児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

被虐待児の感情コントロール:感情ラベリング(Affect Labeling: LA)

0.感情コントロール方法:感情コントロールなんてできるの?
 虐待を受けた児童のケアやアセスメントの中で、感情コントロールに課題を抱えている子どもは多いです。
 もちろん、その子ども自身の問題や責任という訳でなく、虐待や生来的な衝動性といった外的要因や神経的要因に寄与していることが多く、対応は非常に困難なことが多いです。
 特に今回は、虐待といった外的要因のために感情コントロールに課題を抱えている子どもに対して、エビデンスのある、かつ比較的簡便で実施しやすい手法「感情ラベリング( Affect Labeling)」について紹介できればと思います。

1.感情ラベリング( Affect Labeling) って何?
感情ラベリングは、「感情を言葉にする」と表現される感情調整戦略です。具体的には、自分の感情状態(通常はネガティブな状態)に明示的に感情を表現するワードを用いてラベリングすることです。
たとえば実験などでは、写真の表情からこの人はどのような感情をもつかを言語化してもらうといったものが有名です。日常的には、恐怖場面などで自分の感情を“怖い”“不安”などラべリングする、といったものが感情ラベリングに該当します。この感情ラベリングを行う効果として
扁桃体優位でなく前頭前野優位の状態になる
扁桃体優位な反応=恐怖等への防御反応(有害な反応:攻撃行動)が減少する
という機序が想定できるものです。
実験の結果から、感情ラベリングによって扁桃体の覚醒が低下し、前頭葉が活性化するといった結果が得られています。後ほど詳細を紹介します。
扁桃体は、不安や恐怖に対する防衛反応に寄与する部位として有名で、この防衛反応が4つのFと言われる反応だったりし、このうちの1つに「攻撃反応(Fight)」があります。扁桃体が覚醒し、攻撃反応を表出することで、攻撃的な不適応行動に繋がるというものです。
もちろん攻撃反応以外にも逃走反応(Flight)などがあり、必要な場面で回避的な行動を頻発する児童などがこれに該当すると思われます。
この攻撃反応や逃走反応は、不適応行動として認められる場面が多いです。

児童相談所では、「不適応行動化リスクを下げ、言語化可能性を高める」ために用いることが多いです。また、大人が子どもの感情をラベリングしてくれることで、子どもにとっての受容感を高める効果もあるんじゃないかと感じています。

以下、感情ラベリングについての根拠を述べていこうと思います。

2.感情ラベリングってどのような効果があるの?
感情ラベリングを実施することで、その感情状態から生じる意識的な経験、生理的反応、および/または行動が減少する。具体的には、主観的な情動感情の低下、扁桃体の活動の低下、恐怖刺激に対する皮膚コンダクタンス反応の低下など、感情ラベリングの情動調節効果が示されてます(Torre, & Lieberman, 2018)。たとえ誰かが自分の感情を調節しようと思っていない場合でも、自分の感情にラベルを付けるという行為にはプラスの効果があることが報告されています(Lieberman et al.,2011)。
感情ラベリングはラベリングのタイミングによらず、効率的に苦痛を低下させる一方、強度の高い嫌悪条件では苦痛を減少させるが、強度の低い条件では苦痛を増加させることも明らかになています(Levy-Gigi & Shamay-Tsoory, 2022)。

3.感情ラベリングの神経科学的根拠
感情ラベリングに取り組むと、感情刺激を含む他のタスクと比較して、腹外側前頭前皮質(vlPFC)の脳活動が高くなり、扁桃体の活動が低下することが研究で明らかになっています( Burklund et al., 2015 ; Lieberman et al., 2007)。さらに、脳病変研究からも、vlPFCが感情ラベリングのプロセスに関わることが指摘されています。右のvlPFCに病変がある被験者は、映画を通して登場人物の感情状態を識別する能力が低かった。このことは、感情ラベリングが行われるためには、この領域が必要であることを示唆している(Goodkind et al., 2012)。さらにメタアナリシスにより、扁桃体は感情刺激を伴うタスクで活動することが分かっているが、刺激を単に受動的に見るのではなく、感情を特定しなければならない場合には活動が低くなることが示されています(Costafreda et al., 2008)。
これらの知見を統合する1つの理論は、vlPFCが感情ラベリング中に扁桃体の活動を低下させるように働くことを提案しています(Young et al., 2019)。さらに研究者は動的因果モデリングを使って、vlPFCにおける活動の増大は低い扁桃体活動の原因となることを明確に示しています(Torrisi et al., 2013)。

4.感情ラベリングをどのように活用するの?
使用するタイミングについて、基本的には日常から常に使用していくのが良いと思います。
 また、何か児童に不適応行動が生じたときに、大人側がこれを一緒にやっていくのが望ましいと思います。その際、日常的に感情のラベリングに慣れていないと「ぶっ殺したいからぶっ殺したいんだよ」のようなデ●ジ君や進●郎議員状態になってしまうので、普段から感情ラベリングを使い慣れているのが良いかなと思います。

5.まとめ
 感情のラベリングはひとつの技術ですが、これの良いポイントは「俺の気持ちに共感してくれた」感を感じてもらえる可能性が高いところです。虐待などで傷つき、大人に心を大切にしてもらえなかった子どもたちが、自分の感情に触れてくれる感覚を抱いてくれたら、それは子どもへの心理支援として大きな意義があるのではないかなと思っています。
 また、日常的に忙しい支援者さん達にとって、特別な場面を設定しない・日常の声掛けで対応できる点も優れている部分かなと思います。
 支援者も子どもも、お互いが自身の感情を肯定的にシェアできる環境が作られれば、行動的な面だけでなく心理的にもおだやかな生活を送れる可能性が高まるのではないかなと思います。感情ラベリング、ぜひ活用してみてください。


引用文献
Burklund LJ, Craske MG, Taylor SE, Lieberman MD (2015). "Altered emotion regulation capacity in social phobia as a function of comorbidity". Social Cognitive and Affective Neuroscience. 10 (2): 199–208. doi:10.1093/scan/nsu058
Costafreda SG, Brammer MJ, David AS, Fu CH (2008). "Predictors of amygdala activation during the processing of emotional stimuli: a meta-analysis of 385 PET and fMRI studies". Brain Research Reviews. 58 (1): 57–70. doi:10.1016/j.brainresrev.2007.10.012
Goodkind MS, Sollberger M, Gyurak A, Rosen HJ, Rankin KP, Miller B, Levenson R (2012). "Tracking emotional valence: the role of the orbitofrontal cortex". Human Brain Mapping. 33 (4): 753–62. doi:10.1002/hbm.21251
Levy-Gigi, E., & Shamay-Tsoory, S. (2022). Affect labeling: The role of timing and intensity. Plos one, 17(12), e0279303.
Lieberman MD, Eisenberger NI, Crockett MJ, Tom SM, Pfeifer JH, Way BM (2007). "Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli". Psychological Science. 18 (5): 421–8. doi:10.1111/j.1467-9280.2007.01916.x.
Lieberman MD, Inagaki TK, Tabibnia G, Crockett MJ (2011). "Subjective responses to emotional stimuli during labeling, reappraisal, and distraction". Emotion. 11 (3): 468–80. doi:10.1037/a0023503.
Torre, JB, & Lieberman, MD. (2018). Putting feelings into words: Affect labeling as implicit emotion regulation. Emotion Review, 10(2), 116-124. doi:10.1177/1754073917742706.
Torrisi SJ, Lieberman MD, Bookheimer SY, Altshuler LL (2013). "Advancing understanding of affect labeling with dynamic causal modeling". NeuroImage. 82: 481–8. doi:10.1016/j.neuroimage.2013.06.025
Young, KS, LeBeau, RT, Niles, AN, Hsu, KJ, Burklund, LJ, Mesri, B, Saxbe, D, Lieberman, MD, Craske, MG.(2019). "Neural connectivity during affect labeling predicts treatment response to psychological therapies for social anxiety disorder". Journal of Affective Disorders. 242: 105–110. doi:10.1016/j.jad.2018.08.016