からどのような応答が期待できるか,他者は信頼できる存在かどうか)」の2つに分かれています。

形成されたIWMは,感情の経験・表出・抑制のみならず,愛着と関連する情緒的・感情的に重要な情報の処理方法といった事柄にも影響を与えます。IWMが選択的フィルタとして働くことにより,自動的にある種の情報に選択的に注意を向け解釈・評価を行い,その結果,注意の拡散を避け,情報処理の効率性や安定性の向上につながっています。

この研究の中では,潜在的親密性回避傾向は愛着に関連する情報処理に対して抑制的に働くことが示されています。親密性回避が高い場合,①愛着関連の情報への意識的なアクセスが困難になる,②愛着関連ネガティブ語への反応が促進される,といったことが起こりうるようです。

 

「Disinhibited reactive attachment disorder symptoms impair social judgements from faces.(Miellet S, Caldara R, Gillberg C, Raju M, Minnis H,2014)」では、IWMとは異なりますが、脱抑制反応性愛着障害(dRAD:今でいう脱抑制型対人交流障害)の表情認知について言及があります。一般的な子供は、提示された顔魅力とその顔について信頼性があるかどうかについて判断する課題の間に強い相関関係を示した。一方dRADグループは、合意が少なく、信頼性と魅力度の判断の間に有意な相関関係が見られませんでした。

 

ここまでの情報で,お隣のお姉さんの担当児童のことをIWM的に考えてみましょう。

・身体的虐待の連続→他者は自分に危害を加えてくる+他者が守ってくれない感覚

があると,「恐怖心や自尊心低下から自分を守るため」の機制を働かせて,対人場面において回避傾向が身につくことはある程度想定できます。そこで,何でもない表情に対しても,その表情とは異なるネガティブな情動の存在を認知してしまい,しんどくなるとか。これは別に敏感というか,一般的な言い方をすれば「考えすぎ」ってやつなんですが,本人からしたら必要以上に読み取ってしまう敏感さと感じてしまうんだろうなと思います。

また「考えすぎ」ではなかったとしたら,虐待を受けた人々は,そうでない人々と比べ,他者の否定的な表情に注意を向けやすく,曖昧な表情を「怒り」と認識しやすい傾向があり,このような対人情報処理の歪みは,被虐待経験の不安増悪効果を高める,という先行研究の通りの可能性も考えられます。ちょっとした相手のネガティブなニュアンスに敏感に注意を向け,「怒り」のような被害的な認知を受けて不安憎悪に繋がる,みたいな。

 

また回避傾向でなく,関係不安の高いパターンについても検討できます。

関係不安によって他者の情動に対する過剰な注目が生じた結果,表情についてネガティブな誤検出に至るという先行研究があります。不安だから気にしすぎた結果,ネガティブな意図を誤検出してしんどくなる,という具合です。

 

そして、本件は身体的虐待ケースであり、脱抑制型対人交流障害はネグレクト状況下で生じやすい状況ではあるので以下が言えるかは微妙なとこですが、他者の外見で信頼度の判断が難しくて「見る目がない」状態が続いてしまっている可能性もまぁなくはないんじゃないかなと思いました。

 

いずれにせよ,幼少期からの虐待によるIWMの傷付き(っていう表現していいのかな)によって,他者の表情などに敏感になり,ネガティブな誤検出のために被害的認知で不安憎悪等に繋がり,しんどくなる。これを個人の感覚で「人に敏感すぎてしんどい」という表現に置き換わったのではないかと思われました。

こんなことを説明したら,お姉さんもケースワークの結構な専門的な話が広がっていって,いつか心理とワーカーで組んで仕事したいね,と言われる流れに。

「いつか組みたいね」と言われるのは,心理司の仕事ぶりの酷さ(他者評)から極めて心理司の評価の低い(心理司不要論をよく聞く)この業界において,本当に嬉しいことだったりします。

そしてこの,「努力の成果を共有するといいリアクションをもらえる」という安心感は,自分が幼少期に培ったIWMに他ならないのかもしれません。