児童虐待の専門職が 心理学や統計学を語るブログ

心理学や、心理学研究における統計解析の話など

複雑性PTSD(complex posttraumatic stress disorder:CPTSD)と児童虐待

0.複雑性PTSDの架空事例A
<主訴と経過>
Aは2歳以前から両親の暴力が継続していた。顔や腹を殴られたり土下座を強要されたりするなどだけでなく、真冬や真夏の戸外締め出し、食事を与えないといった複数の虐待が確認されている。
Aが6歳になり親族宅にAが預けられてから、最初のうちは落ち着いた生活だった。しかし徐々にAに落ち着きがなくなり、試し行動のような暴言・悪さが目立つようになっていった。感情的になりやすい親族は、Aに虐待により統制するようになった。Aはこの親族から日常的な殴るけるのみならず、顔を刃物で切られ、髪をライターであぶられるなど、極めて危険な虐待が継続していた。学校でも徐々に落ち着きがなくなり、他児とのトラブルだけでなく、奇声をあげて暴れまわるなどの行動も表出するようになっていった。
8歳のころに一時保護となり、児童養護施設へ入所。数か月経過してから、他児への暴言や暴力が頻発し、服薬治療を開始。しかし行動は終息せず、施設内で個別対応を実施。児相の心理司がかかわりを開始し、「イラッとしたときにタイムアウト」をとる練習をした。しかし効果はなく、集団の中に入り、些細なきっかけで他児への攻撃が継続しており、個別場面でも枠を崩そうと好き勝手な行動をとり続けるため、対応に苦慮している。
心理検査結果>
・WISC-Ⅳ:全検査90 言語理解100 知覚推理80 ワーキングメモリ80 処理速度100
<状態像>
・対人・情緒面
笑顔が多く、他者と関わりを積極的に求める一方で、挑発的な言動により注意を引き、トラブルに発展する傾向が強い。他者感情を想定して行動することが困難であり、自我を通すことを優先してしまいがちであるため、その傾向もトラブルへの発展しやすさに寄与している。
バカにされる、小言を言われる等の些細なきっかけで、他児への暴力に発展する。振り返りでは「自分では止められない」「頭が真っ白になる」と話す。
・家族関係
実親宅では、Aは家族から疎外されていた。Aが発言するたびに否定され、暴言を吐かれるといった状況であった。親戚宅では、Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、親は当職の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続けた。Aは親戚宅に戻りたいと話しており、虐待を「自分がいうことを聞けないから」「自分が悪い子だから仕方ない」と話す。


1.複雑性PTSD(CPTSD)とは

最近某神々しい人がきっかけに知られることとなった複雑性PTSD。あの方への診断が正しいかどうかは分かりませんが、誤解されている方も居ると思いますし、児相業務では今後押さえておきたい概念なので、ここでお話ができればと思います。

◆定義
複雑性トラウマは、単回的なトラウマとは対照的に、長期的で侵襲的、かつ主に対人関係の性質を持つ出来事(例えば、主たる養育者による重度の児童虐待やネグレクト、親密なパートナーによる暴力、レイプ、性的人身売買や性的搾取、医療トラウマ、戦争や難民のトラウマ、拷問、虐殺など)を指すのに使われています。そういった非単回的なトラウマにより生じる感情などの調整困難を伴う心的外傷後ストレス障害複雑性PTSD(CPTSD)といいます。PTSD複雑性PTSDの診断は相互に排他的であり、 複雑性PTSDと診断された人は、PTSDの診断も受けることはできないとされています。

◆有病率
ヨーロッパ諸国、イスラエルアメリカでは、 複雑性PTSDの1ヵ月有病率は1%弱(ドイツ)から8%弱(アイルランド)の間で推移があります(Ben-Ezra, Hyland, Karatzias, et al.,2020)。国による有病率の違いは、子どもに対する暴力、戦争、身体的暴力の行使の程度における国による違いを反映している可能性があります(Kessler, Aguilar-Gaxiola, Alonso et al.,2017; Burri & Maercker,2014)。


2.CPTSDの診断基準や特徴は何か

CPTSDはかなり新しい概念です。以下では主症状や診断基準、その他分かっている周辺概念などを先行研究から整理していきたいと思います。

◆主症状
CPTSDは、3つの「古典的」PTSD症状(外傷性再体験、回避、過敏性)に加え、3領域の自己組織化障害(DSO)の症状(注:1)感情調節障害(例:自己鎮静の問題、ストレス耐性の低下)、2)対人関係の問題(例:人間関係の回避)、3)否定的自己概念(例:自分は失敗者であるという信念))によって特徴づけられます。ICD-11における複雑性PTSDの診断基準は、否定的自己認知、感情の制御困難及び対人関係上の困難といった症状が、脅威感、再体験及び回避といったPTSDの諸症状に加えて認められることとされています(wikipediaより)。
複雑性PTSDの原因の出発点は、再体験、回避、脅威感の高まりという3つの症状群の基礎となる主要なモデル、および想起時の心理物理的アラーム反応を回避するための記憶の符号化および想起の調節不全を説明するモデルである(Brewin &Holmes,2003)。研究により、多因子トラウマ、すなわち、対人関係領域における繰り返しまたは長期のトラウマ体験が、 複雑性PTSDと高い相関があることが一貫して示されている。ポリトラウマは、自己組織化、関係能力、感情調節の困難さ、脅威管理およびトラウマ記憶の組織化と一貫性に寄与する記憶と注意などの機能における複雑なPTSD関連の変化を促すことが提案されている(Courtois ,2004; Ford, 2015; Charuvastra & Cloitre, 2008)。

◆感情調節(Emotion Regulation:ER)の困難
ERは、PTSD(Cloitre, Miranda, Stovall-McClough, & Han, 2005)を含む様々な精神障害の発症と維持に重要な役割を担っている(Berking & Wupperman, 2012)。自分の情動反応を調節する能力は、幼少期から成人期にかけて形成され(Thompson & Goodman, 2010)、内発的・外発的要因に影響される(Fox & Calkins, 2003)。養育者はER能力の発達に重要な役割を果たし(Thompson, 2011)、養育者から虐待を受けた子どもは、日常生活で感情を管理するサポートを受けられないだけでなく、虐待に典型的に関連する負の感情に対処しなければならない。
子どもの虐待は機能的なER戦略の獲得を阻害し(Dvir et al.,2014),その結果,強烈な否定的感情を伴うPTSDの症状と関連する(Kaczkurkin et al.,2017)。児童虐待のような早期発症の対人トラウマは、他のタイプのトラウマよりもERの機能不全的側面と強く関連する。心理的虐待は、感情的な状況に対する不適切な反応や衝動的な反応を特徴とするERの側面とより関連し、感情的ネグレクトは、感情に対するより貧しい理解に関連するERの側面とより関連することがわかった(Berzenski, 2018)。ネグレクトされた子どもは、虐待された子どもよりも感情を識別することが難しく、ストレスの多い状況で絶望的な反応をする傾向があるようで、虐待された子どもはより怒りっぽくなる傾向があるそうです(Hildyard & Wolfe, 2002)。
メディエーターとしての情動調節(Knefel et al.,2019):児童虐待からPTSDおよびDSOへの媒介因子としての感情調節(ER)の役割を検証したところ、ERの側面は児童虐待とネグレクトによって異なる形で予測された。負の感情を経験したときに自分の行動をコントロールし続けることが難しい(衝動)、いったん動揺すると感情を効果的に調節するためにできることはほとんどないという信念(戦略)は、児童虐待によってのみ予測された。どちらの尺度も、激しい感情の存在に対する個人の反応を反映している。ネグレクトでは、感情反応への不注意や気づきの欠如(aware)、経験している感情が明確でない(clarity)、ネガティブな感情を経験すると集中できず課題を達成できない(goals)など、ERのミュートと言える側面が予測された。全体の結論として、児童虐待からICD-11 PTSDへの経路は直接的であり、DSOへの経路はERによって媒介され、したがって間接的であることを示唆。ERが児童虐待とCPTSD症状の苦痛との関連を媒介するという基本的な考えを支持した(Choi et al.,2014;Stevens et al.,2013)。
複雑性PTSDの子どもでは、感情調節障害は癇癪に表れ、人間関係の困難は他者への抵抗として観察され、解離は白昼夢や注意力欠如として現れる可能性があります。癇癪や対話的な遊びが少ないといった症状は年齢相応のものかもしれないので、外傷性ストレス要因の前にこうした症状があった場合は、それを考慮に入れて悪化していると認識する必要がある。

複雑性PTSDと関連する概念
CSA(児童性的虐待)と非自殺的および自殺的な自傷的思考・行動との関連:CSA開示経験との関係性を検討した(Collin-Vézina et al.,2021)。この定性的研究は,CSAの開示と助けを求めようとする不適応な対処行動との相互的な影響を強調し,臨床的に重要な意味をもっている。
被害者意識や疎外感:PTSDと診断された人は、PTSDでない人に比べて、被害者意識の得点が0.84SD高く、大きな効果を反映していた(Cohen, 1988)。Cohen & Mannarino (2000; QA = 78%)は、個人が自分の経験について不信感を抱いているという認識とPTSS、および他者を信頼することは「危険」であるという信念とPTSSとの間に小さいながらも有意な関連があることを見出した。Crouch et al.(1999)は他者から否定的に見られることとPTSSとの間に有意な関連を見出したが,Wolfeらは否定的に見られることと侵入症状との間に関連を見出したSrinivas.(2015)は,疎外感(他者から切り離され,切り離されているという認識)がPTSSと有意に関連していた(r=0.32)。
解離:解離反応の増加はPTSSの増加と有意に関連していた(Crouch et al., 1999; Kaplow et al., 2005; Kaur & Kearney, 2013; Ogle et al., 2013; Ross & Kearney, 2017)。
トラウマ記憶:虐待が典型的な記憶過程を混乱させるかもしれないが、PTSSは脅威関連情報に対する記憶の偏りによって維持されるのではない (Ogle et al.,2013)。

◆神経生物学的メカニズム
複雑性PTSDでは、右海馬、右背側ACC、右眼窩前頭皮質(OFC)の灰白質濃度低下が観察された(Thomaes et al.,2010)。複雑性PTSDに関するfMRI研究では、左海馬と海馬傍回の活性化が変化しており、海馬の機能障害が示唆された(Thomaes et al.,2009) さらに、複雑性PTSDでは、左腹側ACCと背側ACC、背内側前頭前野、左腹外側前頭前野、OFCの活性化障害が観察され、感情処理に特に重要な領域の関与が示唆された(Thomaes et al.,2013)。
感情に敏感な脳領域は、グルココルチコイド受容体の密度が高いため、特に幼少期の有害体験の影響を受けやすいという仮説があり、それゆえ、グルココルチコイドの長期放出は、損傷、樹状突起萎縮、神経新生抑制を引き起こすとされています(Calem, Bromis, McGuire, Morgan & Kempton,2013)。自己の身体的完全性に挑戦するいわゆる積極的な虐待(身体的虐待や性的虐待など)は、子どもの基本的欲求に挑戦するいわゆる消極的な虐待(感情的・身体的無視など)とは異なる神経生物学的変化をもたらすことが示されている(Sheridan & McLaughlin,2014)。
一般に、 複雑性PTSD患者の構造画像のメタアナリシスでは、海馬、海馬傍回、扁桃体、島、および前帯状皮質の体積減少が報告されている(Karl et al.,2006; O’Dohertyet al., 2015; Meng, Qiu, Zhu, et al.,2014)
機能レベルでは、いくつかの研究において、 複雑性PTSD患者は、健康対照者と比較して海馬、海馬傍回、島、前頭前野、前帯状皮質の活動増加を示してい(Fragkaki, Thomaes, Sijbrandij,2016; Herzog, Niedtfeld, Rausch et al.,2019; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al.,2013; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al,2012; Thomaes ,Dorrepaal, Draijer et al.,2010; Thomaes, Dorrepaal, Draijer et al.,2009)
複雑性PTSD患者はPTSD患者と比較して扁桃体と島で活動が増加することが示唆された。前頭前野と前帯状領域では、有意な群間差は認められなかった(Bryant, Felmingham, Malh, Andrew& Korgaonkar,2021)。
PTSDの虐待を受けた人は、健常対照者と比較して、脅威から離れた(認知的回避を示す可能性がある)、悲しい刺激への注意のバイアスを示した(Bertó et al.,2017)。


3.CPTSDは治療が可能なのか

 かなり根深い状態像のようですが、CPTSDって治療は可能なのでしょうか。
 自分のようなよく分かっていない人間によるなんとなくのイメージだと「根深いのは薬物療法じゃん?」と思っちゃいますが(認知行動療法詳しくないし)、実は効果を上げている心理療法があったりします。そして日本でも実証が進みつつあったりします。

心理療法
CPTSDの心理療法について、一つの研究では,すべての複雑性PTSDの症状について,トラウマに焦点を当てた治療が非トラウマに焦点を当てた治療よりも良い結果をもたらすと報告されている。しかし,複雑性PTSDと強く関連するタイプの小児期トラウマを持つ人については,一貫して治療成績が芳しくないことも分析で示されている。2つ目のメタアナリシスでは、複雑なトラウマのサンプル(例えば、幼少期の虐待、難民、退役軍人)、つまり、複雑なPTSDの診断に合致しそうな人々を代表する集団に対する様々な種類の治療が評価された。その結果、トラウマに焦点を当てた戦略とともに、苦痛への耐性と感情の自己調節戦略を含む多成分介入が、PTSD症状、感情調節障害、および対人関係の問題を最も強く軽減するという証拠がいくつか示された。
 Niwa et al.(2022)では、Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation (STAIR) Narrative Therapy (SNT)の有効性を日本で検証しており、治療完了者7名のうち、治療後の6名とフォローアップ時の全員がCPTSDの重症度が低下し診断に該当しなくなった。線形混合効果モデルを用いた探索的分析では、解離・抑うつ・不安症状・対人関係の困難・QOL変数等について、治療後および追跡調査時に有意な改善がみられた。

薬物療法
すべての治療ガイドラインおよびメタアナリシスでは、心理療法を優先すべきであり、薬物療法は単独で使用すべきではないが、心理療法への関与を妨げる安定性の問題に対処するために使用されるかもしれないと結論付けている(Veterans Administrations, 2017;Australian Government,2021). 複雑性PTSD症状に対する薬物の効果はほとんど示されていないので、その使用を正当化できる共存症がない限り、情動不安定や認知障害などの問題に対して日常的に薬物を用いることは推奨されない。

◆心理教育
複雑性PTSDに関する心理教育は、患者の症状の経験を正常化し、スティグマを軽減することを目的として行われる。複雑性PTSDの患者は、しばしば自分の問題を弱さの表れと考え、症状の慢性化を性格的または先天的な人格的欠陥の結果と考える。幼少期(身体的・性的虐待、またはその両方)、成人期(人種や民族に関連した暴力にさらされるなど)、長年にわたってトラウマにさらされた人は、当然のことながら、こうした環境を正常とみなし、また世界をありのままに見るため、自分の問題の原因は、乱れた環境ではなく、乱れた個人の体質であるという結論に至るのである。トラウマが感情的・関係的な能力、思考過程の混乱、信念体系の形成、身体的健康状態に及ぼすよく知られた影響を明らかにすることは、罪悪感と恥を和らげ、回復し変化する機会への希望を生み出すことができる。


4.架空事例Aの見立てと今後

事例を再度掲載します。
<主訴と経過>
Aは2歳以前から両親の暴力が継続していた。顔や腹を殴られたり土下座を強要されたりするなどだけでなく、真冬や真夏の戸外締め出し、食事を与えないといった複数の虐待が確認されている。
Aが6歳になり親族宅にAが預けられてから、最初のうちは落ち着いた生活だった。しかし徐々にAに落ち着きがなくなり、試し行動のような暴言・悪さが目立つようになっていった。感情的になりやすい親族は、Aに虐待により統制するようになった。Aはこの親族から日常的な殴るけるのみならず、顔を刃物で切られ、髪をライターであぶられるなど、極めて危険な虐待が継続していた。学校でも徐々に落ち着きがなくなり、他児とのトラブルだけでなく、奇声をあげて暴れまわるなどの行動も表出するようになっていった。
8歳のころに一時保護となり、児童養護施設へ入所。数か月経過してから、他児への暴言や暴力が頻発し、服薬治療を開始。しかし行動は終息せず、施設内で個別対応を実施。児相の心理司がかかわりを開始し、「イラッとしたときにタイムアウト」をとる練習をした。しかし効果はなく、集団の中に入り、些細なきっかけで他児への攻撃が継続しており、個別場面でも枠を崩そうと好き勝手な行動をとり続けるため、対応に苦慮している。
心理検査結果>
・WISC-Ⅳ:全検査90 言語理解100 知覚推理80 ワーキングメモリ80 処理速度100
<状態像>
・対人・情緒面
笑顔が多く、他者と関わりを積極的に求める一方で、挑発的な言動により注意を引き、トラブルに発展する傾向が強い。他者感情を想定して行動することが困難であり、自我を通すことを優先してしまいがちであるため、その傾向もトラブルへの発展しやすさに寄与している。
バカにされる、小言を言われる等の些細なきっかけで、他児への暴力に発展する。振り返りでは「自分では止められない」「頭が真っ白になる」と話す。
・家族関係
実親宅では、Aは家族から疎外されていた。Aが発言するたびに否定され、暴言を吐かれるといった状況であった。親戚宅では、Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、親は当職の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続けた。Aは親戚宅に戻りたいと話しており、虐待を「自分がいうことを聞けないから」「自分が悪い子だから仕方ない」と話す。

 いわゆる不適応行動が頻発している事例を正確に見立てるのって難しいですよね。
 一昔前は、甘えだの癇癪だのと子どものせいにすることが多かったし(今もか)、少し改善してもペアトレとか服薬通院とかでフォローする傾向が強めなように感じます。
 いつも思うのは、子ども自身の行動に対する機序が明確になっていないなぁ、というものです。今回はこのCPTSDを軸に考えてみたいと思います。
まず診断基準的にはどうでしょうか。繰り返される重篤な虐待、感情調整や対人関係の困難さや自己否定的な言動など
・自己組織化障害(DSO)の症状=感情調節障害、対人関係の問題、否定的自己概念
から、複雑性PTSDに合致する可能性が浮上します。
・子どもの虐待は機能的なER戦略の獲得を阻害し、その結果,強烈な否定的感情を伴うPTSDの症状と関連/心理的虐待は、感情的な状況に対する不適切な反応や衝動的な反応を特徴とするERの側面とより関連/児童虐待→ER困難→CPTSD、という媒介構造
といった先行研究から、Aが自分の問題で不適応行動に至っているとかではなく、虐待の影響でER困難の結果の不適応行動と考えられ、タイムアウトやセルフコントロールの指導だけでは適切ではなく、ましてや隔離対応は(一時的に周囲の安全確保のためには必要な場面もありますが)Aにとって負の影響(過去の差別的対応がフラッシュバックするリスク)が想定できるため、慎重に行う必要はあるかなと思います。
・負の感情を経験したときに自分の行動をコントロールし続けることが難しい(衝動)、いったん動揺すると感情を効果的に調節するためにできることはほとんどないという信念(戦略)は、児童虐待によってのみ予測
という先行研究からも、ER困難は虐待の影響であり、ERが媒介されて複雑性PTSDへと向かっていく可能性も想定しなければいけないです(複雑性PTSDの自己組織障害としてER困難がありますが、因果的には違った可能性もある、ということで)。
複雑性PTSDの見立てが可能である以上、環境調整やAへのSST的なものでなく、少なくとも心理療法などの治療見込みのあるケアが求められるのではないでしょうか。

所見は以下のようなものが想定できます。
知的には普通域にある。Aは挑発的な言動や暴言などの対人関係上の課題が目立つが、これは暴言暴力や差別的対応といった被虐待経験により、自尊心の低下や感情調整の困難さに加え、暴言や挑発的言動をAに対して行っていた家族成員より誤学習した結果表出した行動と考えられる。また、個別場面や指導的場面になると枠を崩そうとする行動化が激化することは、恐怖心を回避するための手段としてとっているもので、大人に対する恐怖心が根底にあるトラウマ反応といえる。
Aが家庭に慣れ、行動化が表出するようになって以降は、保護者は児相の指導を受け入れず、Aの行動化を暴力、または「言うことを聞かないと児相に連れていかれるよ」という脅しを用いて行動を統制することを頑なに続け、不安が高まったAが学校で暴言や奇声といった一層激しい行動化に至るといった構造が確認されている。
家庭復帰を目指すうえで、①保護者が感情的に不適切な行動をとらず、適切な対応を選択することができるようになること、②Aが保護者の適切な指導を受け入れられる状態を継続していくこと、の2点が求められる。②に関してはAの問題でなく、繰り返された虐待による複雑性PTSD症状として感情調節が困難となり、自己を守るトラウマ反応としての不適応行動だったと考え、継続した心理療法を行いAのケアと並行して、保護者への指導と環境調整を継続していくことが望ましい。

ここから先は個人の経験の話になるのですが、このPTSD症状的な攻撃行動を「悪い虫が脳で悪さをする」と表現した小学生が忘れられません。
私が子どもの行動化について“過去のつらい経験が多すぎたせいで、ちょっとしたことでも脳が自分を守ろうと頑張りすぎている”という説明をしました。子ども自身の理解を確認しようと思い、君の言葉でどう理解したか教えて欲しいと尋ねたところ、上記のような表現をしてくれました。
悪い虫が脳で悪さをする。いい表現だと思いませんか?激しい虐待により恐怖回避学習が過剰に進み、ER困難な状況でフラッシュバック的に攻撃反応を繰り返す、これをこの子の表現ではこうなるんだな、と。
とても正確でかつ受け入れやすい表現だと思ったので、以後いろんな子にこの表現を例に説明したりしていました。そんなことを思い出しながらこの記事を書いていました。
ちなみにその彼は元気にやっているそうです。


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親の自殺は子どもの自殺率に影響を与えるの?

「親が自殺していたら子どもも自殺しやすいの?」と聞かれました。
感覚的には確かにそんな気はしますし、自殺が身近に感じられたり、自殺の方法を学んでしまったりして、より自殺に至る可能性が上がってしまう、というのは一見無理のない感じがします。
また、自殺ではなく死別の場合は子どもに影響はあるのでしょうか。
先行研究もそんなに多いわけではありませんでしたが、気になったのでざっと調べてみました。


Geulayov, G., Gunnell, D., Holmen, T. L., & Metcalfe, C. (2012). The association of parental fatal and non-fatal suicidal behaviour with offspring suicidal behaviour and depression: a systematic review and meta-analysis. Psychological medicine, 42(8), 1567-1580.
関連する交絡因子を制御すると、両親が自殺で死亡した子どもは、両親が生きている子どもよりも自殺で死亡する可能性が高かった[aOR 1.94、95%信頼区間(CI)1.54-2.45]が、子どもの自殺未遂への影響を調べた2件の研究では不均一な結果が見られた(aOR 1.31, 95% CI 0.73-2.35)。
親が自殺未遂をした子どもは、自殺未遂のリスクが高かった(aOR 1.95、95%CI 1.48-2.57)。
親の自殺による死への曝露が、その後の情動障害のリスクと関連することを示す証拠は限られていた。


Lee, K. Y., Li, C. Y., Chang, K. C., Lu, T. H., & Chen, Y. Y. (2017). Age at exposure to parental suicide and the subsequent risk of suicide in young people. Crisis.
親を自殺で亡くした子どもでは、自殺のリスクが顕著に上昇することが示唆された。このリスクの上昇は、自殺曝露の性別および曝露時年齢によって異なっていた(高齢男児では低く(HR = 3.94, 95% CI = 2.57-6.06)、高齢女児では高かった(HR = 5.30, 95% CI = 3.05-9.22 )ようであった。)。


※参考 親の置き去り(親だけ移住)
Fellmeth, G., Rose-Clarke, K., Zhao, C., Busert, L. K., Zheng, Y., Massazza, A., ... & Devakumar, D. (2018). Health impacts of parental migration on left-behind children and adolescents: a systematic review and meta-analysis. The Lancet, 392(10164), 2567-2582.
低・中所得国(LMICs)において、親の移住が取り残された子どもや青年の健康に及ぼす影響について調査した。
調査結果
非移民の子どもと比較して、置き去りの子どもはうつ病のリスクが高く、うつ病スコア(RR 1-52 [95% CI 1-27-1-82]; SMD 0-16 [0-10-0-21] )、不安(RR 1-85 [1-36-2-53]; SMD 0-18[0-11-0-26]), 自殺念慮(RR 1-70[1-28-2-2]), 行動障害(SMD 0-16[0-04-0-28]), 物質使用(RR 1-24[1-00-1-52]), 衰弱(RR 1-13[1-02-1-24]), 発育不全(RR 1-12[1-00-1-26] )であった.
その他の栄養アウトカム,不慮の怪我,虐待,下痢については,取り残された子供と非移住者の子供との間に差は確認されなかった.その他の感染症自傷行為、無防備な性行為、早期妊娠に関するアウトカムを報告した研究はなかった。


という訳で結論としては
①死別→家庭養育の影響→影響表出(死因とは関係無し)
②自殺の影響は自殺率のみで、自殺曝露時の年齢と性別の影響を受ける(高齢女児がリスク高)
が言えそうでした。
親が自殺で亡くなってしまった子どもは、自殺リスクが高いと考えて何かの支援などに繋げる、あるいは見守り体制を確認しておく、などは必要なのかもしれません。

また、自殺未遂も子どもに影響があるんですね。これは目撃の有無も関係しているのでしょうか。
親が自殺や自殺未遂に至らないよう、それらの連鎖を止めるよう、リスクのある人には丁寧に関わっていきたいです。

性加害のアセスメント

0.性加害(性的問題行動:Problematic Sexual Behavior:PSB/Sexual Behavior Problems:SBP)の事例
 主訴:実父からの身体的虐待で児童養護施設へ入所した7歳男児A。Aが施設内で、年下男児に自身の性器を触らせる、知的に遅れのある同年代女児に衣服を脱いで下着を見せろと命じる、といった問題行動が発覚。施設から児相に援助依頼があった関係で、心理担当がついてAと面接を実施した。
 状態像:Aは知的には普通域。他児への暴力行為は頻繁ではないがある。過去にAに対する性加害は確認されていない。
 家族構成:Aの父は母へのDVもあり、Aは度々その目撃をしていた。Aの母は無職で、Aの父は団体職員。平日昼は父母が在宅であることが多かった。きょうだいはAの下に次男(6)、長女(5)、三男(4)がおり、6人世帯であった。
 児相の関り:児童相談所の心理司が「プライベートゾーン」「良いタッチ・悪いタッチ」などの心理教育を行ったが、その2か月後に同様の行動が再発。今後どのようにAと心理司・施設職員が関わっていけばよいか。

1.性的問題行動とは何か
◆性加害問題対応の課題や必要性
 (厚生労働省, 2019)によれば、2017年度において、児童養護施設等の社会的養護関係施設、児童相談所の一時保護所、里親、ファミリーホームで生じた児童間の性的な問題は732件であり、その当事者となった児童は1,371人を数えた。社会的養護の場で少なくない数の児童間の性的な問題が生じていることが示された。
 施設のように閉鎖性の高い集団生活の場は性暴力を含めた暴力が生じやすいこと(田嶌, 2011)や、異年齢の子どもや大人の男女が集団で生活する環境は性的問題が起こりやすいこと(厚生労働省,2016)は、既に指摘されている。

◆性的問題行動の定義
性加害者治療学会(The Association for the Treatment of Sexual Abuse:ATSA)の性的問題行動を抱える子供の専門調査委員会は、性的問題行動(Problematic Sexual Behavior:PSB)を抱える子供を「12歳以下で、体の性的な部位に対し、その子や相手の子が発達的に見て不適切あるいは有害な行為をするもの(p3)」と定義し、これらの行動は、対人関係や自己中心的なものであり、必ずしも性的な動機づけや性的満足に関連したものではないとされている。「最も心配なケースは(略)攻撃性や力づくや強制があり、有害であったり有害となる可能性があったりするもの(p3-4)」と言われている(Chaffin et al.,2006)。
近年の研究では、性的問題行動には明確なサブタイプがないと示されている。性的問題行動を抱える子供とそうでない子供の違いを明らかにしうる行動特徴や明確な要因は示されなかった(Bonner, Walker, & Berliner,1999 ; Chaffin et al.,2002)。
性的問題行動を抱える子供は、それ以外の問題で治療を受けている子供よりも将来的に性犯罪者になる長期的なリスクが大きいわけではなく(性加害の再犯率は2-3%)、思春期後期や成人の性犯罪者とは質的に異なる(Chaffin et al.,2006)。つまり、成人に対して一般的に用いられる方針・アセスメント・治療はどれも子供には不適切といえる。


2.問題となる性的行動と典型的な性的発達
◆特定の正常な性的行動との比較
 通常、典型的な性的遊びや探索は、互いによく知る同年齢で同体格程度の間柄で起こり、自然発生的で無計画で、それほど頻繁でないため、不快感や戸惑いを生じないものであり、保護者の制止やルールの提示なのですぐにやめることができる(Gil,1993 ; Friedrich,2007 ; Hagan et al.,2008)。
 標準的なサンプルでは、2歳から5歳の幼児は何らかの性的行動を示す傾向があり、最も一般的には、裸の他人を見る、身体の境界線に侵入する、家庭や公共の場で自分の性的身体部分を触る、母親の胸に触る、などがある(Friedrich, Fisher, Broughton, Houston, & Shafran, 1998)。3歳から6歳の標準的な子どもを対象とした研究では、家庭環境において男女ともに最もよく見られる性的行動は、裸の他人を見ること、服を着ずに歩くこと、母親の胸に触れることだった(Larsson & Svedin, 2002a)。
 学齢期には、性的行動に対する社会的境界線とモラルを学び始めるため、性的行動はより隠蔽されるようになる。たとえば、10歳から12歳の子どもは、幼いころに比べて、裸の他人を見ようとする(6%)、公共の場で自分の性的身体部分を触る(2%)、母親の胸を触る(1%)ということがかなり少なくなる。子どもの年齢が上がるにつれて、一部の性行動が増加する。10歳から12歳の子どもの約15%がテレビでヌードを見ることに関心があるのに対し、2歳から5歳の子どもは5%である(Friedrich et al.,1998)。
 性交をしようとする、他人の性的身体部位に口をつける、他人に性行為をするように頼む、直腸や膣に物や指を挿入するなど、年齢層を超えて稀に見られる行動もある (Friedrich et al., 1991, 1998; Schoentjes et al., 1999)。
 典型的なものとそうでない性的遊びの違いについて、年齢相応の探索的な性的遊びの力動には、自発性、喜び、笑い、うしろめたさや時折生じる脱抑制・抑制などがある。一方問題となる性的行動では、支配関係、強制、脅威、強要が存在する(Gil,1993)。

◆問題となる性的行動
 ・侵入的な性的行動:他者を巻き込んだ行動
 ・攻撃的な性的行動:制限されてもやり続ける、ほかのこと性的な接触をするための方法を計画する、ほかの子に性行為を強要する、身体的な貫通行為(Friedrich,2007)。
 Chaffin et al.(2008)は、性的行動が問題であるかどうかを判断するためのガイドラインを提供している。考慮すべき主な問題は、行動の頻度、いくつかの発達的要因、および関係する危害のレベルである。発達に応じた性的行動は、互いをよく知る年代や発達年齢が近い子どもたちの間で頻繁に発生し、親の介入によって抑制されることが多いが、PSBは親の注意や監視にもかかわらず継続されることが多い。
一般的な子ども同士の性行為は、同意のもとに行われる。これに対し、他人に性行為を求めるような侵入性の強い行動は、子どもの年齢や性別に関係なく稀である。また、遊びの力関係によって、行動を分類することができる。攻撃、強制、脅し、力、脅迫を伴う性的行動は、PSBに分類される可能性がより高い。
また、子ども同士の性行為に伴う感情も注目される。典型的な性行為と比較してPSBは、その行為を受ける側の子どもに不安、恐怖、羞恥心を誘発する可能性が高い。また、身体的な傷害、危害、苦痛を伴う性的行動も、PSBをより強く示唆するものである。
まとめると、子どもの典型的な性行動は、探索的で同意の上、定期的に起こり、恐怖や不安がなく、お互いをよく知り、ほぼ同年齢の子どもの間で起こる可能性が高いということである。発見された場合、これらの行動は通常、親の介入によって解決される。これに対し、PSBは強制的であることが多く、非常に侵入的であり、また夢中であり、年代や発達の異なる子どもたちの間で起こり、頻繁に起こり、そして/または発達上不適切である。また、自発的ではなく、積極的に計画された行動に関連することもある。さらに、PSBは最初の親の介入に抵抗する傾向があり、より集中的な介入が必要とされる。


3.性的問題行動はどのように獲得、そして固定されていくのか
◆性的攻撃性とその他の深刻な行動上の問題
 問題発生に寄与する要因としては個人的要因や環境的要因の他、不適切な養育、強要的あるいは放置的な養育、露骨に性的な表現がされたメディアへの曝露、非常に性的な環境にある中での生活、家族間暴力への曝露などがある(Chaffin et al.,2006 ; Friedrich et al.,2001 ; Langstorm et al.,2002 ; Merrick et al.,2008)。
※佐名注:支配的なかかわりの中でも性的な行為を選択する児童の場合、家庭や施設内で「露骨に性的な表現がされたメディアへの曝露または非常に性的な環境にある中での生活」に曝されて学習した結果、といえる?

◆反応性の性的行動あるいは虐待反応性の行動
性的虐待を受けた子供は様々な要因から性的に行動化するが、たいていは性的虐待に適応しようとした結果である(※佐名注:性虐のあるケースに限る意見)。より積極的に加害者の役割を取ろうとしたり、反対に受け身的に犠牲者の役割を取ったりすることもある。しかしこの行動は、ある侵入的な思考や耐えきれない何かの感覚が引き金となって、子供が自覚して意識的にやることもある(エリアナ ギル & ジェニファー ショウ,2019)。
「過剰に性的な刺激を受けた子供のほとんどは、その経験を合理的に自分の中に統合することができません。そのため、その子の関心は増大していき、駆り立てられるように頻繁に、そして年齢不相応な知識による性的行動という形でその混乱を行動化しうるのです」(Gil,1993,p45)。

◆SBPのリスク因子となる虐待
 SBPの子どもはさまざまな問題を抱え、性的虐待とは別の形の暴力にさらされていることが多い(Araji, 1997)。学齢期の子どもを具体的に見ると、あるサンプルでは、PSB治療のために紹介された子どもの約50%は、児童福祉サービスによる性的虐待の実証歴を持っていなかった=親からの報告のみであった(Bonner et al.,1999)。Silovsky and Niec (2002)が行ったPSB治療のために紹介された未就学児の研究では、性的虐待の履歴が立証されたのは38%のみであった。つまり、性的虐待を受けた子どもの多くはPSBを発症せず、同様に、性的虐待の既往がなくてもPSBを行う子どもは多く存在することが示唆される。
Tarren-Sweeney(2008)は、複合的な精神病理をもつ347人の子どもを対象に研究を行い、特定の形態の虐待(接触を伴う性的虐待を除く)がSBPの存在を予測することはないことを明らかにした。その結果、ストレスやトラウマとなりうる出来事(例えば、家族間の葛藤)の組み合わせなど、逆境への累積的な曝露が、SBPの発生を最もよく予測することが示唆された。
Tremblay et al.(2020)において、SBPの子どもたちは平均3.28の非性的な被害体験にさらされていたことを報告している。具体的には、73.6%が家庭内暴力、65.8%がいじめ、58.1%が身体的虐待、49.4%がネグレクト、48.1%が心理的虐待、20.5%が暴力犯罪目撃、14.8%が暴力犯罪加害者であった。
Szanto, Lyons, & Kisiel(2012)は、若者が経験するトラウマ的出来事の種類が多いほど、SBPを呈しやすいことも示している:1種類のトラウマ的出来事を経験した若者は9%しかSBPを呈さなかったが、8種類以上のトラウマ的出来事を経験した若者は80%以上、これらの行動を呈していた。
 性的虐待を受けた子供はそうでない子供よりも、自分の性器や肛門にものを挿入する傾向がある(Friedrich et al.,1991 ; Friedrich,2007)。
 性的問題行動で医療機関に紹介される子供は、性的被虐待歴のある子どもの割合の方が性的被虐待歴のない子供の割合よりも高い(Chaffin et al.,2006 ; Friedrich,2007)。
 性的被虐待歴のある就学前の子供は特に危険性が高く、彼らの3分の1が性的問題行動を示す。学童期の子供になるとその発生率は下がって約6%となっている(Kendall-Tackett et al.,1993)。

◆その他主なPSBリスク因子
PSBは、ヌード、親の性行為、ポルノにさらされる可能性のある、家族の境界が曖昧=バウンダリーに問題のある家庭で育った子どもに多い(Friedrich et al.,2003; Curwen, Jenkins, & Worling, 2014; L evesque et al.,2010)。
貧困、片親、貧弱な子育て習慣など、親の指導・監督を阻害する家庭の逆境要因もPSBと関係がある(Elkovitch et al.,2009)。Grayら(1997、1999)のサンプルでは、PSBを持つ子どもの38%と54%が、それぞれ所得が貧困ライン以下の家庭で生活していた。家庭の所得もまた、性的侵入行動の強固な予測因子であり、所得の低い家庭の子どもはリスクが高いことが判明している(Friedrich et al.,2003)。
PSBを持つ子どもの親は、他の親に比べて、子どもの活動に対する監督や監視が少ない可能性を示唆している(Pithers, Gray, Busconi, & Houchens, 1998)。
子どものPSBには、セクシュアリティ性的嗜好)に関連する家族の境界線(バウンダリー)の欠如、不十分な監督につながる家族の逆境要因、家庭内暴力や身体的虐待への曝露が関係しているとレビューされている(Mesman,2019)。

◆子どものPSBの特性や構造
大江他(2007)では、性非行のリスクファクターと性非行の反復の関連が報告されている。反復性高群は性への欲求・関心が高く、軽微な性非行を繰り返す一方で、反復性低群には多様な非行や重大な非行に至るケースが多い傾向にあったことが示された。また生活環境(生活状況・学校の安定性や、ポジティブなサポート体制など)が性非行の反復に深く寄与していることも示された。

◆SBPと外在化行動
外在化行動の問題はSBPの発症と持続に重要な影響を及ぼすと思われる。Boisvert, Tourigny, Lanctôt, & Lemieux(2016)は、外在化行動とSBPの関連性に関する11の研究のうち、7つの研究でこれら2つの行動発現の間に有意かつ正の関連があることがわかったと報告している。
臨床文献によると、攻撃的なSBPを行う子どもは、排泄行動や言語攻撃など、いくつかの外在化行動の問題も示すことが明らかになっている(Araji, 1997)。
PSBの子どもは、反抗的行動、行動問題、不注意、多動性、衝動性、社会的困難、複雑なトラウマ歴、重度のトラウマ症状など、他の精神病理を抱えている可能性も高い(Chaffin et al.,2008;Elkovitch et al.,2009)。また、多くの研究の結果、PSBと児童行動チェックリスト(Achenbach & Rescorla, 2001)の内面化、外面化、総合尺度の間に強い正の関係があることが示されている(Baker, Gries, Schneiderman, Parker, Archer, & Friedrich, 2008; Bonner et al, 1999; Friedrich et al., 2001; Levesque, Bigras, & Pauze, 2010; Gray, Busconi, Houchens, & Pithers, 1997; Gray, Pithers, Busconi, & Houchens, 1999)。
Lévesque, Bigras, & Pauzé(2010)は、 SBPと外在化行動がともに言語的虐待と関連していたとしても、SBPは家族のセクシュアリティと強く関連していたのに対し、外在化行動はそうでなかったことを見いだした。さらに、ネグレクトは外在化行動を予測するが、SBPは予測しないことがわかった。
Tremblay et al.(2020)は、外在化行動問題の有無は、SBPの多様性と重症度の両方に関して考慮すべき最も重要な要因であると述べ、累積ストレス次元(すなわち、社会経済的地位と親の心理的苦痛)はSBPの多様性と重症度の両方と関連せず、性的虐待とSBPの多様性および重症度との間に有意な関連は認められなかったと報告している。

◆大人の性加害と子どもの性加害の違い 
高岸(2020)によれば、成人の場合、一般犯罪と性犯罪のリスク因子は変わらないとの見解が示されている。性犯罪については、性的固執の強さ、反社会的パーソナリティ、性犯罪を容認する態度・思考スタイル、親密さの欠如がリスクとして整理されている。
一方で、子どもの場合、認知機能、性格ともに発達途上のため、成人のものをそのまま適応することが難しい。子ども時代に性的加害行為をしていたからと言って、成人後も継続する人が少ないという藤岡(2016)の指摘もあるように、別物(違う要因によって生起している)と捉える方が望ましい。

◆子どもの性加害に関する要因
Friedrich(2003)は、子どもの性加害の場合、以下の4側面が影響していると指摘している。①衝動コントロールなどの子ども自身の脆弱性②保護者のネグレクトなど不安定な家庭環境③暴力被害などの強制や相手の意図を無視する関わりのモデリング④性刺激への暴露→環境からの刺激も多い。そのため、特に子どもへの支援を考える際には、環境調整や保護者の協力が必要になってくる。
Rich(2005)はアタッチメントですべて説明ができるとは言わないまでも、性加害と一定の関連性があると指摘している。また、アタッチメントの視点を持つことで、子ども時代の性加害行為と成人後の性犯罪を連続体として見れるのではないか、とのこと。※工藤・浅野が言う仮の安心感を得るための構図か。

◆子どもの性加害の「獲得」と「維持要因」
獲得要因は、おそらく上記①から④の組み合わせ。不全感を持っていたことを発散する方法を思いついた。最初は探索行動レベルだったのが、成功体験を積む中で次第に嗜癖化していったか。


4.性的問題行動から性犯罪へ:性犯罪の先行研究から
◆一般犯罪と性犯罪
たった1つのタイプの犯罪しか行っていないと報告したのは、犯罪者の内、わずか26% (Makkai & Payne,2005)。つまり、性犯罪者は性犯罪以外の犯罪も行う=性には関係のない犯因変数にも注意を向ける必要あり。
性犯罪者は非性犯罪も行う(Bench et al.,1997 ; Lussier et al.,2005)
粗暴犯罪の再犯率(性+非性)は19.5 %、性犯罪の再犯率は 11.5%(Hanson & Morton Bourgon,2009)
性犯罪者と非性犯罪者の類似性の一例:犯罪指向的支持の役割⇒望んでいない性交渉を支持するような仲間がいることの重要性(Suarez & Gadalla,2010 ; Alder,1985 ; Kanin,1967 ; Swartout,2013 ; Mengeling et al.,2014)

◆性犯罪者の再犯
性犯罪者は非性犯罪者よりも性犯罪の再犯をしやすい(Hanson et al.,1995;Soothill et al.,2000)。89研究のメタアナリシスによって「子どもへの性犯罪者における態度の違い」が見いだされた;子どもへの性犯罪者と非性犯罪者の態度比較として,子どもへの性犯罪者は犯罪に対する自己の責任を矮小化しやすく(r=.27)、大人と子供の性行為に寛容(r=.25)ということが示されている(Whitaker et al.,2008)。

◆性犯罪者のリスク要因
逸脱した性的ファンタジーは性的逸脱を予測するものの(Hanson & MortonBourgon,2005)、性犯罪の原因としての役割は十分に明確ではない。
ポルノ使用:①ポルノが性的逸脱を刺激し実行に移すよう作用、②ポルノ使用がカタルシスとなり性的攻撃性が低まる、の両立場がある。性的犯罪とポルノの役割にはコンセンサスがなく(Bensimon,2007)、ポルノの果たす役割はケースにより異なる。
RNR 原則を順守した治療は大きな再犯率低下を示した(Hanson et al.,2009)⇒一般犯罪者に関連するリスク要因が、性犯罪者のそれとも重なっている(Hanson,2014 ; Hanson & yates,2013)
性犯罪者に認知について、「加害行為の合理化」と「加害責任のわい小化」の各サブスケール得点は,いずれも子どもへの性犯罪者群の方が刑事司法コントロール群よりも有意に高かったこと、「加害責任のわい小化」サブスケール得点は,子どもを被害者とする性犯罪者群の方が他の性犯罪者群よりも有意に高かったことを報告している(勝田,2016)

◆性犯罪へのプロセス
日常生活における《つまずき》から始まる《つまずきへの対処》,《不安定な心理状態》,《つまずきへのネガティブなとらえ方》のサイクルに引き続き,《性犯罪をしたい気持ち》,《自分の欲求へのこだわり》,《性犯罪をしてもよいという考え》,《性犯罪ができるという考え》,《統制不能》,《女性の気持ちの読み違い》ならびに《犯罪をしたい気持ち》の七つの犯罪に関する認知が生じ,《被害者への接近》という現実の行動に繋がっていく過程を示している(勝田,2016)。

◆愛着スタイルと性犯罪
性犯群の方が非性犯群よりも,愛着スタイルが不安定(「見捨てられ不安」が高い)ことが示された(星・河野,2018)。愛着スタイルにおいて見捨てられ不安が高く,否定的な自己観を持っている人は,一般的に,他者からの承認に依存的で,拒否されることを過剰に恐れる傾向があるため,相手の些細な言動を被害的に受けとめ,激しい不安にとらわれてしまい,それが相手への怒りや敵意となって攻撃行動に至る場合がある(岡田,2011)。性犯罪者の場合,そこに彼ら特有の認知の歪みや女性への敵意(大淵・石毛・山入端・井上,1985)などの要因が加わって,性加害に至った可能性が考えられる。

◆性犯罪の再発防止
性加害行為抑止の取り組みでは、性加害行為をリラプス(再発) に位置づけ、リラプスを促進する認知や行動スタイルを同定し、それらの変容を目的として、“性犯罪に関する知識の獲得(心理教育)”、“三項随伴性の刺激統制”、“認知的再体制化”、“問題解決訓練”、”被害者共感性の教育”、“社会的スキル訓練”、情動への対処”などの心理学的介入が実施され(嶋田,2006;嶋田・野村,2008),洞察中心の心理療法的アプローチなどと比較して再犯率の低下に効果があることがメタ分析を用いた検討の結果から確認されている(Losel& Schmucker,2005)。しかし、性加害行為の抑止を目的とした心理学的アプローチの効果サイズは、必ずしも大きくないことが指摘されている(Harkins & Beech,2007)。
ターゲットとされる変容可能な心理社会的要因と具体的な介入方針として4つに分類でき、(a)性的な興味に関する方向性やその強さに関する“性的嗜好”への介入:性的嗜好に特徴づけられる対象者に対しては、逸脱した性的嗜好を変容させるアプローチ、(b)性加害行為を正当化する役割を果たしているとされる、犯罪行為、性のあり方、被害に対する信念である“歪んだ態度”へのアプローチ:歪んだ態度に特徴づけられる対象者に対しては、認知的歪みと性的権利に関する信念の変容を試みるアプローチ、(c)他者に対する働きかけと働きかけに関する認知感情的要素である”社会感情的機能”へのアプローチ:社会感情的機能に特徴づけられる対象者に対しては、親密な関係性を築き、社会的に機能しうる具体的な対処を学習するアプローチ、(d)長期的な目標の達成に向けた計画、問題解決、衝動の統制であるセルフ・マネジメントへのアプローチ:ネガティブな感情状態への反応へのセンシティビティや衝動的、無計画的行動といったセルフ・マネジメント上の問題に特徴づけられる対象者に対しては、感情統制を含む自己統制スキルや問題解決スキルを中心としたアプローチの実施(Marshall& Barbaree,1991)。
性的嗜好や歪んだ態度は“特定領域”,向社会的行動の促進や生活上の心理社会的問題への対処を通して性加害行為の抑止を目的とする社会感情的機能やセルフ・マネジメントなどは“非特定領域”に分類される(Beech & Fisher,2002;Hudson et al.,1995)。特定領域の心理社会的要因をターゲットとした心理学的アプローチである性的嗜好の変容、歪んだ態度の変容、およびリラプス・プリベンションと非特定領域の心理社会的要因である社会感情的機能の向上をプログラム構成に組み込むことで性加害行為抑止効果が望めることが示唆(野村,2011)。一方で、セルフ・マネジメント等の非特定領域の心理社会的要因を高めることで、性加害対象への接近を高めることとなり、性加害行為を促進してしまう可能性への指摘あり(Brown,2005)。
被害者共感性介入が性犯罪行動リスクに及ぼす影響性について、被害者の心情理解を促す関りは再発予防に限定的な効果,さらに性犯罪被害場面についての検討を促す手続きによって性犯罪行動リスクを高めてしまう可能性が高いことが報告されている(野村,2017)。
身体的去勢 :低い再犯率を示すが(Bradford,1997)、比較群を用いていない・性的機能の喪失は保証しない・倫理や副作用等の問題を抱えるので 現在ではあまり用いられていない。
化学的去勢 :テストステロン分泌を刺激するホルモン(アンドロゲン)分泌をブロックする薬物などを使用 性的欲動が低下する効果があり、再犯率も低下(Bradford et al.,2013 ; Maletzky et al.,2006)。
性的行動と行動的に関連するもの(逸脱した性的思考など)に対しては効果なし。心理学的治療も並行して必要。
性犯罪の再犯リスクが時間経過とともに低下(Hanson et al.,2014)・・・なぜ低下するのかはまだ分かっていない。
性犯罪者にとっては、精神障害犯罪者や一般犯罪者と同様、犯罪歴が最大の予測因子であり、その他には反社会的パーソナリティ・パターンや犯罪指向的態度がある。


5.性的問題行動の治療・改善は可能なのか
◆治療と予測因子に関する先行研究
 PSBの子どもに対する重要な治療要素は、問題行動や違法な性行動をとる青年に用いられる介入戦略とは異なる。全体として、子育てと行動管理に焦点を当てた実践要素がPSBの減少に最も成功したが、青年や成人によく用いられる要素(再発防止、暴行サイクル、覚醒再調整)はPSBの減少に独自に寄与しなかった(St. Amand et al.,2008)。Carpentier, Silovsky, & Chaffin(2006)によると,5歳から12歳の間にPSBを発症した子どもを対象とした10年間の追跡調査では、子育て・行動管理が成功する治療法であることがさらに支持された。行動管理と心理教育を中心とした認知行動療法プロトコル(CBT)を完了した子どものうち、治療後10年間に性犯罪を犯したのはわずか2%であった(他セラピーを受けた子どもたちの将来の性犯罪率が10%)。
 Bonnerら(1999)は性的問題行動を抱える6-12歳の児童に対し、衝動統制、認知の癖、意思決定、正しい知識の獲得に重点を置いたグループCBTを開発し,10年後の追跡調査で性的加害を行った回数と性的加害による逮捕の数の長期的な数が有意に少なかったことを報告した。
 子供のころの性的問題行動が青年期や成人期に引き続き存在するリスクは、適切な治療的介入によってベースライン値まで下がりうる(Chaffin et al.,2006)。
性的問題行動につながるリスクが最も高い子供を予測する要因に基づいた「セクシュアリティモデリング」「家族の抱える困難」「威圧的な行動のモデリング」「全般的な子どもの行動」の4因子が提案されている。中でも家族機能(特にバウンダリーセクシュアリティ)に関連する因子は重要で、そのほかにも貧困・家族のストレス・緊張した親子関係といった社会的因子も性的問題行動の発生のリスクを増大させる(Friedrich et al.,2003)。
性的問題行動を抱える子供を対象に、性的問題行動に焦点を当てた保護者も関わるCBT的介入方法に加えトラウマによるストレス症状に対する取り組みも行う治療は、両方の問題を抱える子供に対して行えば、どちらの問題や症状にも改善効果がみられる(エリアナ ギル & ジェニファー ショウ,2019)。

◆治療における保護者の役割
 性的問題行動の介入でも、適切に焦点化され目的志向的な方法を用い、保護者や教師に実践的な子どもの行動管理の方法を指導し、親子関係を強化するときにその効果は最大化する(Patterson, Reid, & Eddy,2002)。
 アタッチメントに焦点化した取り組みの必要性があるにもかかわらず、現在実際に行われている介入は個人に注意が向けられ、性的問題行動に関連する認知に焦点が当てられている(Friedrich,2007)。
高岸他(2021)から、保護者が「積極的に子どもに行動や様子を確認するよう働きかけること」を行う保護者のモニタリングが、性犯罪抑止に効果的に働く可能性に言及している。

◆PSBケアのための推奨事項(Mesman et al.,2019)
頻度と保護者の管理に関する情報を入手する/発達要因の考慮/危害の程度を評価する/標準化されたノルムレファレンス測定法を使用する/家庭環境の評価/性的虐待の履歴を評価する/虐待が疑われる場合、適切な当局に通知する/子供を精神科に紹介する/家族のメンタルヘルスサービスを紹介する/安心感と心理教育の提供


6.今後の課題
◆サブタイプごと(下着盗、のぞき、公然わいせつ、痴漢、強姦)の特徴があるのか、それによって選択される治療法も異なるのか ※単純な「窃盗」カテゴリでしたら以前まとめましたが、性的な窃盗とはかなり特徴が異なっていました。性が絡むと質的に異なるんだなぁと思いました。あと大人の性犯罪の場合は特徴(接近型と回避型の分類とか)も有効な治療もあるっぽいですね(三住他,2021)


7.性加害児童Aへのアセスメントと対応
 改めて性加害児童Aの事例を掲載します。
 主訴:実父からの身体的虐待で児童養護施設へ入所した7歳男児A。Aが施設内で、年下男児に自身の性器を触らせる、知的に遅れのある同年代女児に衣服を脱いで下着を見せろと命じる、といった問題行動が発覚。施設から児相に援助依頼があった関係で、心理担当がついてAと面接を実施した。
 状態像:Aは知的には普通域。他児への暴力行為は頻繁ではないがある。過去にAに対する性加害は確認されていない。
 家族構成:Aの父は母へのDVもあり、Aは度々その目撃をしていた。Aの母は無職で、Aの父は団体職員。平日昼は父母が在宅であることが多かった。きょうだいはAの下に次男(6)、長女(5)、三男(4)がおり、6人世帯であった。
 児相の関り:児童相談所の心理司が「プライベートゾーン」「良いタッチ・悪いタッチ」などの心理教育を行ったが、その2か月後に同様の行動が再発。今後どのようにAと心理司・施設職員が関わっていけばよいか。

本児の行動は遊びの一環なのでしょうか、それともれっきとしたPSBなのでしょうか。この場合は「12歳以下で、体の性的な部位に対し、その子や相手の子が発達的に見て不適切あるいは有害な行為をするもの」と考えられるのでPSBと考えて問題なさそうです。また支配関係や強制がある“心配な・問題のあるケース”と考えてよさそうです。
次に、本児の抱える個人・環境の脆弱性(先行因子)についてざっと検討します。
環境因を考えると、身体的虐待やDV目撃による心理的虐待を始めとした累積的な逆境環境への暴露、は間違いなく言えそうです。本児の環境から推測するに、不十分な監督や性情報への暴露などもありそうですが、現段階では確証がありません。
個人の脆弱性については情報が多くはありません。衝動性や歪んだ性認知・対人認知などが本加害行為に影響を及ぼしている可能性は当然ありますが、歪んだ対人認知については“DV目撃により支配関係による対人構築という歪んだ対人認知を誤学習した”というモデリングが寄与している可能性は否定できません。衝動統制については能力的に課題がある可能性がありますが、知的には普通域ですから、DN-CAS等の認知機能系の検査を行っていくのがいいかな、と思います。このように、加害に至る・加害を抑制できなかった個人因子は、過去の行動エピソードや心理検査等で情報を得ていきます。
次に、性加害で用いる行為をどこで学習したかです。これも情報がありません。家庭の中で性曝露があったのか、施設入所後に性曝露があったのか、もしくは直接の性被害があったのか、そこを念頭に置いて調査を行っていく必要があります。
そして、本児にとって性加害のもつ機能をアセスメントします。性加害を行うことで獲得できるものは何なのか、という視点です。例えばアタッチメントの視点から「仮の安心感」を得ることによる快感覚が強化子として働いていたのか、性加害による支配に本児にとって肯定的な意味があったのか、見捨てられ不安のような不安定な愛着スタイルが先行因子としてあり、不安の解消された感覚が強化子として働いた可能性はあるか、などです。もちろん、トラウマの行動化・フラッシュバックの結果としての性加害という側面も頭に入れつつアセスメントを進めていかなければいけません。

性加害への治療は具体的にどう進んでいくのが望ましいのでしょうか。
まずアセスメントとして↑の先行因子に当たるリスクをつぶしていき、その上で本児の性加害で得る機能を具体的に特定していき、同様の機能の得られる代替行動を検討していきます。
治療エビデンスを基に考えると、本児のモニタリング等により行動管理を適切にした上で、性加害やその周辺についての心理教育を行い、次いで衝動統制・認知の癖・意思決定等に重点を置いたCBTに進んでいく、という感じになるかと思われます。CBTの中で、同様の機能を得られる代替行動の学習を進めていく感じでも良いのですかね?

 性加害は「誤学習と寂しさ」の2側面で強引にアセスメントして心理教育で終わってしまうことが珍しくないように感じます。その2側面は性加害エビデンスのうちのごく一部でしかありませんので、加害者のケアや被害者を生まないこと等を目的として、きちんと関わっていきたいものです。

攻撃性と脳機能

虐待を受けている児童と接する中で、攻撃性が高い子とか、よく加害をしてしまう子に出会います。
虐待を受けているから攻撃性が高いんだ、と言われがちですが、そんな単純なものではないですし、科学的根拠を無視して言うのであればそれは偏見です。
ただ、虐待の影響として、結果的に攻撃反応が目立ってしまう、というのは、脳機能的な側面(に加えて認知的な側面)を考慮すると、否定される話ではないのかもしれません。
被虐待のために負の影響が脳の部位に出たとして、それは子どもの攻撃性に繋がるものなのでしょうか。今回はそんなお話し。

◆定義
攻撃性について話すために、攻撃の定義をまず行います。
攻撃は,資源が限られており,交渉よりも危害の伝達が効率的である場合に,優位に立つことを目的とした危害の伝達を伴う(Haller, 2014)、とあります。

◆攻撃の反応型/積極型
攻撃って色んなタイプがあります。計画的だったり、反射的だったり。ここでは2つの型が言及されていて、その2つの型はそれぞれ異なる要因・様子があります。以下、先行研究が続きます。
反応的攻撃:(a)怒り,憤怒,敵意を必ず伴う,(b)欲求不満や知覚された挑発に反応して起こる(特に対人関係において),(c)不快な情動状態を鎮めるというより初歩的な目的によって動機づけられる攻撃性,である。
積極的攻撃:(a)常に怒りや怒りなどの否定的な情動状態を伴わず,(b)典型的には,挑発されるのではなく,加害者によって開始され,(c)価値のあるもの,例えば,物,報酬,権力,地位,社会的優位を得るという期待によって明示的に動機づけられていることが特徴的である。(Rosell & Siever, 2015)
反応的攻撃性と積極的攻撃性は同時に存在するにもかかわらず,この2つのサブタイプは重要な相違を示す。反応的攻撃性は虐待歴(Dodge,Lochman,Harnish,Bates, & Pettit 1997,Kolla,Malcolm,Attard,Arenovich,Blackwood & Hodgins, 2013),負の感情性,衝動性(Cima,Raine,Meesters & Popma,2013 ; Raine,Dodge & Loeber,2006)と関連しており,CU特性(精神病質の構成要素)はやや負の予測をする。 一方,積極的攻撃性は,サイコパス(Kolla,Malcolm,Attard,Arenovich,Blackwood & Hodgins ,2013)の身体的攻撃性,暴力犯罪と正の相関があることが示された(Cima,Raine,Meesters & Popma,2013 )。さらに,社会的手がかりに敵意を過剰に帰属させる傾向,すなわち敵意帰属バイアスは反応的攻撃性と関連するが,積極的攻撃性とは関連しない(Arsenio, Adams & Gold ,2009 ; Hubbard, Dodge, Cillessen, Coie & Schwartz ,2001). 一方,暴力や攻撃行為が好ましい結果につながるという確信,すなわち正の結果期待感は積極的攻撃性と特に関連している(Smithmyer, Hubbard & Simons ,2000 ; Walters ,2007). 最後に,攻撃性に関連する刺激による注意の干渉は,反応的攻撃性,積極的攻撃性とそれぞれ直接的,逆相関がある(Brugman, Lobbestael & Arntz )。
以上のように、虐待に関わるものは「反応的攻撃」なんだと言えます。感覚的にも、そうだなーって感じですよね。

◆間欠性爆発性障害(IED)
間欠性爆発性障害(IED)っていう診断もあるので見ておこうと思います。馴染みは無いですが(自分だけ?)知っておいた方がよさそうです。
IED基準の最新版で注目すべき点は,(1)攻撃性が衝動的または反応的であるという要件,(2)通常比較的低い頻度で起こる他人や貴重な財産(自分の財産,例えば携帯電話を含む)に対する激しい身体攻撃行為だけでなく,言葉による攻撃や大きな被害/損害につながらない小さな身体事象(ドアをバタンと閉める,物を机から突き落とすが物損ではない)の頻度の高い発生も含めることである。IED の診断は,これらのパーソナリティ障害の診断だけよりも,明確な生物学的プロファイルと,より重度の攻撃性と機能障害に関連することが証明されているためである(McCloskey, Berman, Noblett & Coccaro ,2006).

以下からは、脳と攻撃性を、脳の部位ごとに見ていきたいと思います。定義や機能の話と、攻撃性との関りについての先行研究などをつらつらとまとめいきたいと思います。

◆攻撃性と線条体
線条体は広い範囲からの入力を統合し,様々な競合,運動,認知,および感情的反応の適切な選択と抑制に重要な役割を果たすといわれています。特に線条体における腹側と背内側は攻撃性への関与が注目されています。以下先行研究が続きます。
腹側線条体:「結果」や「出来事」の期待値の処理に関与。例えば,社会的相互作用からの期待値を決定し,その結果,衝動的攻撃性の一般的な前駆症状である対人関係上の侮辱に対する過度の欲求不満などの現象に寄与していると考えられる。腹側線条体機能の低下は,攻撃性の誘因となる対人的な侮辱や社会的拒絶に対する過度の過敏性など,不均衡なフラストレーションの影響を受けやすく,衝動的攻撃性(衝動的反社会性の一要素)と関連する可能性を示唆している(Buckholtz, Treadway & Cowan,2010)。
背内側線条体:「行動」の期待値の下支えをしている。欲求不満に対するある種の反応,例えば,構成的抑制とは対照的な攻撃性の価値の決定に関与している可能性がある。背内側線条体は,セロトニン作動性システムと協調して,攻撃性にも関与しているとされている(Crockett, Apergis-Schoute & Herrmann,2013).

◆攻撃性と海馬
海馬と攻撃性も関連が報告されています。例えば、Roberts, Pozzi, Vijayakumar, Richmond, Bray, Deane, & Whittle(2021)を総合すると、以下のことがいえます。
ベースライン時の攻撃的行動レベルが比較的低い女性:時間の経過とともに右海馬の成長
攻撃的行動のレベルが比較的高い女性:そのような成長は見られなかった
攻撃性が比較的低い子ども:扁桃体と皮質構造の発達的な結合を経時的に観察+扁桃体前頭葉,側頭葉,頭頂葉の発達的な結合
攻撃的行動レベルが比較的高い子ども:海馬と皮質構造の経時的な正の発達的結合
↑の他にも、攻撃性が海馬体積の減少と関連(Nunes et al., 2009;Pardini et al., 2014;Zetzsche et al., 2007)+海馬の成長が比較的低下すると,ベースライン時の攻撃性が高くなるといった負の関係(Bos et al.,2018)、小児や青年では,無効な知見と肯定的な関連性の両方(Thijssen et al., 2015; Visser et al., 2013)があり,様々な知見が得られているようです。

◆攻撃性と眼窩前頭皮質(OFC)と前帯状皮質(ACC)
前頭葉系は自己抑制や実行機能など、攻撃性の表出と抑制に大きくかかわる部位です。
攻撃性との関連で、OFC(眼窩前島皮質)とACC(前部帯状回)が一貫して容積と機能が減少している領域であることが確認された(Raschle, Menks, Fehlbaum, Tshomba, & Stadler, 2015;Yang & Raine, 2009)。左のOFC灰白質体積が小さいほど,特性攻撃性が高く (Gansler, McLaughlin & Iguchi ,2009),感情疾患の既往がある人においても,右/左のOFC体積比が大きいほど,特性攻撃性が高いことと関連していた(Antonucci, Gansler, Tan, Bhadelia, Patz & Fulwiler ,2006)。攻撃性の病態生理におけるOFCの役割は,「活動低下」メカニズムによるものではなく,むしろ「切断」メカニズムによるものが最適であることを示唆(New, Hazlett & Newmark ,2009).
小児および思春期の集団では,右ACC体積の減少が攻撃性の増大と関連していた(Boes, Tranel, Anderson, & Nopoulos, 2008; Ducharme, Hudziak, Botteron, et al., 2011)。
健常者が怒った顔を見ているときに生じる扁桃体と内側OFCの結合が,IED患者では見られなかった (Coccaro, McCloskey, Fitzgerald & Phan,2007)。
特性的な怒りは,扁桃体と対側OFC内側の機能的結合と逆相関があり,最も強く右扁桃体と左OFC内側の間にあったことに加え,怒りの感情に対する自分の反応を抑えようとする傾向が,扁桃体-OFCの機能的結合と正の相関があることを見出した(Fulwiler, King & Zhang ,2012)。
5-HT2A受容体の薬理学的拮抗は,恐怖の表情を処理する際に内側OFC-扁桃体結合を増強させる(Hornboll, Macoveanu & Rowe ,2013).このことは,IEDを持つ人格障害患者の状態攻撃性が,OFCにおける5-HT2A受容体の有効性と正相関するという発見と一致する(Rosell, Thompson & Slifstein).
以上により、右/左のOFC体積比が大きいこと、右ACC体積の減少、扁桃体と対側OFC内側の機能的結合の弱さなどが、攻撃性と関わっていることが示唆されています。

◆攻撃性と他前頭葉
外向性障害の子どもや青年,精神病質特性を持つ青年,高いレベルの攻撃性を示す健常児を対象とした研究において,皮質下-前頭葉回路に構造的な違いが確認されている(Ameis et al.,2014;Bos et al.,2018;Sarkar et al.,2012)。
扁桃体と腹側PFC(前頭前皮質)の機能的結合が健常対照者(N=21)と比べて統合失調症患者(N=25)で有意に低下していることを示し,攻撃性の特性指標と扁桃体-前頭連合体間の有意な負の相関を見いだした(Hoptmand'Angelo & Catalano ,2010)。
これも一つ上の知見と同等のものなのかなと思います。

◆攻撃性と扁桃体
扁桃体は基本的には感情に関するものをつかさどる部位といわれており、攻撃性とのかかわりも深いです。以下知見が続きます。
攻撃的行動の割合が増加する集団(健康な子供と大人,および行動障害(CD),反社会的人格障害(ASPD),および他の精神病理学を持つ人々)において,攻撃性と扁桃体容積減少との関連(Fairchild et al.,2011;Huebner et al., 2008;Pardini, Raine, Erickson, &Loeber, 2014;Thijssen et al.,2015)。
攻撃的な行動は,辺縁系構造と前頭葉の間の回路の機能障害と関連しており,特に扁桃体は感情的な反応を引き起こし,前頭葉の構造は社会的文脈と道徳的推論を考慮してこれらの衝動を認知的に抑制する(Davidson, Putnam, & Larson, 2000; Potegal, 2012; Siever, 2008)。
・攻撃性と扁桃体のパーセレーション
人間の攻撃性に関する一般的な理論では,扁桃体は皮質の意思決定中枢と視床下部や脳幹の実行中枢の中間に位置する(Berdahl, 2010, Blair, 2010, Potegal, 2012, Weiger and Bear, 1988)。これまでに発表された研究の一部は,扁桃体のパーセレーションが可能であるだけでなく,攻撃性の理解に関連していることを示している(Bobs et al.,2013,Boccardi et al.,2011,Coccaro et al.,2015,Gopal et al.,2013,New et al.,2007,Schienle et al.,2015,Yoder et al.,2015,Yang et al.,2009)。これらの研究では,「扁桃体全体」というアプローチはむしろ非現実的で,解剖学的により詳細な分析に置き換える必要があるという見解が支持された(Bickart et al.,2014,LeDoux,2007)。齧歯類とヒトの扁桃体下位領域の対応は完全に確立されていないものの,ヒトの脳イメージング技術によって中央(中枢)と内側の扁桃体を区別できること(Saygin.,2017),ヒトの攻撃性において差のある役割を持つと思われる(Boccardi.,2011,Coccaro.,2015,Yang.,2009)。
中枢の扁桃体:感情低下を背景に攻撃の異常な特徴が表出されたときに活性化。
内側扁桃体:コカイン,思春期ストレス,離乳後の社会的孤立モデルや,攻撃性を選択したマウス,低不安を選択したラットで活性化(Haller et al.,2006,Knyshevski et al.,2005,Marquez et al.,2013,Toth et al.,2012,Veenema et al.,2007)。内側扁桃体の活性化は,異常な攻撃が量的ではなく質的に変化する(すなわち,攻撃回数が増加しない)、グルココルチコイド欠乏モデルの対照群に見られるものと同様だった(Halasz et al.,2002;Tulogdi et al.,2010)。
攻撃目標の異常と攻撃回数の増加の両方を示すモデルでは,中央扁桃体と内側扁桃体の両方の過活性が観察された(Haller et al.,2006,Marquez et al.,2013,Veenema et al.,2007)。
まとめると、中枢扁桃体は攻撃性の質的側面を,内側扁桃体は量的側面を制御していることが示唆された。中枢扁桃体の活性化は低感情の背景で行われる脆弱な標的への攻撃と関連し,内側扁桃体の活性化は攻撃回数の増加と関連する。攻撃回数の増加が攻撃対象の異常と関連している場合には,両方のメカニズムが活性化される(Haller, 2018)。

まとめると、扁桃体は感情的な反応を引き起こし,前頭葉は攻撃衝動を抑制する働きがあり、扁桃体容積の減少は攻撃性の増加と関連すること、
扁桃体は中央(中枢)扁桃体と内側扁桃体の2つに分けて考えることが出来そうということ、
中枢扁桃体の活性化は低感情の背景で行われる脆弱な標的への攻撃と関連し,内側扁桃体の活性化は攻撃回数の増加と関連すること、
といったことが言えそうです。

以下、異常な攻撃性モデルと、2つの攻撃性モデル(グルココルチコイド欠乏モデルと離乳後の社会的孤立モデル)についてです。小ネタということで。
・異常な攻撃性モデル
異常な攻撃性は,攻撃性に関連する精神病理学とある程度の暴力犯罪のモデリングを目的とした比較的新しい概念である(Haller et al.,2001,Haller et al.,2005,HallerとKruk,2006,Miczek et al.,2013,Haller et al.,2014)。異常な攻撃性モデルでは,被験者は,ヒトの精神病理学的攻撃性をもたらすそれらの病因の実験室モデルにさらされる(Halleret al.,2014,Miczekte al.,2013)。簡単に言えば,被験者がこの危険な行動に伴う危険を制限する「自然法則」を守らない場合,攻撃性は異常とみなされる。例えば,脆弱な対象を狙った攻撃,威嚇による攻撃意思の伝達の失敗,雌にもたらされる暴力的な攻撃などは,すべて異常とみなされる。

・二つの「プロトタイプ」の攻撃性モデル:グルココルチコイド欠乏と離乳後の社会的孤立
グルココルチコイド欠乏と離乳後の社会的孤立はそれぞれ,低覚醒と高覚醒による人間の攻撃性をモデル化したもの。
グルココルチコイド欠乏症モデル:このモデルに参加したラットは中央扁桃体は顕著に過剰に活性化し(Tulogdi et al.,2010,Tulogdi et al.,2015)、相手の体の弱い部分,すなわち頭,喉,腹に攻撃の的を絞り始めた。さらに,攻撃的な威嚇によって攻撃の意図を伝える傾向が弱まった。攻撃は著しく鈍い心拍反応と関連していた(Haller et al.,2001, Haller et al.,2004, Haller et al.,2007).
離乳後の社会的孤立モデル:感情的攻撃性の初期決定要因は,しばしば幼少期に受けた不利な経験,特に社会的無視であるという観察に基づいていた(Chapple et al.,2005,Pesonen et al.,2010,Uchino et al.,1996)。このような人間の状態を模倣して,実験用ラットを離乳期から成熟期まで隔離して飼育した(Toth et al.,2008)。このモデルに供されたラットは,対照群よりも頻繁に相手に噛みつき,脆弱な標的を攻撃し,威嚇による攻撃意思を示さない。これらの特徴は,すべて攻撃性のレベルの上昇を示している。その一方で,ラットは防御行動も増加し,攻撃的な出会いの際に支配的な行動を示すことは少なくなった。さらに,ラットは動揺の行動的兆候も示し,再社会化すると恐怖反応という形で社会的欠陥が見られた(Toth et al.,2011,Tulogdi et al.,2014)。
これらの知見を総合すると,異常な攻撃性の神経的背景は,覚醒と行動の特徴の両方に依存する可能性が浮上した。思春期ストレスモデルやグルココルチコイド欠乏モデル,攻撃性を選択したマウス,低不安行動を選択したラットでは,中枢扁桃体が強く活性化していた(Haller et al., 2006, Marquez et al., 2013, Tulogdi et al., 2010, Veenema et al., 2007)。これら4つのモデルのうち2つでは,被験者は脆弱な標的への攻撃と攻撃的な遭遇に対するグルココルチコイド反応の減少の両方を示す(グルココルチコイド欠乏モデル:Haller et al., 2001; 攻撃性を選択したマウス;Haller et al., 2006, Caramaschi et al., 2008, Veenema et al., 2004)。

◆子どもの攻撃性研究の少なさ
大人対象の研究はたくさんありますが、子どもを対象とした研究は少ないです。先行研究でも言及されています。
子どもの攻撃性の神経学的相関を調べた研究は比較的少なく,また,そうした研究は平均年齢が10歳以上のサンプルを用いることが多いため,幼児期の脳における重要な変化を捉えられない可能性があります(Ameis et al.,2014; Ducharme et al.,2011; Visser et al.,2013; Walhovd, Tamnes, Østby, Due-Tønnessen, & Fjell, 2012)。
実際,ある先行研究では,攻撃性の増加は,小児期後半から青年期にかけて,海馬体積の減少,および扁桃体前頭前野の正の発達的結合に関連していることが明らかになった(Bos et al.,2018)。興味深いことに,結果は攻撃性に特有であり,他の外在化変数(規則破りなど)を用いて再現されませんでした。

先行研究をレビューしてみると、脳と攻撃性は密接な関係にあることが分かります。そしてそれは、虐待によって主に影響の出るとされている部位が、かなり多くを占めるのではないかと思われました。
いずれにせよこれで、虐待⇒脳の器質的(物理的)影響⇒能力や攻撃性などに負の影響⇒日常場面における支障、みたいなつながりも見えてきたように思われます。
大事なのは、いつ・どんな虐待を受けたのか、現在の子どもの状態像はどんなものか、脳研究で得られた知見は、そこを結ぶ論理的中間項になり得るか(エビデンスになり得るか)。そこらへんのロジックをしっかり組んでいくことなのかなと思いました。


引用文献(一部ですいません)
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脳の容積・体積が低下(脳が委縮)したら、脳の機能に悪い影響が出るの?

虐待と脳発達関連で最近色々と話題になりましたが、あの先生の研究が現場や世の中に与えたインパクトが大きかったのは事実です。
僕もあの先生の知見を最初に見たとき、これまでのふわっと主観が強い臨床的な見方に辟易していたフラストレーションが、徐々に和らいでいくのを感じましたし、
ようやくまともな説明責任が心理から果たせる、と感じたものです。
(今までの児相の心理さんの一部は、説明責任が果たせているとは言い難い仕事をしていた部分があります)
でも、そもそも脳に物理的な影響があるから、それが実生活上の負の影響に繋がるかどうかって言えるのでしょうか。
いわゆる、脳が委縮してるんだからダメに決まってるだろという感覚は恐らく全人類が共有していると思うのですが、はたして本当に脳の物理的な負の影響(あの先生は“委縮”とか“変形”というキャッチーな言い回しをよくしていましたが)は生活上の負の影響に繋がるものなのでしょうか。
結論から言えば、脳の容積・密度低下など物理的な負の影響は、生活上の負の影響にも繋がることが分かっています。

さて、前回のエントリで、虐待の影響が脳にどのような影響(物理的に)を与えるのかをざっとレビューしました。
今回のエントリでは、脳に物理的な影響(容積・密度の低下など)があったら、どういった負の影響が出るのかを見ていきたいと思います。
これによって、
1:虐待は脳に影響を及ぼす(容積減少等)→2:脳の容積減少は知能などに影響を及ぼす
 =虐待は被虐待児に具体的な負の影響を及ぼす福祉侵害である
というロジックが組めるようになるので、「やっぱり虐待ってダメだよね」が論理的に言えるようになるのではないかと思います。
現場で頑張る児童福祉司・児童心理司さんの一助になればいいなと思います。

・脳容積減少の影響
Nave, G., Jung, W. H., Karlsson Linnér, R., Kable, J. W., & Koellinger, P. D. (2019). Are bigger brains smarter? Evidence from a large-scale preregistered study. Psychological science, 30(1), 43-54.
(N = 13,608)。性別,年齢,身長,社会経済的地位,人口構造を系統的にコントロールし,出版バイアスのない解析を行った.※出版バイアス(publication bias)とは、否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくいというバイアスである。 公表バイアスとも言う。
その結果,全脳容積と流動性知能の間には強固な関連性が認められ(r = 0.19),また脳の総量と学歴との間にも正の関係が認められた(r = 0.12)。これらの関係は主に灰白質に起因しており(白質や脳液量よりも)、効果の大きさは性別や年齢層によらず同様であった。

脳研究では相関が.20超えるものはまれで、.19は脳研究ではかなり高いです。脳全体でなく特定部位との相関であればもっと高い値が出ると考えられます。この研究からは、脳の容積と流動性知能(WISCとかでいうワーキングメモリとか処理速度とか)とは強い関連があるぞ、学歴とも正の相関があるぞ、ってことですね。
ちなみに灰白質ニューロンの細胞体が集まる場所で、大脳だと表層部にあたります。

Cox, S. R., Ritchie, S. J., Fawns-Ritchie, C., Tucker-Drob, E. M., & Deary, I. J. (2019). Structural brain imaging correlates of general intelligence in UK Biobank. Intelligence, 76, 101376.
年齢と性別を補正した全脳容積と一般知能の潜在的因子との関連は,r = 0.276であった。知能の一般因子(g)と脳の総体積やその他の脳構造の全体像との関連性の大きさには、男女差はなかった。gと最も相関のある脳部位は、島皮質、前頭葉、前/上/内側頭葉、後/側頭葉、外側後頭葉の体積、視床体積、視床線維と連合線維の白質微細構造、鉗子小体の体積であった。

Nave et al.(2019)の研究よりも大きな関連(r=.276)が得られています。そして脳容積と知能の関連について男女差はないということなんですね。

Aydogan, G., Daviet, R., Karlsson Linnér, R., Hare, T. A., Kable, J. W., Kranzler, H. R., ... & Nave, G. (2021). Genetic underpinnings of risky behaviour relate to altered neuroanatomy. Nature Human Behaviour, 5(6), 787-794.
リスクをとる行動の遺伝性が指摘されていますが、遺伝的気質がどのようにリスク行動に反映されるかについてのエビデンスは乏しい。この研究では、UK Biobank(N = 12,675)のヨーロッパ人サンプルを用いて、飲酒、喫煙、運転、性行動の領域にわたる現実世界の危険行動について、遺伝子情報に基づく神経画像研究を行った。
その結果、危険行動と、扁桃体、腹側線条体視床下部、背外側前頭前野(dlPFC)などの異なる脳領域における灰白質体積との間に負の関連があることがわかった。
独立した集団(N = 297,025)を対象としたゲノムワイド関連研究から得られた危険行動の多遺伝子リスクスコアは、dlPFC、被殻視床下部灰白質体積と逆相関していた。この関係は、遺伝子と行動の間の関連性の約2.2%を媒介している。

前頭前野背外側部や視床下部灰白質体積と危険行動の相関が、遺伝子と行動の間の関連性の約2.2%を媒介しているということでした。他にも扁桃体や腹側線条体灰白質体積も危険行動と関連しているということでした。
虐待経験のある人が上記のような危険行動リスクが高いというのはなんとなく聞いたことある方や感じている方がいるかもしれません。安易にこれを言うと差別的発言ととられかねないです。
しかし、こうしたエビデンスを元にすると、
虐待⇒虐待の影響で脳の容積低下⇒危険行動リスク増
という側面も検討できるのではないかと思います。まぁこんな単純な直線関係だけで言うのはさすがにアウトですが、これもアセスメントの1つに、ということです。

Jansen, P. R., Nagel, M., Watanabe, K., Wei, Y., Savage, J. E., de Leeuw, C. A., ... & Posthuma, D. (2020). Genome-wide meta-analysis of brain volume identifies genomic loci and genes shared with intelligence. Nature communications, 11(1), 1-12.
ヒトの知能と脳体積(BV)の表現型の相関は大きく(r≒0.40)、共通の遺伝的要因によるものであることが示されている。本研究ではBVと知能の間には0.24の遺伝的相関があることがわかった。

容積・体積との相関っていう単純な話でなく、遺伝的相関に言及されています。脳体積と知能の間には遺伝的相関があるんですね。遺伝的相関。遺伝的相関って何っすか?バカな自分にも分かるように教えて偉い人。

反応性愛着障害(Reactive Attachment Disorder:RAD)の診断と脳の物理的側面の関連も報告されています。↓
Makita, K., Takiguchi, S., Naruse, H., Shimada, K., Morioka, S., Fujisawa, T. X., ... & Tomoda, A. (2020). White matter changes in children and adolescents with reactive attachment disorder: A diffusion tensor imaging study. Psychiatry Research: Neuroimaging, 303, 111129.
本研究では、拡散テンソル画像(DTI)を用いて、RAD患者(n=25、平均年齢=13.2)と定型発達者(TD)の対照群(n=33、平均年齢=13.0)における分画的異方性(FA)のグループ差を評価した。さらに、FAの違いを解釈するために、平均拡散率(MD)、軸方向拡散率(AD)、径方向拡散率(RD)などのパラメータを追加して評価した。
その結果、TD群に比べて反応性愛着障害(RAD)群では、脳梁本体(CC)および内包後縁と放射状体(前部、後部、上部)を含む投射および視床経路のFA値が有意に高いことがわかった。さらに、RAD群はTD群に比べ、CC本体および上記経路のRD値が有意に低かった。以上の結果から、RADは、情動調節に関与すると考えられるCCと投射および視床の経路の構造の変化と関連していることがわかった。

拡散テンソルについては↓が分かりやすいです。
坂口雅州, 阿部修, 佐瀬航, 相澤拓也, 雫石崇, 菊田潤子, ... & 鈴木雄一. (2011). 拡散テンソルの臨床応用. 日大医学雑誌, 70(3), 141-144.
虐待の影響により生じる反応性愛着障害という状態は、脳の拡散異方性の変化に寄与するということです。部分的に高まったり低下したりしているとのことです。容積とかと関係してるんだろうか。虐待の影響で過大になるとされている部位もありますし、過剰な成長や拡散異方性の高まりは機能的には負の影響を及ぼす、とかあるんでしょうか。

以上の知見をまとめると
・脳容積と流動性知能の間には強固な関連性が認められ(r = .19)、性差は無い
・脳の総量と学歴との間にも正の関係(r=.12)が認められる
・脳容積(扁桃体、腹側線条体視床下部、背外側前頭前野(dlPFC)などの異なる脳領域における灰白質体積)は危険行動(飲酒、喫煙、運転、性行動)との間に負の関連が認められる
・虐待の影響により生じる反応性愛着障害という状態は、脳の拡散異方性の変化に寄与する
といった感じでしょうか。
いずれにせよ、脳の器質的変化は生活上負の影響を与える、という言い方ができそうです。ということは最初に書いたように
1:虐待は脳に影響を及ぼす(容積減少等)→2:脳の容積減少は知能などに影響を及ぼす
 =虐待は被虐待児に具体的な負の影響を及ぼす福祉侵害である
というロジックが組めるようになるので、「やっぱり虐待ってダメだよね」が論理的に言えるようになるのではないかと思いました。

虐待の脳への影響

虐待と脳発達の専門家である某先生の研究不正が話題になりました。
一部「脳に影響が出るからって子どもが保護されたけど嘘だったのか」みたいに言ってる方(児相の介入があった方なのかな)がいらっしゃいましたが、以下に示すだけでも非常に多くの先行研究がある以上、その理屈は間違っています。
あと、某先生の不正は「育児中の親のホルモン」についてなので、今のところここに書いた某先生の知見は否定されるものではないです。今後不正がまた発覚したら別ですが…。
以下、虐待が脳に及ぼす影響についての研究をざーっとまとめてみようと思います。各部位ごとに、その影響についての知見を書いていきたいです。

脳全般
幼少期の虐待は,OFC(前頭前野),小脳,後頭葉頭頂葉,側頭葉の広範な構造異常と関連しており,これらの領域は,この集団に典型的に観察される感情,動機,認知機能の異常の背景にあると考えられる。
小児期虐待群は,左舌側部,頸部周囲部,楔前部,上頭頂部のCV(皮質体積)が有意に低下し,左前・後中心部,傍中心部のCT(皮質の厚さ)が低下しており,これらは虐待の重症度が高いほど相関していた(Lim et al., 2018)。
また,健常者と比較して,左下側頭回と中側頭回のCVが増加していた。
女性では,CM(Child Maltreatment)の重症度が高いほど,すべての領域で皮質の厚さが薄くなることも関連していた(Tozzi, Garczarek, Janowitz, Stein, , Wittfeld , Dobrowolny, & Frodl, 2020)。これらの知見は,精神病理学的状態に関係なくCMの重症度が脳に広く影響することを示した先行研究(Chaney, Carballedo, Amico, Fagan, Skokauskas, Meaney and Frodl,2014)と一致するものであった。
小児期の虐待は,尾状核被殻前頭前野の一部,黒質側坐核の血流変化(Chugani et al ,2001 ; Sheu, Polcari, Anderson, & Teicher, 2010),線条体のサイズ減少(Dannlowski et al, 2012 ; Edmiston et al ,2011 ; Baker et al ,2013),前帯状皮質の体積・厚み・結合性の減少(Heim et al., 2013 ; Cohen et al, 2006 ; Baker et al ,2013 ; Thomaes et a, 2010 ; Teicher, Anderson, Ohashi, & Polcari, 2014 ; van der Werff et al, 2013),眼窩前頭葉の変化(Hanson et al ,2010 ; Thomaes et a, 2010 ; Gerritsen et al, 2012)と関連していると報告されている。辺縁系前頭領域,視覚野,小脳などの異なる領域でCMの有意な主効果が検出されたが,サンプルサイズはやや小さめであった(Kelly, Viding, Wallace, Schaer, De Brito, Robustelli and McCrory,2013; Yang, Cheng, Mo, Bai, Shen, Liu, Li, Jiang, Chen, Lu, Sun and Xu,2017)。

HPA-axis(HPA軸)
視床下部-下垂体-副腎 (HPA) 軸は,ストレッサーを評価し,神経化学的反応を誘発し,最終的にはストレッサーがない状態で反応を停止させることで,身体のストレス反応に関与します (Dackis, Rogosch, Oshiri, & Cicchetti, 2012)。前頭前野は,脅威に対応するために様々な脳構造を活性化させ,連携して働く。脅威がなくなると,前頭前野はHPA軸を含む脳のさまざまな領域への信号の送信を停止します(Davis et al.,2015)。視床下部はまた,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の産生を担う器官である下垂体前葉に作用するホルモンを放出することによって,脅威への対応に寄与する(Negriff,Saxbe,& Trickett,2015)。一般に,コルチゾールは,ストレスへの反応後にシステムを初期状態に戻す役割を果たす負のフィードバックシステムを通じて,HPA軸の活動の抑制を補助します(Davis et al.,2015)。HPA軸系の活性化に関わるすべてのコミュニケーションは,有害な影響を避けるために均等にバランスが取れている必要があります(Frodl & O'Keane, 2013)。
トラウマは,前頭前野が脳のさまざまな部分に伝わるメッセージを調節する能力を破壊する(Davis et al.,2015;Teicher et al.,2002)。その結果,高濃度のドーパミンは,グルタミン酸を抑制し,GABAを増強するように作用し,連続的な興奮性メッセージがHPA軸に広がるようになります(Wilson et al.,2011年)。小児期のHPA調節障害は,ストレスへの対応に支障をきたし,認知障害精神障害を大人になってからも引き起こす可能性があります(Pervanidou & Chrousos, 2012)。
虐待を受けた子どもは,コルチゾールレベルに変化が生じ,HPA軸に干渉する可能性が高い(Tarullo & Gunnar, 2006)。その結果,HPA軸の発達は,基底機能と反応性の変化を引き起こすことが示唆される早期虐待に敏感であるように思われる(Heim & Nemeroff, 2001; McCrory, De Brito, & Viding, 2010)。HPA軸は,幼少期の逆境による多動に続くダウンレギュレーションと相関している(Negriff et al.,2015)。Ruttle,Shirtcliff,Armstrong,Klein,およびEssex(2015)は,HPA軸への負の影響は,思春期ホルモンが視床下部-下垂体-性腺(HPG)軸を介して機能を開始できる思春期の発症を加速させると伝えている。Mendle, Leve, Van Ryzin, and Natsuaki (2014) による縦断研究では,思春期の発症と虐待の関係が測定されました。その結果,性的虐待は内面化症状と関連する思春期発症の早期化を予測することが示唆された(Mendle et al.,2014)。

前頭前頭(PFC)
前頭前野は、ワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プラニング、推論などの認知・実行機能を担っている。人間として生きる上で極めて重要な部位であるが、発達が始まるのは最も遅いといわれています。
前頭前野には,ドーパミン受容体の濃度が高い(Wilson et al.,2011)。研究によると,子どもが虐待にさらされると,前頭前野ドーパミン濃度に関して調節障害を示し,心理的,発達的,認知的な障害をもたらすとされています。脅威反応が長引いた結果,前頭前野からのシグナル伝達が変化し,調節されない高レベルのドーパミンによってグルタミン酸の抑制とGABAの増強が始まります(van Harmelen et al.,2010)。さらに,前頭前野の低反応を引き起こし,ストレス反応が抑制され,結果としてHPA軸に影響を与える(Pervanidou & Chrousos, 2012; Wilson et al.,2011)。
最近の研究では,内側側頭葉とともに脅威反応を媒介する内側前頭前野の減少が見出されている(Hanson et al., 2015; McEwen, 2012; McLaughlin, Peverill, Gold, Alves, & Sheridan, 2015; Morey, Haswell, Hooper, & De Bellis, 2016)。
虐待が背側前頭前野の活性化を増加させることを実証している(Mueller et al.,2010)。さらに,早期の逆境により,背外側前頭前皮質で6%,前帯状皮質で12%,皮質の体積(厚み)が減少した(Underwood, Bakalian, Escobar, Kassir, Mann, & Arango, 2019)。グリア細胞密度の増加も,児童虐待に起因している(Underwood et al.,2019)。前頭前野領域および扁桃体における灰白質体積の縮小は,2-9歳時の厳しい育児経験者で観察された(Suffren, La Buissonnière-Ariza, Tucholka, Nassim, Seguin, Boivin, & Maheu, 2021)。全体として,これらの構造的変化は,虐待への曝露が存在した臨界期の神経細胞発達に影響を与えた結果であるという仮説が立てられている(Crews, He, & Hodge, 2007)。


前部帯状回(ACC)
ACCは、行動モニタリング・行動調節に関わる領域、社会的認知に関わる領域、および情動に関わる領域に大きく分かれるとされています。前帯状皮質背側部(dACC)=中帯状皮質前方部(aMCC)は行動モニタリング(葛藤モニタリングおよび行動成果モニタリングを含む)に関わるとされています。前帯状皮質膝前部(pACC)は社会的認知(自己に関する判断、他者に関する判断、および他者の意図・信念の想像(メンタライジング;心の理論)を含む)の判断に関わるとされています。前帯状皮質膝下部(sACC)、pACC、およびdACCは、それぞれsACCは悲しい表情の提示の際、pACCは喜ばしい表情の提示の際、dACCは、恐れの表情あるいは恐れの声の提示の際に活動を高めるとされています。
小児期の虐待に関連した複雑性PTSDでは,右海馬,右背側ACC,右眼窩前頭皮質(OFC)の灰白質濃度低下が観察された(Thomaes et al.,2010)。早期の逆境により,背外側前頭前皮質で6%,前帯状皮質で12%,皮質の体積(厚み)が減少した(Underwood, Bakalian, Escobar, Kassir, Mann, & Arango, 2019)。虐待に関連するPTSD患者の右前部帯状回容積は,非PTSDの被験者と比較して有意に小さかった(Kitayama, Quinn, & Bremner, 2006)。
ネグレクトや虐待の既往のある男性では,CMのない人と比較して尾側ACCの表面積が有意に小さかった(Tozzi, Garczarek, Janowitz, Stein, Wittfeld, Dobrowolny, & Frodl, 2020)。
ACCは,虐待を受けた人において最も頻繁に異常が確認される皮質領域であり,これらの人において体積( Cohen et al, 2006 ; Baker et al ,2013 ; Thomaes et a, 2010),結合性(Teicher et al., 2014 ; van der Werff et al, 2013),厚さ(Heim et al., 2013),N-アセチルスパレート/クレアチン比(:ニューロン損失またはニューロン機能障害を示す)(De Bellis, Keshavan, Spencer, & Hall, 2000)が減少したという報告がある。感情的虐待への曝露は,自己認識と自己評価に関与する領域である左前帯状皮質および左後帯状皮質,両側楔前部での菲薄化と関連していた(Heim, Mayberg, Mletzko ,Nemeroff, & Pruessner, 2013)。

眼窩前頭皮質(OFC)
眼窩前頭皮質は、報酬系や嫌悪予測、知識・文脈・期待・その時の感情などに依存した直感的でヒューリスティックな意思決定、被刺激性、情動・動機づけ制御、「消去」における障害と「逆転学習」の障害に関与しているとされています。例えばうつ病患者では、特に前頭眼窩野の脳内セロトニン低下により長期予測機能が低下しており、結果として目先のことしか考えられないという短期的思考になり、将来に希望が持てなくなるという仮説も提示されています。うつ病治療に用いられる薬物の多くは前頭眼窩野セロトニンの働きを高めるように作用するとのことです。
小児期の虐待に関連した複雑性PTSDでは,右海馬,右背側ACC,右眼窩前頭皮質(OFC)の灰白質濃度低下が観察された(Thomaes et al.,2010)。OFCの構造的・機能的欠陥の所見も頻繁に報告されており,早期剥奪を受けた孤児における安静時血流量の減少(Chugani et al ,2001),身体的虐待を受けた子供(Hanson et al ,2010),小児期に脅迫的なライフイベントにさらされた精神病質を持たない成人(Gerritsen et al, 2012),小児期の身体的・性的虐待にさらされ外傷後ストレスの慢性症状を持つ成人(Thomaes et al, 2010)がこれに該当する。小児虐待群は,両側小脳のCVが有意に減少し,左島と右外側眼窩前頭皮質(OFC)のCTが減少した(Lim et al., 2018)。

海馬
海馬は記憶の長期保存庫としての機能が有名です。
マルトリートメントにさらされた子どもたちの海馬体積が小さくなることは,「グルココルチコイド・カスケード」の結果であることが分かっています(Hanson et al.,2015; Henicx-Riem, Alink, Out, Van Ijzendoorn, & Bakermans-Kranenburg, 2015)。小児期の虐待に関連した複雑性PTSDでも,右海馬の灰白質濃度低下が観察された(Thomaes et al.,2010)海馬の研究は,中枢神経系の発達を妨げることが示されているグルココルチコイドの上昇に対する脆弱性を報告しています(Frodl, Reinhold, Koutsouleris, Reiser, & Meisenzahl, 2010)。
高レベルの累積ストレスが,行動上の問題につながる海馬の体積の違いと相関していることも明らかにしました(Hanson et al.,2015)。数多くの研究が,小児期の虐待への持続的な曝露は,コルチゾールレベルを上昇させるだけでなく,海馬の体積を減少させることを実証し続けている。さらに,相関分析により,海馬体積と認知機能との間に負の関連があることが確認されている(Lupien et al.,1998;Woon&Hedges,2008)。
この領域はストレスに対して脆弱であり,扁桃体と海馬の間に強い結合性があることが示唆されている(Moriceau, Roth, Okotoghaide, & Sullivan, 2004)。この2つの構造間の結合性は,感情的な価を持つ記憶の検索時に増加することが示されている(Smith, Stephan, Rugg, & Dolan, 2006)。Jedd et al.(2015)は,扁桃体と海馬の間に強い結合性があることを示唆する一貫した結果を見出し,虐待を受けた子どもが脅威刺激と好ましくない記憶痕跡の反応性を結びつけていることを示しています。また,海馬の活性化の変化は,心的外傷後ストレス障害の発症に関連している(Francati, Vermetten, & Bremner, 2007)。

扁桃体
扁桃体は、情動の学習・原始的な情動記憶・記憶の調節の機能を担っています。また、扁桃体、特にその基底外側核は出来事の記憶の強化に対する情動の喚起の効果に関係しているとされています。
恐怖条件づけの獲得、その後の恐怖記憶の形成、貯蔵、そして、想起には扁桃体が中心的な役割を果たします。恐怖音条件づけは扁桃体、恐怖文脈条件づけは扁桃体と海馬の両方が主な責任部位で、消去には前頭前野皮質と扁桃体が中心的な役割を担うとされています。外側核の興奮性ニューロンは、恐怖音条件づけの記憶回路(記憶痕跡)に繋がることと、条件づけ後に神経可塑的変化が誘導されることが分かっており、恐怖条件づけの獲得やその記憶の保持に重要な役割を果たすこと、扁桃体内中心核は恐怖条件づけにおける恐怖反応の表出を制御することが分かっています。
辺縁系は,HPA軸に関連する領域であり,ストレス反応に寄与している。知覚された脅威または実際の脅威によって小丘が活性化されると,大脳辺縁系における主要な刺激性神経伝達物質の産生を開始します(Wilson et al.,2011) 感覚入力を受けた扁桃体は,その刺激に情動価を付与し,行動反応を起こさせる。扁桃体の調節障害は,マルトリートメントによる影響として確認されており,非脅迫刺激に対してストレス反応を起こすために,感情の価を割り出して刺激の重要性を評価する問題が生じることがある(Davis et al., 2015; Hanson et al., 2015)。
虐待は扁桃体と内側軌道前頭前野(PFC),前帯状皮質,後帯状皮質(PCC)または前楔,海馬および島との結合の減少,ならびに扁桃体と外側PFCおよび被殻の結合方向のシフト,さらに扁桃体尾状核(LC)および小脳の結合性の上昇が報告されており,また虐待が海馬と内側軌道PFCおよび前帯状皮質の結合を減少させるが,海馬とPCCまたは前楔,小脳および外側PFCの正または負の結合を増加させることも示している。これらの知見は,前頭前野による扁桃体トップダウン制御の減少,海馬からの扁桃体への文脈入力の減少,扁桃体とLCおよび小脳との結合の増加を示しており,扁桃体活性化後のノルアドレナリンおよび姿勢反応がより迅速になる可能性を示している(Birn, Patriat, Phillips, Germain, & Herringa, 2014 ; Herringa et al,2013 ; van der Werff et al, 2013 ; Philip et al , 2013 ; Thomason et al.,2015)。
虐待は,主に脅威の意識的知覚と文脈的記憶に関与する領域と経路のGMVと完全性の低下と最も強く関連しているようである。したがって,虐待を受けた人の扁桃体反応の亢進は,意識的構成要素よりも皮質下構成要素の関与がより優位であるためと思われる。このことと矛盾しないように,怒り,恐れ,悲しみの顔に対する虐待を受けた子供とそうでない子供の扁桃体活性化の違いは,より迅速に関与する非意識的要素が優勢であると思われる反応の初期段階に生じる(Garrett et al ,2012 ; Dannlowski et al ,2013)。扁桃体は感情的な顔に対して血液酸素レベル依存的(BOLD)な反応の増加を示しているが,扁桃体線条体の体積に対する虐待の潜在的影響は一貫性がない(Teicher & Samson, 2016)。
恐怖刺激の迅速な認識(Masten et al ,2008)につながる脅威の検出と反応の増強は,この回路のさまざまな部分の変化を通じて小児期を通じて生じるかもしれない虐待に対する適応的反応であるという仮説と一致している。これらの変化は,脅威を回避するのに役立つかもしれないが,その後のストレス要因に敏感になり,不安やうつ病のリスクを増大させる(Gorka, Hanson, Radtke, & Hariri, 2014 ; Whittle et al ,2011)。これらの領域は学習された恐怖反応の消去にも関与しており,これらの構造の変化が心的外傷後ストレス障害PTSD)の発症に重要な役割を果たしている可能性がある(Morey, Haswell, Hooper, & De Bellis)。
神経画像研究は,早期虐待のような情動刺激に反応して扁桃体が過活動になることを実証している(Hein & Monk, 2017)。また児童虐待の履歴を持つことが,ネガティブな表情への過敏性だけでなく,海馬体積の低下と関連していることを明らかにしている(Dannlowski et al.,2012) 扁桃体積に関して異なる知見を報告する研究もあるが,早期ネグレクトの被害者が扁桃体の大きさを示していることを示唆する研究もある(Mehta et al.,2009;Tottenham et al.,2010)。扁桃体積の減少を観察した研究者は,恐怖の獲得を促進するために協働する神経活動が,条件刺激と無条件刺激の接続に関する乱れた情報を生み出す,恐怖条件付けの変化への寄与を示唆している(Hanson et al.2010; Hartley, Fischl, & Phelps, 2011)。
Hansonら(2015)は,多様な知見は,早期虐待の曝露により神経活動が強まる扁桃体積の初期増加による可能性を示唆している。その後,この機能的な活動により,ニューロンが失われることがある(McEwen, 2005; Rosenkranz, Venheim, & Padival, 2010)。重度の障害を経験した子どもは体積が小さくなる可能性があり(Hanson et al.,2015),前頭前野領域および扁桃体における灰白質体積の縮小は,2-9歳時の厳しい育児経験者で観察されることから(Suffren, La Buissonnière-Ariza, Tucholka, Nassim, Seguin, Boivin, & Maheu, 2021),慢性性と扁桃体積の相関が示唆されている。
虐待を受けた歴史→偏桃体のベースライン時の反応性とストレスの多いライフイベントのベースライン後の暴露→内在化症状

腹側線条体
腹側線条体は、皮質下領域と中脳のドーパミンをはじめとした神経伝達物質関連領域からの入力、大脳基底核視床下部などへの出力があり、これらの領域間の情報統合とドーパミンを中心とした神経伝達物質物質の作用により、快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられています。
報酬予期に対する腹側線条体の反応の減退が示された(Hanson, Hariri, & Williamson, 2015 ; Dillon, et al.,2009)。金銭報酬課題を用いて反応性愛着障害(RAD)児の報酬の感受性や報酬に関わる脳の線条体の働きを分析したところ,定型発達児と比べて腹側線条体の脳活動が低下していることが明らかに。これはドーパミン作動性機能障害がRADを有する小児および青年の線条体に発生し,精神病理学に対する将来の潜在的リスクにつながることを示唆している。
扁桃体線条体の体積に対する虐待の潜在的影響は一貫性がない(Teicher & Samson, 2016)。
反応性愛着障害では高額報酬課題にも低額報酬課題にも反応しなかった。その脳活動(腹側線条体)の発達が阻害される時期(感受性期)は生後1~2 歳のマルトリートメント経験にピークがあることが明らかになった。愛着スタイルでは回避的な対人関係が腹側線条体の脳活動低下と関連していた(友田,2020より)。

後頭葉
後頭葉は、視覚野大部分をなしていまして、細部への気付き⇒視覚性刺激の弁別・視覚-運動協応・細部や目下の刺激だけなく全体を見通して考えられるか、などが機能として考えられています。
家庭内暴力のエピソードを複数回目撃した場合,右舌小節,左後頭極,両側二次視覚野(V2)のGMV低下(Tomoda, Polcari, Anderson, & Teicher, 2012),視覚-辺縁系経路である左下縦束(ILF:後頭葉と側頭葉をつなぐ視覚-辺縁系経路の主要な構成要素であり,視覚に特異的な情動,記憶,学習の過程を支えている)の統合性低下,特に髄鞘形成のピークである7歳から13歳の間に親からの暴力を観察すると,この経路に最も大きな影響を与えること(Choi, Jeong, Polcari, Rohan, & Teicher, 2012)と関連があった。小児期の強制接触性的虐待を複数回受けた成人では,左右の一次視覚野(V1)および視覚連合野のGMVが減少し,右舌状回,左牙状回,左中後頭回の厚さが減少することが明らかにされた(Tomoda, Navalta, Polcari, Sadato, & Teicher, 2009)。一次視覚野については,5~6歳の時期のマルトリートメント経験が,灰白質容積減少に最も影響を及ぼしている。その背景として,辺縁系の活性不全が関連しており,この時期のマルトリートメント経験は,情動的な視覚刺激に対するストレス反応の憎悪因子である可能性がある(Fujisawa,2018)。性的虐待は,一次視覚野と視覚連合野灰白質体積(GMV)の大幅な減少(図1e)と関連していた。この体積の減少は,12歳以前の被爆期間と直接的に相関しており,また,視覚的記憶の測定における段階的な欠損とも関連していた(Tomoda, Navalta, Polcari, Sadato, & Teicher, 2009)。また,マルトリートメントの種類では,虐待の併存数およびネグレクト経験があることが最も影響を及ぼしていた。/臨床症状では,視覚野容積低下は不安やPTSD症状と有意に関連していた。
以下,友田(2020)より。視覚野は情動的な視覚刺激に対するストレス反応を制御する神経回路を部分的に担っていることが知られている.
臨床症状との関連では,小児期に虐待を受けた成人の視覚野容積低下は不安や心的外傷後ストレス障害PTSD)症状と有意に関連していることがわかった。
反応性愛着障害児では,左半球の一次視覚野の容積が20.6%減少していた。その視覚野の容積減少は,反応性愛着障害児が呈する過度の不安や恐怖,心身症状,抑うつなど,「子どもの強さと困難さアンケート」の内向的尺度と明らかに関連していた。
さらに特定された一次視覚野について,マルトリートメントを受けた時期と種類が灰白質容積減少に及ぼす影響について検討したところ,5~6 歳の時期のマルトリートメント経験が最も影響を及ぼしていることが明らかとなった。その背景として辺縁系の活性不全が関連しており,この時期のマルトリートメント経験は,情動的な視覚刺激に対するストレス反応の憎悪因子である可能性がある.また,マルトリートメントの種類では,虐待種の併存数の多さ,およびネグレクト経験があることが最も影響を及ぼしていることが示唆された。
ネグレクト→辺縁系の活性化不全→情動的視覚刺激に対するストレス反応憎悪,の解釈:辺縁系が活性化しないことで情動の言語化に至らず,ストレス反応として行動化・表面化する,という感じか。

側頭葉
側頭葉は、言語刺激による場面の理解・概念の抽出・物の名前を言う・想起する・さらに厳密な情報へアクセス (犬の絵→犬:換語の第2段階)・標的を選択、などの機能を担っているとされています。
心理的虐待としての親からの暴言への曝露は,左上側頭回の聴覚皮質部分のGMV(灰白質体積)の増加(Tomoda et al.,2011),Wernicke野とBroca野を相互接続する左弧状筋膜の完全性の減少(Choi, Jeong, Rohan, Polcari, & Teicher,,2009)と関連していた。被暴言虐待者脳の画像解析でも,失語症と関係している弓状束,島部,上側頭回を含めた聴覚野の拡散異方性の低下が示されている。
CMの重症度は,上側頭溝と上側頭回における皮質厚の減少,および側頭葉中部の表面積の減少と関連していた(Tozzi, Garczarek, Janowitz, Stein, , Wittfeld , Dobrowolny, & Frodl, 2020)。CMに曝露した青年・若年成人を対象とした研究では左下側頭回と中側頭回で皮質体積の増加が観察された(Lim, Hart, Mehta, Worker, Simmons, Mirza and Rubia,2018)。CMタイプによる影響は,心の理論処理に役割を果たす(Saxe and Kanwisher,2003)側頭頭頂部および側頭頭頂接合部周辺に位置することが示唆された。
小児期のネグレクトと虐待を同時に受けたCMの重症度が高いと,再びこの2つの領域,さらに楔前部,中側頭葉,下頭頂葉の厚さが減少することが示された。さらに,CMの重症度が高い参加者は,中側頭回の表面積も小さくなっていた。1つの可能性として,CMは側頭葉の領域とデフォルトモードネットワークの変化を通じて,意味検索の難しさにつながる可能性がある(Tozzi, Garczarek, Janowitz, Stein, , Wittfeld , Dobrowolny, & Frodl, 2020)。

脳梁
無傷の脳梁が高次機能の実行と維持に寄与していることが示唆されています(Hinkley et al.,2012)。
研究により,脳梁は虐待にさらされることで制御不能に陥りやすいことが説明されている。脳梁の形態異常は,小児期の虐待やネグレクトの事例と関連している。報告されている脳梁の機能障害は,大脳半球間のコミュニケーションの減少と関連している(Teicher et al.,2003)。
Young et al.(2019)は,児童虐待が海馬とコロッサルの体積にどのような影響を与えるかを調べ,虐待歴のある子どもは生涯を通じて海馬とコロッサルの体積が小さく,しばしば成人期に大きな心理反応を引き起こすことを明らかにすることができた。彼らは,脳梁に由来するグルココルチコイドの上昇は,海馬の回路と白質の完全性に障害をもたらすと導き出した。さらに,これらの効果は,その後の人生における脅威反応システムの過剰な活動をもたらすことが示唆されている。


以上、気力の尽きない範囲内で調べてまとめてみました。
ディープル君の力を借りた部分も多く、表現が一致してない箇所が残っていたらすいません。
いずれにせよ、虐待により脳の発達的・機能的な側面への負の影響ってあるよねと言えるんじゃないか、ってことでした。
なお、各部位の定義や主機能についての多くは脳科学辞典さん(https://bsd.neuroinf.jp/wiki/)、スライドシェアの「脳と認知機能」(https://www.slideshare.net/takanoriSame/ss-70268777)から引用しました。

引用文献(一部)
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過剰適応という日本特有の虐待の影響

過剰適応(虐待による)

0.事例
小学3年生。両親からの暴力で一時保護。全身痣だらけの重症であったが、本児は被害状況を具体的に語ることを拒む傾向が強かった。本児は両親の暴力について「普段は暴力をしません、口で怒るだけなんです」とかばっていた。
本児は小学校入学前から激しい暴力を受けて育った。父母共に、本児に対し、些細な言動を理由に殴る等の暴力の他に、お前は無能だなどの暴言を吐き続けていた。テストやスポーツの結果などで本児の良し悪しを判断し、本児の人間性については父母共にうまく説明できない・ないし認識ができていない状況にあった。また母は、本児のクラスメイトに対し、あの子はバカだから関わるな、あの子は無能だから話すと無能が移るなど、第3者への暴言を用いて本児を孤立させていった。本児が耐えかねて家を飛び出した時には、誰も探しに来てくれないばかりか、家へ戻ったところカギがかけられており、結果として締め出され、追い出される形となったこともあった。
母は自身の虐待について認めておらず、一貫して本児の養育の難しさを訴えることに終始していた。刃物を向ける、施設へ入れると脅迫する、フライパンで殴るといった本児に対する虐待行為に対し、本児が土下座して謝罪することでその場を乗り切ることが繰り返されていた。/本児に対し、バカとは付き合うな等の他者を差別的に見ることを助長する発言が繰り返されていたよう。父も日常的な暴力があり、本児の日常的な失敗時に繰り返し暴力を振るうというもの。父は担当職員の指導に対して、父自身の主観を根拠に専門的知見等を否定し受け入れない傾向が強い。
本児の特徴として、運動会で走って負けるくらいなら出ないと訴える等、失敗経験を回避する傾向が強い。また外出時に「好きなものを選んでいいよって言われたことない」と話し、飲み物を選んで購入してもらうことを頑なに拒んでいた。移動の際は必ず担当者の後ろをぴったりついていき、自ら興味のある方へ行こうという気配が一切なかった。自我を訴えず、大人の意向を確認してから意思表示を行い、大人の前では徹底して「聞き分けのよい良い子」でいる一方で、他児に対しては威圧的・差別的にふるまうなど、大人を前にした際の過剰適応が目立つようになっていった。


児相で仕事をしていると、被虐待児童の内、大人の顔色を見すぎる「過剰適応」の空気のある児童と出会うことは少なくありません。
過剰適応児童は、一時保護所では手のかからない子として高評価を受けがちですが、心理屋としては待ったをかけたくなります。
過剰適応として過ごしているのを褒めて強化することは、遠い将来その子にとって負の影響が生じるリスクがあるからです。
過剰適応っぽい児童と出会ったときに重要なのは、“イイコ”を強化するのでなく、なぜ“イイコ”で過ごすのか、そのアセスメントをきっちり行うことに他なりません。

1.過剰適応の定義

以下で、過剰適応について定義を追っていきたいと思います。
まずは適応とは何かを把握したのちに、過剰適応について見ていきたいと思います。

1-1.適応とは
個体が生後の発達のなかで遺伝情報と経験をもとに、物理・社会環境との間において、欲求が満足され、さまざまな心身的機能が円滑になされる関係を築いていく過程もしくはその状態(根々山, 1991)。すなわち、人と環境との「関係」を示す概念であると言える(福島, 1989;大久保,2010)。
社会的・文化的環境への適応を意味する「外的適応」と、心理的な安定や満足といった適応を意味する「内的適応」が調和した状態を指す(北村, 1965)。
適応は,生体が環境からの要請に応じるのと同時に, 自分自身の要求をも充足しながら,環境との調和した関係を保つことをいう(佐々木,1992)。

1-2.過剰適応とは
 本邦では心理臨床領域、医学領域で用いられており、特徴は「真面目、頑張り屋、頼まれると嫌といえない、相手の期待に沿う、周囲に気を使う、いい子」と捉えられている(久保木, 1999;桑山, 2003)。海外においては、個人的な欲求を過度に抑制する方略を適応的であるとみなさないため、過剰適応の概念は日本特有の概念であると考えられる(石津・安保・大野, 2007)。
 「環境からの要求や期待に個人が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な要求や期待に応える努力を行うこと」という石津(2006)の定義が一番使われている。その後、益子(2010)と風間(2015)は過剰適応概念を再考し、自己制御と他者指向的な行動を包括した「過剰な外的適応行動」を過剰適応の外的側面とし、益子(2010)は、その過剰な外的適応行動によって本来感が低下するという、新たな過剰適応の階層性を提起している。
・過剰適応概念の大きな特徴の1つが、過剰な外的適応行動。過剰適応に類似する概念として「サブジェクティブ・オーバーアチーブメント(subjective overachievement)(Olson, Poehlmann, Yost, Lynch, & Arkin, 2000)」が挙げられるが、そのオーバーアチーバーに見られる外的適応は、目に見える功績の達成に価値を置き、そのために過剰なまでの努力をすることであった。一方、本邦における過剰適応の含意する外的適応は、上記の社会的功績の達成も含め、広く他者の期待に応えたりそのために自己主張を抑制することの過剰さ、とされている。益子(2009b, 2010a, 2013)は、そのような過剰な外的適応行動の指標として、自己抑制的な行動、および他者への配慮や他者の期待に応えたりするなどの他者志向的な行動特徴を挙げている。

1-3.過剰適応傾向と虐待
先行研究の知見とは別に、臨床的なアセスメントとして提示したいと思います。
たとえば、虐待環境に置かれた児童で過剰適応傾向の強い事例では、
日常的にDV目撃や暴言暴力等の被虐待などの恐怖に晒され、本児自身の情動を受け入れられずに過ごしてきた結果、恐怖心に対する防衛として、TSCCで現れた①否定的な情動を無意識的に回避する傾向を身につけた可能性がある。また、加害親の求める本児の像を演じつつ傷付いた加害親を支え、加害親の本児に対する依存や理想化を受け入れ続けた結果、②子どもとしての純粋な情動を発現させる機会が失われ、その結果作られたのが“情動が絡む自我を率直に表明できず過剰適応傾向になる”という状態像である。
といったような見立てを立てます。

虐待ケースでは過剰適応児童に出会うことが少なくないので、臨床的なアセスメントとしての基本的な部分はこのように押さえておけるといいかなと思います。


2.過剰適応の構造・メカニズム・因子

以下では、過剰適応を構成する要素などを把握していき、過剰適応というふわっとした抽象概念を掘り下げ、より具体的なものとして捉えられるようにしていきたいと思います。
先行研究のレビューが続きます。

2-1.過剰適応の階層性
過剰適応尺度間には階層性が認められ、養育態度や幼少期の気質といった個人と環境要因から影響を受けた「内的側面」によって「外的側面」が生起する(石津・安保, 2009)。
内的側面として捉えられる「自己抑制」及び「自己不全感」は心身の適応のうち、特にストレス反応と関連。外的側面を構成する「他者配慮」「人からよく思われたい欲求」「期待に沿う努力」は学校適応に生の影響も認められているが(石津・安保, 2008)、一方で本来感の低さや抑うつなどの内的不適応を予測する(風間,2015;益子,2010)。
※外的側面の構成要素は、一般家庭で獲得する要素。虐待が絡むと、例えば「人から良く思われない」程度でなく、「自身の安全確保動機」という危機回避の視点が強まるか。

2-2.過剰適応の先行因子・構造
・過剰適応“に”影響を及ぼす原因:過剰適応の先行因子(浅井, 2012)
〇親子関係・・・母子関係・母親の養育的態度:ともに過剰適応の自己抑制的な側面を弱める一方で、母親からの信頼は過剰適応を高める。
〇性格・・・幼少時の気質・性格特性:幼少期の自己主張的・自己制御的な気質は過剰適応の自己抑制的な側面を弱めている。また、性格特性のうち、神経症傾向は自己抑制的な側面を高め、外向性は自己抑制的な側面を弱めている。一方、誠実性は過剰適応の適応方略的側面を高めている。
〇個人の特性や状態・・・承認欲求・見捨てられ不安:承認欲求は過剰適応の自己抑制的な側面を高め、見捨てられ不安は過剰適応の適応方略的な側面を高める一方で、承認欲求と繋がることで自己抑制的な側面も高める。
〇生理的要因・・・狭心症の症状の類型・年齢:狭心症の病変枝数が多いほど過剰適応得点が高い。年齢については、大学生の方が高校生や壮年期、中年期の成人よりも過剰適応得点が高い。
〇アレキシサイミア
○甘えられない環境・・・適応性の低い過剰適応群において高得点(赤堀・田辺,2019)。

・本来性(Authenticity:何物にも邪魔されない・個人の本当の中核の自己による働きを反映するもの)の観点で過剰適応者を群分けできる。
「本来性の低い過剰適応群」は、他者への信頼感やその他要因から他者配慮や他者の期待に添う努力といった他者指向的な態度を取ること、他者指向的にふるまうことで本来性の低さや自己信頼の低さ、不信の高さ、それに伴うストレスが見えにくくなることが示唆されており、「本来性の高い過剰適応群」における過剰適応行動は、他者への信頼感の薄さや自己への信頼に基づく行動、すなわち、他者を信頼できないために自己制御したり他者の期待に応えたりすることで他社に合わせた行動をすると考えられる(任・林,2020)。

2-3.過剰適応者の特徴
「敵意得点が高い」:過剰適応の人は清疑心や不信感など間接的な形で他者に表出していると考えられ、攻撃性が間接的に他者に向けられることは攻撃性の抑圧となり不適応につながることが示唆された。
内言で「他責反応が少ない」:過剰適応の人は欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとするなど 「生の感情」に向き合うことを避け(桑山, 2003)、自身に生じるはずの感情や欲求が排除されている可能性が考えられた。
「ストレッサーをより脅威に捉える」:その結果ストレス反応がより高まりやすいと推察できる(石津・安保, 2013)。金築・金築(2010)は,過剰適応高群の向社会的行動が,かえって個人の健康を脅かすリスクを指摘している。過剰適応傾向の高い生徒は 「抑うつ」から 「内在化反応」,やがて 「身体症状」- と至るパターンを取る可能性が高いと推測(加藤・神山・佐藤, 2011)。
「親の価値観の取入れ・同一化/役割逆転」:過剰適応は対象ごとに異なり、親対象の場合は親の考えを取り入れたり親と同一化することで適応することや、親に心配させないようにふるまうなどの役割逆転と似た特徴が示唆されている(風間・平石,2018)。


3.過剰適応の臨床的問題点・肯定的な点

以下からは、過剰適応のそもそものプラスの点とマイナスの点を、先行研究より整理していけたらと思います。
正直、その時になんとなく罰などを回避できるというメリットはあるものの、長期的にはデメリットが強いため、児童に過剰適応状態である認知とその原因を共有し、環境調整等により過剰適応を必要としない状況を作っていくことが求められるのかなと思いました。
以下、先行研究レビューが続きます。

・過剰適応は抑うつ (石津・安保, 2008; 風間, 2015)、自殺や不登校などの社会問題(益子, 2009)と関連。個人が適応していくための方略的な側面である外的側面は学校適応感を高めるが,個人の抑制的で自己不全的な特徴を持つ内的側面は,ストレス反応や抑うつなどのネガティブな側面を高める(石津・安保,2008, 2009)。

・過剰適応“が”影響を及ぼす要因(浅井, 2012)
〇精神的健康・・・強迫観念・強迫行為・全般的な精神的健康・攻撃反応・対人恐怖・抑うつ・ストレス・見捨てられ抑うつ:過剰適応の自己抑制的な側面が抑うつなどの精神的健康や攻撃反応を高めている。
〇個人の特性や状態・・・自尊心・自己価値の随伴性・集団アイデンティティ・不合理な信念・本来感・アイデンティティ:過剰適応得点が高いほど、自分らしくある感覚(本来感)は低下する。
〇適応・・・不登校傾向・学校ぎらい感情・社会適応能力・学校適応感・友人適応・ソーシャルサポート:過剰適応の適応方略的な側面は個人の適応を支えているものの、自己抑制的な側面は適応を弱めている。

・過剰適応が個人にとって適応的に作用する可能性について:主体性を持たない受動的な方略によって支えられている適応感の背後にはストレスが存在する可能性があることと、その適応感が他者志向的な適応方略に支えられているという可能性が見られた。過剰適応では個性化の側面が欠如していることが想定され、こうして得られた適応状態は自他にそう見せるための「偽りの適応」かもしれない。そして、「よい子」的なやり方によって一生懸命適応していた子はどこかで「ツケがくる」(広岡, 1993)ことを念頭におく必要がある(石津・安保, 2008)。


4.過剰適応のケア可能性
・過剰適応を「関係維持・対立回避(外的適応)」と「本来感(内的適応)」の視点からとらえる(益子, 2013)よりほぼ引用↓
 従来、過剰適応を低減させるための援助方法としては、本来感を損なう「関係維持・対立回避的行動」を低減する方法が主流だった。だが、これを低減することには慎重になるべきだと考えられる。理由としては、①過剰適応の強い人にとっては、関係維持・対立回避的行動が防衛的機能を持っているから。②「関係維持・対立回避的行動」には、社会適応を促進し、社会不適応を回避する機能があるから。
 過剰適応的な関係維持・対立回避的行動をとる必要性が高い状況を、他者の期待や要求を断わったらわだかまりが生じる可能性が高い状況とみなすのならば、このような状況では「統合的葛藤解決スキル」と呼びうる要因が、本来感を向上させるために有効。葛藤解決の研究には様々なタイプ(例「回避」「主張」「譲歩」「妥協」「協力」「服従」「統合」等)がある。分類された中には共通して「協調」や「統合」と呼ばれる、葛藤当事者双方の関心を満足させ、希望を満たそうとする方略が登場する。→統合的葛藤解決スキルを「日常的な対人葛藤において個人が用いる、葛藤当事者双方が互いに納得・満足して葛藤を解決するためのスキル」と定義。
 関係維持・対立回避的行動は本来感とやや弱い負の関連を示した。統合的葛藤解決スキルは本来感とやや強い正の関連を示した。他者との葛藤が生じた時、互いに満足ができる解決策を模索することが自分らしい感覚を高める可能性があることを示唆している。統合的葛藤解決がとれる人は、他者志向性だけではなく、自己志向性も大事にしており、不満を我慢せず、自分の満足感も求めようとする。


5.本児の経過から想定できる状態と、表出している状態像
 
以下からは、これまでの先行研究を踏まえて、本事例児童のアセスメントを行っていきたいと思います。実際に過剰適応っぽい児童がいたら、以下のような方法で状態像を把握していくことが求められるのかなと思います。

5-1.本児の経過から想定できる状態像
本来性の低い過剰適応(任・林,2020)/承認欲求・見捨てられ不安(浅井, 2012)※これに至る経路が研究では母親からの信頼だが、本件では虐待?/甘えられない環境(赤堀・田辺,2019)/ストレッサーをより脅威に捉える(石津・安保, 2013)

5-2.表出している状態像
親の価値観の取入れ・同一化(風間・平石,2018)/欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとする (桑山, 2003)/「偽りの適応」による「ツケ」:他児への攻撃性?(広岡, 1993)


6.被虐待経験により本児が過剰適応を獲得する機序の見立て
本児のベースには、繰り返される虐待という危機的状況があり、それによる「自身の安全確保」ないし「危機からの回避」という動機が根底にあることが想定される。
当然、虐待というストレッサーは驚異的なもの(石津・安保, 2013)であり、当然甘えられない環境でもあり(赤堀・田辺,2019)、虐待という恐怖により支配され続ける経験により本来性は失われ、自身の安全を優先する過剰適応状態:本来性の低い過剰適応(任・林,2020)がつくられることも想定できる。また、継続した身体的虐待や、施設に入れるという突き放し発言は、本児の見捨てられ不安(浅井, 2012)の憎悪に繋がっていった可能性が考えられる。
自身の安全確保や、見捨てられ不安の低減という目的で、親の価値観の取入れ・同一化(風間・平石,2018)、欲求不満場面から目を背けて自分自身をごまかす、感情を統制しようとする (桑山, 2003)といった状態像が固定されていった可能性が考えられた。
※トラウマによる過剰適応(危機回避)と、一般的な範囲で獲得する過剰適応(よく思われたい)は異なる機序?

そして所見は以下のようなものが想定されます。

<心理診断所見>
 父母からの身体的虐待で受理となった小学3年男児。知的には普通域にある。
 虐待による心理的傷付きについては、否認しているか認知できていない状態にある。また「できる・できない」が自己評価に結び付きやすく、失敗を正面から受け止めずに誤魔化してしまう傾向にある。
 両親の養育は、選択権を本児に委ね、自由度のある中で生活をさせてきたものとは言い難い。両親の暴力等をはじめとした支配関係の中で、強い恐怖心や危機回避動機が固定されることで素直な欲求や思いの表明や意思の表示などの機会を奪われていったことに加え、本児自身の存在価値ではなく、「できる・できない」といった能力面を基盤とした結果で判断されるといったような非情緒的な養育に終始している様子が強く、本児自身を受容される経験は乏しかったと思われる。
そういった虐待の影響として、①共感性が育まれず他者との非情緒的な関りが獲得されてしまい、②本来性の低下と見捨てられ不安の憎悪の結果、親の不適切な価値観の取入れや自身の感情認知・表明の困難さが、本児の両親や大人に対する過剰な適応傾向に繋がり、③上記被虐待とそれによる過剰適応により蓄積したフラストレーションが、非情緒的な養育により本児に共感性が育まれていない中で、他児に対する攻撃性として表出し、④適切な情動処理による他者関係構築の困難さに繋がっている可能性が想定された。
今後は家庭環境の改善と並行し、本児の感情認知・表明についての心理教育、統合的葛藤解決スキルの獲得などを進めていくことが必要と考えられる。


過剰適応は一見分かりやすい概念で適応も良く見えるのでさらっと流されやすく、児童の予後を悪化させるリスクを伴います。
自分もしっかりと勉強ができていなかったので、これを機にきちんと見立てられるようになれればと思った次第です。