児童虐待のニュースが複数取り上げられています。
虐待親の人格、児童相談所の対応のまずさ、色々な指摘があります。その指摘についてのコメントはここでは控えますが、大切なのは児童虐待防止のために今以上に良い方法はないかを、具体的に示していくことだと思います。
かつての児童虐待の対応って、虐待に対する注意喚起と、虐待ではない代替的な養育方法の提示など、わりと児童相談所が主体になって考え、親に提示するものが多かったのではないかと思います。
今の世の中も、児童虐待には強権的な介入の色が強まっています。もちろん、深刻な虐待ケースには強権的な介入は必須ですし、生易しい対話では子どもの安全が確保できないことなど珍しくはないです。
一方で、強権的な介入が必要でないケースってどんなものなのでしょうか。
一概には言えませんが、親が子育てに行き詰っていたり、夫婦間トラブルが根本にあったりと、一般家庭でも起こりうることの延長線上にあるような気はしてなりません(もちろん、そのような家庭でも強権的な介入が必要になる場面はあります)。そういった家庭に対しては、児童相談所が上から強権的な対応をするよりも、家庭とのパートナーシップのもとで望ましい養育方法・養育環境を構築していくことが求められるのではないかと思います。
そういった、家庭とのパートナーシップのもと、家庭主体で子どもの安全・安心を構築していく支援に、『サインズ・オブ・セーフティ・アプローチ』というものがあります。
サインズ・オブ・セーフティ・アプローチ(以下SofS)は、1990年代、西オーストラリア州に始まり、以後、世界的に広がりを見せている児童虐待対応ソーシャルワークの考え方です。児童相談所の介入の目的、児童相談所が心配している危機的状態、現在起きている危害、終結時の具体的な状態などを明確にし、家庭の持つ周辺資源を活用しながら子どもの安全を構築していくという考え方のもと作られているアプローチです。
某県の一部ではこのフレームワークが活用されつつあるのですが、一部での広まりに留まっていて、全体的な展開になるのが困難な様子が強いです。
その理由としてはやはり、(特に日本においては)効果がはっきりと検証されていないことがあげられるのではないでしょうか。
その有用性について、諸外国では組織的導入前後で、再虐待率、一時保護児童数、社会的養護下の児童数の減少等が報告されています。日本においてはどの程度の有効性があるのでしょうか。
・SofSの有効性の検証
SofSの有効性を検証するために、質問紙データ(極秘)を統計的に処理しました。具体的には簡単に説明すると、SofSを用いることで、子どもを一時保護する期間がどの程度変化するか、というものになります。一般的には一時保護は長引かせることは望ましくありませんから(短ければいいというものでもないのですが…)、この期間を1つの指標にしようと考えました。
統計ソフトはR-3.5.2を使用。
主な使用パッケージはRstan。
本分析はマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)を用いたベイズ推定により母数推定を行いました。
一時保護日数については過去の児童相談所事業概要に掲載されているデータを参照可能であったため、平均値については平成28年度の全体の平均値である40.7、標準偏差は平成29年度におけるある児童相談所のデータを使用して62.1という値を使用し、事前分布として設定しました。
(※一時保護期間の性質上、極端に一時保護が長引くケース、つまり外れ値となるケースが複数想定される。そのため、それを想定した分布として平均値40.7、標準偏差62.1のcauchy分布を事前分布に設定した。)
仮説:サインズ・オブ・セイフティ・アプローチで用いられる各技法を使用することにより、一時保護日数が減少する。
・統計モデル
質問紙で採集した以下の項目
y:一時保護日数 / ds:デンジャーステイトメントを作った / sg:セイフティゴールを作った / ssc:セイフティスケールを作った / sfa:ソリューションな質問を用いた
に加え、切片β1、個人の効果rと場所(児童相談所)の効果qも加えたモデルを作成し、各変数がy:保護日数にどのように影響を与えるかを検討する。
単純なモデルとして、仮に一時保護日数をmuと置くと、
mu=β1+β2ds+β3sg+β4ssc+β5sfa+r+q の線形モデルが作られる。
まず、muは平均値40.7、標準偏差62.1の線形モデルの分布として
mu ~ normal(40.7,62.1) を設定した。
次に、場所の効果について検討しました。
児童相談所によって一時保護日数の違いがあるかは、児童相談所事業概要より標準偏差を算出することにより把握が可能です。また、分布については正規分布を想定しました。
以上により、場所の効果qは
q ~ normal (0,10.2) としました。
個人の効果rについては平均0、標準偏差σの正規分布
r ~ normal(0,σ) としました。
一時保護日数yは、前述の外れ値の多さ等により、muの線形モデルを使用したコーシー分布
Y ~ cauchy(mu,σ) と想定されます。
以上により、これまで出された統計モデルを整理すると、
mu = b1 + b2*ds + b3*sg + b4*ssc+ b5*sfa + q + r
q ~ normal(0,10.2)
r ~ normal(0,σ)
mu ~ normal(40.7,62.1)
Y ~ cauchy(mu[n],σ)
となり、このモデルを用いて一時保護日数についての階層ベイズモデルを求めました。
・SofSで用いられる各技法を使用することにより、一時保護日数が減少するかを検討した結果を以下に示します。
得られたデータをもとに、指標とする技法をデンジャーステイトメントを作った(ds)、セイフティゴール(sg)を作った、セイフティスケールを作った(ssc)、ソリューションな質問を用いた(sfa)、の4つに絞り、階層ベイズモデルによる分析を行いました。
結果は、一時保護日数減少に寄与するのはデンジャーステイトメントの作成であることが示されました。
・今後の課題
「一時保護日数の減少」はアプローチの効果があった結果とみなすかは議論の余地あります。家族がじっくり考える時間ができた結果、一時保護期間が長くなるというケースも現実にあり、有効性の指標に用いて良いのかは現在のところ結論は出ていません。
ですが、本研究ではあくまでも一時保護期間の変化があるか、一時保護期間に当アプローチが影響を及ぼしたかという観点でみており、有効性という観点での議論は今後の課題となると思われます。
また、ケース個々の状況に左右されやすく分散の大きい一時保護日数ではなく、面接回数や、ケース全体を分母にした再受理・措置の比率を指標とすることも今後は検討すべきだと思いましたので、次回、さらにその次と進めていければと思います。
分析については、階層ベイズモデルの中に事前分布を設定する際、この方法で正しいのか微妙な感じです。そもそも、muなんてものを置かずに、そのままYの中に事前分布を置いて分析したらよかったんじゃないかと今更になって思いましたが、正直よくわかんないので今度時間があるときにちゃんと勉強し直します。
最近統計関係の勉強が追い付いていないので焦る日々。
さて、このように児童虐待対応について、統計手法を用いて一定の結果を算出しました。
SofSが万能だとは思いませんが、家族主体かつ家族にとって理解しやすい関りになりやすいという点では、児童相談所が上から目線の押し付けケースワークにならないためにも非常に有効なのではと思います。一方で、あまりに遠距離射撃型なフォーマットであるため、家族と向き合いながら対話する感覚がイマイチ得られ難い方法だなと感じることもあります。
家族の間合いに飛び込み向き合いながら、こういったフレームワークをうまく活用していくことで、昨今問題になっている児童虐待対応を一歩進めることができるのではないでしょうか。
・オマケ
使用したStanコードは以下の通り。
stancode <- "
data {
int N;
int<lower=0, upper=1> ds[N];
int<lower=0, upper=1> sg[N];
int<lower=0, upper=1> ssc[N];
int<lower=0, upper=1> sfa[N];
real<lower=0> Y[N];
}
parameters {
real b1;
real b2;
real b3;
real b4;
real b5;
real q[N];//場所差
real r[N];//個体差
real<lower=0> sigma;
real<lower=0> sigma2;
}
transformed parameters {
real mu[N];
for (n in 1:N)
mu[n] = b1 + b2*ds[n] + b3*sg[n] + b4*ssc[n] + b5*sfa[n] + q[n] + r[n];
}
model {
for (n in 1:N)
q[n] ~ normal(0,10.2);
for (n in 1:N) r[n] ~ normal(0,sigma2);
for (n in 1:N) mu[n] ~ normal(40,61);
for (n in 1:N)
Y[n] ~ cauchy(mu[n], sigma);
}
generated quantities{ //新たにサンプリングする変数を作る
vector[T] log_lik;
for(t in 1:T){
//モデル1の対数尤度
log_lik[t] = normal_lpdf(Y|mu,s_Y);
}
"